久しぶりに由良に会った。
3時間目の授業が行われる美術室に向かう途中、学校の北校舎の2階と3階の間の踊り場のところで。
由良とはクラスも校舎も違うから毎日会えるわけじゃないし、一週間近く会わないということもある。
由良は俺と目を合わせた途端に、ぱっと一瞬笑顔を見せたが、その後すぐに平然を装って
「元気?」と声をかけてきた。
「元気ー。」
俺たちは、たったそれだけ言葉を交わして、すれ違った。
お互い連れが居る時は、大抵そんなもの。
由良が周りの目を気にするから。
周りに人が居なくて、二人の時は、甘えてきたりするくせに。
・・・あ、でもそれは付き合ってた頃に俺がそうするように、仕込んだってのもあるんだけど。
出逢った頃の由良は、喜怒哀楽の感情表現を全くしない、
勉強だけが趣味みたいなマジメなヤツだったんだ。
他人と距離を取ろうと必死で、俺だって避けられてたし。
人からどう思われているのかを気にして、自分の動きを制限するなんて、
俺にとってはバカバカしいって思うけど。
だから俺は気まぐれで、由良の素っ気無い態度に付き合わないで、
怒ってる顔とか、困ってる顔とか見たくて、わざとちょっかい出してじゃれあう。
今日はどうするかな〜と一瞬考えて・・・決めた。
からかおう、と。
階段を降りようとした由良の後ろから片腕だけ首に絡ませ、わざと耳元で囁くように喋りかける。
「最近、ほっとかれて寂しいんだけど。」
由良はビクッとなって、それまで持っていた美術関連の資料集やノートを落とした。
その反応に思わず笑いそうになる。
ここでいつもなら由良が何か言ってきて、少しじゃれて終わり、って感じだけど、
今日は由良がその後何も言わずに正面を見続けるから、不思議に思った。
由良の視線の先を辿ると、由良の直ぐ下で、多分時同じくして、持っていた荷物を落として立ったままの津本が見える。
二人は目を合わせて・・・でも直ぐに目を逸らしてお互い荷物を拾い始めた。
俺の横にいたはずの伊地は、さっと階段を下り、津本の荷物を拾うのを手伝い、
俺は由良の落ちた荷物を拾うのを手伝う。
荷物を拾いながら俺は由良に小さな声で「なに津本とアイコンタクトしてンの?」と訊ねると、
由良は「別にそんなんじゃないよ。」と言いながら俯いて、「じゃあね。」と言って、津本の横を足早に通り過ぎた。
・・・なんだよ、それ。
ま、どうでもいいけど。
そう思って、階段をまた昇ろうと思ったその時、俺は自分が由良のノートを持ってることに気付いた。
思わず舌打ちした。
・・・由良のヤツ。忘れて行ったな。
由良と一緒にいた子に渡そうとも思ったけど、
その子もいつのまにか由良を追いかけて行ってしまっていたから、タイミング逃した。
まったく。俺が由良の教室まで届けろと?
・・・めんどくさ。
後で取りに来させよう。
ポケットから携帯を取り出し、由良宛てに簡単なメールを作る。
『ノート忘れてった。取りに来て。』
送信して再びポケットに携帯をしまうと、こっちをじーっと見ている伊地に気付いた。
「・・・由良ちゃんと仲いいよな。」
ぽつりと言った伊地の言葉に、俺は
「そうだけど?」と、淡々と返した。
伊地は何か考えている様子。
俺はもしかして、と思って、
「今度は由良のこと気になってんの?」と聞いてみる。
すると、「違う!」と、伊地は声を荒げて否定した。
そんな力いっぱい否定しなくても、わかったって。
俺は苦笑いして美術室の中に入っていった。
所定の席に着き、隣の席に座る伊地に向かって話を続ける。
「・・・伊地が由良のこと聞くなんて珍しいから、どうしたんだろうと思っただけだよ。」
「別に俺は・・・葉がまた由良ちゃんと付き合ってるのかな、って思って。」
伊地もさくらちゃんと同じ事言うんだから・・・。
「付き合ってないし。アイツ男居るんだよ?
・・・それにさ、俺、今のところカノジョ作る気ないんだよね。」
「なんで?」
「受験生だから勉強が忙しくて?」
ちょっと笑みを浮かべつつ、疑問系で返したら、伊地は真顔で「嘘つけ。」と返してきた。
「本当の理由は?」
本当の理由ねぇ・・・。
俺は机に突っ伏しながら、ボソボソと答える。
「んー・・・何で女と付き合うんだろう、とかイロイロ考えた結果かな。
付き合うなら“本当の恋愛”ってヤツをしたくなった。」
「え?今まで付き合ってた子達は違うの?
そんなこと聞いたら皆泣くよ。」
横目で伊地を見ると、伊地は心底俺の元カノ達を憐れんでいるような顔をした。
それを見て思わず笑う。
「向こうだって、同じ様なモンだったと思うけど?誰も本気で付き合ってなかったって。」
「そうかな・・・。」
「そうだって。俺、もう当分彼女はいいやー。」
んーっ、と大きく伸びをする。
「どんなに可愛い子に告られても付き合わないの?」
どんなに可愛い子・・・それはちょっと悩むところだな。
可愛いなら一回味わってみたいような気もするし・・・。
でも。
「・・・多分断るんじゃない?
次付き合う相手は、俺が告ってからにしたいから。」
俺がそう言うと、伊地は何か考えている様子。
何考えてんだよ、と聞きたかったけど、先生が来て直ぐに授業が始まったから、
話はうやむやになってしまった。
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