「あんたなんて要らない。もうウンザリなの。」
私立の中学受験に失敗し、お母さんへの期待を裏切った私に、お母さんはそう言った。
そして、
「お母さんは、お父さんと離婚する事になったから、これから由良はお父さんと暮らすのよ。」とも。
元々、お父さんとは上手く言ってないのは知っていたし、
二人の結婚の理由も、私が出来たからであって、好きで結婚したわけじゃないと、
度々漏らしていたのを聞いたことがあったし、別に二人が離婚することに驚きは無かった。
ただ、「イラナイ」と面と向かって言われたのは初めてで、目の前が真っ暗になったのは確か。
私は存在を否定され、生きていく意味が分からなくなった。
産まなければ良かった、私にだって違う人生があったはずなのに、と、
お酒を飲み、泣きながらそう言うお母さんに、私は何も言えなかった。
ある朝、私が起きる前に、お母さんは居なくなっていた。
家の中からお母さんの物がすっかり消えて、最初からお母さんが居なかったような、
そんな感覚になり、2階建ての広い家で、お父さんと二人暮しになった。
でもお父さんは仕事が忙しく、毎日のように帰りが遅いから、実際のところは一人で住んでいるようなもの。
お金は定期的にダイニングテーブルの机の上に置かれるから、生活に困ることはないし、
欲しいものや伝言は、二人暮しになって直ぐに買い与えられた携帯で伝えれば問題は無い。
毎日一人分のご飯を作り、一人でご飯を食べ、お風呂に入って、勉強をして寝るという生活の繰り返し。
でもそんな日々を送るうち、私はなんで生きているんだろう、って考えるようになった。
存在を否定された私に、生きる価値があるのか、って。
私一人この地球上から居なくなったって、誰も困らない。
友達だって、私が死んだと聞かされれば、その場はもしかしたら涙してくれるかもしれないけど、
時が経てば私の存在なんて、曖昧な記憶になって、消えるだけ。
寧ろ、居なくなったら競争相手が一人減ったって思って心の中で喜ぶかもしれない。
「友達だって所詮ライバルなのよ。」
それはお母さんから耳が痛くなるほど言われ続けた言葉。
そうは思いたくないのに、洗脳されているのか分からないけれど、
どうしても友達と心から仲良くなれそうもなかった。
私が居なくなればいいって、どれだけの人が思ってるんだろう。
お父さんだって、私のこと、本当は邪魔な存在って思ってて、
居なくなればいいって、思ってるんだ。
だったら居なくなってあげようか。
そしたら喜んでくれるかな。
お荷物が減ったって、そう思う?
どうせ何をしていたって、嫌がられる存在なら、最後ぐらい喜ばれる存在になりたい。
私は再び、橋の上に来ていた。
冷たい鉄の柵に足をかけたその時、後ろから右腕を強い力で掴まれた。
「由良、待って。」
振り向かなくても、腕を掴んだ相手が誰かはわかってた。
葉だ。
「ごめん。俺、たしかに何も知らないのに勝手なこと言いすぎた。」
何それ。
“ごめん”なんて、嘘でしょ?
そんなの、心から思って無くても、いくらだって言える。
この人は、自分が切欠で私に死なれたら後味が悪いから、
この場を収めるためだけに、謝ってきたんだ。
私は葉に掴まれた手を振り解こうと必死。
だけど、葉は絶対に放そうとしない。強く掴まれた腕が痛い。
葉は、私の抵抗を無視し、言葉を続ける。
「俺、由良に死んでほしくない。
会って間もないし、信じてもらえないかもしれないけど、
由良が死んだら嫌だ。
ホント言うと、最初はどうでもいいと思ってた。
俺とは関係がないから。
俺、由良の名前だって、顔だって知らなかったし、
多分、由良が亡くなったって聞かされても、
自分とは関係がないから、何も思わなかったかもしれない。
でも、もう前とは違う。
俺は、由良が死んだら嫌だ。死んでほしくない。」
その言葉が私にとって衝撃的で、あまりにも真剣な声で言うから、
私は思わず葉の手を振り解こうとしていた手を止めてしまった。
死んで欲しくない。
それが葉の本心かどうかなんてわからない。
たぶん、嘘だと思う。
・・・でも・・・たとえその言葉が嘘だとしても、
誰かに“死んで欲しくない”なんて言われたのは初めてで、
一人でもそう言ってくれた人に出会えたことが嬉しくて、涙が一粒だけ零れ落ちた。
でもそれを葉に見られたくなくて、私は慌てて涙を拭い、俯いた。
「悩んでるなら、話聞くからさ・・・思ってること俺に言って。」
葉の言葉で嬉しくなってるというのに私は素直に喜びを表に出すことが出来ず、
続けて葉がくれた優しい言葉にも、そっけない対応を取ってしまう。
「・・・何で?何で葉に言わなきゃいけないの?」
「・・・別に俺じゃなくても言う相手がいるならいいよ。
でも、そうじゃなかったら誰かが必要だろ?」
「言ったところで、何も変わらないし。」
私がそう言うと、私の態度に怒ったのか
急に腕を強く引っ張り、強引に葉と向かい合う形を取らされた。
目を合わせたところで、葉が真剣な顔をして言う。
「じゃあいいよ。もう悩みを言えなんて言わない。
言いたくなったら言えばいい。その時はいくらでも聞いてやる。」
きっぱりとそう言い切った葉に、私は妙に感心してしまった。
そして、当初から抱いていた葉に対する印象が言葉となってポロリと零れ落ちた。
「やっぱり変な人。」
それを聞いて葉は笑って言った。
「やっぱりってなんだよ。“変な人”なんて、言われたの初めてだ。」
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