もう二度と会う事はないだろうと思っていたあの人に、
2度目に会ったのは、驚いたことに学校の廊下だった。
次の授業の教室への移動の時、偶然すれ違い、
一目見てすぐに分かった。
あの時の人だ、って。
私は同じ学校の人だったんだと、驚き、
さらに上履きのラインの色を見て、同じ学年だったんだと驚いた。
彼は振り向く事もなく、私のことには気付いていない様子。
別に気付いて欲しいわけじゃないけど。
寧ろ、気付いて欲しくないし、存在も覚えていて欲しくない。
だって、『アイツ、自殺願望あるんだ。』なんて言いふらされたら困る。
どうか私と会った事を忘れていますように。
そんな心配しなくても、私の存在なんて忘れてるだろうけど。
・・・ところが、私の予想は外れた。
その日、体育が終わった後、外にある水道で独り顔を洗っていたら、
上から声が降ってきた。
「・・・まだ生きてた。」
私は声にビクっとして、顔を上げ、タオル地のハンカチで慌てて顔を押さえて、
目だけハンカチから出して、恐る恐る声がする方をに振り向いた。
あ・・あの時の人だ。
橋の上であった、あの変な人。
私のこと覚えてたの?
それとも誰かと勘違いして言ってるとか?
誤魔化せるかな。
私は、何も知らないフリをした。
「・・・な、にを言ってるのか分からないんですけど?」
タオルを押さえてるから、くぐもった声が出た。
そしたらその人、ちょっと怪訝そうな顔をした後にイキナリ笑い出した。
「・・・気付いていないと思ってる?」
コクン、私は頷く。
そしたらまた、今度は声を出して笑い始めた。
「うん、って。何それ。」
・・・なんで笑うかな。何この人。
「・・・まさか、同じ学校だとは思わなかったな。見かけたときはビックリした。」
私も。
そう、心では思ってたけど、口にすることはなかった。
「名前、なんて言うの?」
イキナリそう訊ねられて、
私は答えたくなくて何も言わないで居ると、イキナリ顔を押さえていたハンカチを奪われた。
「か・・・返して・・・ください。」
「名前教えて。そしたら返す。」
・・・こわい。
名前教えたら何されるか分からない。
言いたくない。
私は黙ったまま、じっと足元の一点を見続けていた。
「・・・言わないと、水死体とか呼ぶけど?」
まだ死んでないのに!!
私は咄嗟に顔を上げて、訴えるような顔をその人に向ける。
「・・・名前は?」
腕を組んで、高圧的にそう言う彼に、
私は観念して小さな声で自分の名前を口にした。
「由良。・・・吉本由良。」
「ゆら、ね。覚えた。」
出来れば覚えなくていいです。
「俺は友季葉。葉って呼んで。」
「ヨウ?」
「うん。」
葉はそう言って、笑顔を見せた。
その笑顔を見て、瞬時にこの人は人を惹きつける力があると思った。
一瞬にして、相手の心を許してしまうような、そんな感じがする。
私はそんな笑顔に騙されないし、心を許す気もないけど、
一般的に見れば、葉はカッコいいという部類に入り、
中身の問題を差し引いたって、惹かれる人は多いと思う。
私がじーっと観察しながらそう思ってると、葉は怪訝そうな顔をした。
「・・・何?」
「何でもない・・・です。あの・・・ハンカチ。」
そう言って私が手を差し出すと、葉はその手に・・・じゃなくて、
私の頭の上にハンカチを載せて、ポンと一つ叩いて「バイバイ」と言って居なくなった。
・・・捻くれてる。
普通に返してくれればいいのに。
私は大きくため息を一つ吐いて、もう関わりたくないなと思った。
でも、私の思いとは裏腹に、私はもっと葉と関わる事になる。
その日の放課後、再び葉と昇降口で偶然会って、何故か一緒に帰る羽目になった。
なんでよく分からない人と一緒に帰らなきゃいけないんだろう。
私は嫌でたまらなかった。
葉と一緒に歩くこともそうだけど、誘いを断る勇気もない自分が。
「・・・嫌そうな顔すんな。」
思っていることが顔に出てたのか、葉は私の態度にカチンときたらしい。
だからって私は態度を変えようとは思わないけれど。
「・・・なんで私に構うの?関わったところで何もいいことなんてないと思うけど。」
「何でって、俺にもよくわかんない。」
「死のうとしてるトコを見たから?どうなるか見たいの?」
精一杯の皮肉を込めてそう言ったのに、葉は大して気にするわけでもなく、淡々と返してきた。
「んー、どうなるかより、何で死にたいと思うのかが気になる。
だって俺と同じ歳でさ、まだやりたいこと、やれることいっぱいあるはずなのに、
それを捨ててまで死ぬ理由ってなんだろうって。」
正直な人。
此処まで思ってることを躊躇わずに言われるとは思わなかった。
「多分言ったって、葉にはわからないよ。」
私はそう言って、苦笑したけど、葉は笑っていなかった。
真剣な顔つきで、私に言ってくる。
「あぁ、わからないな。俺は由良じゃないし。
自分から死のうなんて考えは全く無いから。
だって、死ぬのなんて、別に今じゃなくてもいいし。
由良はなんでそんなに焦ってんの?
嫌なことがあったから死にたいわけ?
嫌なことなんて、誰にだっていっぱいあると思うけど。」
・・・何それ。
私は葉に言われた言葉が、悔しくて、腹正しくて、グッと拳を握り締めた。
掌に爪が食い込んで、ピリリと痛みが走ったけど、構わない。
「・・・わかったように言わないでよ。まだ会って間もないのに。
“嫌なこと”なんていう簡単な言葉に、私が死にたいと思う理由を勝手に集約しないでよ!」
最後はもう叫ぶように言っていた。
悔しくて、涙が出てくる。
少し驚いている顔の葉を見て、
私はその場から逃げ出すように走り出した。
涙と共に、記憶が溢れ出す。
嫌な思い出が。
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