「全然取りに来ないから、イラナイのかと思った。」
昼休み。俺が伊地とベランダで二人座って話をしていたら、
不機嫌そうな顔で由良が窓枠から顔を出して、
俺の名前を呼んでくるから、俺は思わず、そんな言葉を返した。
由良はぷくっと頬を膨らませて、
「意地悪。届けてくれたりしないの?」と訊ねてきたけど、俺は平然として返す。
「しないよ。っーか、その態度おかしくない?
預かってくれててありがとう、なんじゃないの?」
ありがとうって、言え。そんな風に思って由良の言葉を待っていたら、
由良は、納得がいっていないような不思議そうな顔をしたけれど、
最後には納得したようで、「ありが・・とう。」と言ってきた。
その姿が可愛くて、思わず顔が緩みそうになる。
よしよし。じゃあ返してやるか。
「俺の机ン中入ってるよ。勝手に持ってって。」
「うん。」
クルリとむこうを向いて、俺の机に向かい、
机の中を覗き込む由良の姿を見て、思わず笑みが零れる。
すると、横から呆れた声で伊地が言う。
「かわいそー。」
俺は聞き捨てなら無いと、伊地に問う。
「なんで?」
「取りに来させて、結局は勝手に持ってって、だもん。
由良ちゃん、よく葉のこと嫌にならないよな。尊敬するね。」
「何それ。」
「・・・俺が思うに、由良ちゃんはまだ葉のこと好きだと思うんだよね。
でもそれを葉に気付かれないように振舞って、友達として付き合っていこうって思ってるんだ。
いい子だよな・・・。」
いや、あいつ気付かれないように振舞ってなんかないけど。
俺の前で、好きとか普通に言うし。ま、こんな事わざわざ伊地に言うつもりないけどね。
「由良ちゃんて、なんで葉が好きなんだろう。っーか、葉の魅力ってナニ?」
「・・・なんで俺にそれを聞く。友達として、思い当たることはないわけ?」
俺は冷めた目で伊地に問う。
伊地はうーんと唸ってから、一言。
「・・・優しいとか、顔がいいとか?」
はぁ?!
「全然嬉しくない。」
「・・・なんで!俺は言われたら嬉しいよ。」
「そう?伊地君て優しいー。顔がいい。・・・ハイ。言ってみたけど?嬉しい?」
「感情こもってないし!しかも葉に言われても嬉しくない。」
めんどくさいな。ハイハイ、と適当に言ってたら、
由良がまた窓の側に来て、じーっとこっちを見てるのに気付いた。
「ナニ?」
「ノート、持ってくね。」
あぁ、わざわざ報告に来てくれたわけね。
「はいよー。」
俺がそう応えたのを聞いた後、伊地は帰ろうとした由良を引き止めた。
「ねぇ、由良ちゃん。」
「ん?」
「なんで葉が好きなの?・・・じゃなかった、葉が好きだったの?」
なんでわざわざ過去形にするんだよ。
「え。イキナリどうしたの?」
由良はビックリして俺の顔を見る。
俺が言わせてるのかと思ってるのか?
だけど、俺は関係ないから、知らん顔。
「なんで葉がモテるのかなーって思って。
由良ちゃんって、葉と一番長く続いてたわけだし、どういうところが好きだったのか、参考までに教えて。」
「・・・本人目の前にして?」
「ダメ?」
由良はちょっとだけ笑って、しょうがないな、みたいな顔をした。
「伊地君、立って。」
そう言って、伊地を立ち上がらせると、窓越しに立った伊地の耳元に唇を近づけ、何かを伝えていた。
俺にはその“何か”は分からない。
自分のことをナイショ話されてると思うと、かなりムカついた。
話し終わって、何故か伊地がちょっと笑って、「納得。」と言った。
「ヤナ感じー。」
俺はそう言って、不機嫌を露にして、ベランダに寝転んだ。
「葉ー。制服汚れるよー?」
由良がそんな風に言ってくるけど無視。
「怒った?」
それも無視。
由良はベランダに出てきて、俺の側に寄ってきた。
なんだよその態度。俺のご機嫌取ろうって魂胆だろ。ムカつく。
ムカつくから、俺は片手を腕枕にして横向きに寝転んだまま、由良を見ずに言う。
「ちゅーして。」
一瞬の間があった。
「は?」
聞こえてなかったわけ?
俺は顔だけ上げて、由良を見る。
「ちゅーしてって言ったの。由良としたくなった。」
「え?」
「軽くでいい。」
由良が困った顔をした。その顔が面白くて、俺は心の中で笑った。
さて、どんな返しをするか。
俺がワクワクしながら由良の言葉を待っていたら、伊地が止めに入った。
「よ・・・葉!由良ちゃん困ってんだろ。」
なんで伊地が止めるわけ?
意味わかんない。
「いーじゃん。減るもんじゃないし。」
俺が駄々を捏ねる様にそう言うと、由良はちょっとだけため息を吐いて、
俺の頬に軽く唇を付けた。
当然ながら、俺はめちゃくちゃ不満。そういうのを求めてたんじゃない。
俺は由良の頭の後ろを掴むと、強引に俺の口元に近づけて、唇を重ねた。
唇を離して一言。
「気が済んだ。」
俺のその行為に、由良は腹を立てた様子で、何も言わず俺を睨んだ。
でも、言いたいことは何となくわかる。
見られたくなかったんだろ?
「俺は角度とか計算してやってるから、誰からも見られてないって。」
「・・・嘘だ。」
「ホントだって。」
一瞬、横目でチラリと周りを確認しただけだけどね。
「伊地、見えて無かっただろ?」
「え。あ・・・・・・うん。」
伊地の返答にあった微妙な間が気になったらしく、
由良は俺を見て、「バカ。」と呟いて立ち上がった。
なんだと!?
でも、どうせこんなこと言ったって、数時間後には由良から俺のご機嫌を伺うようなメールが届くだろう。
怒ってる?とか何とか。
由良はいつだって俺に嫌われたくなくて、
自分の発言を振り返って後悔してるみたいだから。
嫌わないっつーのに。
「教室戻る。」
俯いて言った由良の言葉に、伊地が気を使って言う。
「由良ちゃん、ホントに俺、見てないから。元気出して。
あ、俺、いいものあるよ。由良ちゃん映画好き?タダ券あげる。」
「映画?」
急に由良が顔を上げて伊地の方を見る。
あはっ!由良の目が一瞬にしてキラキラし出した。
由良って映画好きなんだよな。DVD貸したら、寝ないで見るくらいだし。
それにしても、もう機嫌直したわけ?笑える。
「ファンタジーだけど、興味ある?」
「ある!ホントに貰っていいの?」
「いいよ。ちょっと待ってて。」
伊地も由良の変わりようにちょっと笑いながら、立ち上がって自分の席へとチケットを取りに戻った。
実は俺もさっき貰って、伊地と今週の土曜日、一緒に行く予定なんだ。
チケットまだ残ってたのか。
あ、イイコト思いついた。
戻ってきた伊地が、由良に向かって2枚のチケットを差し出す。
「ありがとう。」
由良が伊地からチケットを受け取った直後、そのうちの1枚を俺が由良の背後から抜き取った。
「一枚もーらい。由良、今週土曜日暇?一緒に映画行かない?伊地も一緒にさ。」
「いいけど・・・二人で行かなくていいの?」
「いいよな?伊地。」
「いいけど・・・葉にはさっき・・・。」
あげただろ、と言おうとした伊地の口を俺はタイミングよく、手で塞いで止めた。
黙ってろ。
「また後でメールする。」
「わかった。伊地君、ありがとね。」
由良は笑顔で伊地に手を振りながら、帰っていった。
どうでもいいけど俺に笑顔は無しなワケ?ムカつく。
アイツ、やっぱり怒ってんのかな。やりすぎた・・・か。
「・・・何、企んでんの?」
伊地が疑いの目でそう俺に聞いてきたから、ムカついて思わず伊地の額を指で小突いた。
「人聞き悪いこというなよ。イイコト思いついたんだ。」
「何?イイコトって。」
その言葉に、思わずニヤリと笑ってから、伊地の肩をガシッと掴んで、耳元で囁くように言う。
「伊地。このチケットで、津本を誘え。」
伊地は一瞬の間を置いてから、俺から離れて驚きの表情を見せた。
「え!!なっ・・・なんで!?」
「チャンスじゃん。二人で映画行ってくれば?」
「・・・チョット待って、イキナリ何言ってんだよ!葉はどうするんだよ。由良ちゃんは?」
「行くよ。俺達は後ろで見守っててやる。」
俺が任せろ、とばかりにピースサインをしてみたけど、伊地はその手を掴んで下ろした。
「有り得ない。二人とかホント無理だし!」
「はぁ?何言ってんだよ?隣で映画観るだけだろ?なんで無理なわけ?」
「無理ったら無理!4人で行かないなら行かない。」
頑固だな・・伊地も。
「・・・じゃあ、いいよ4人でも。取りあえず誘って来いって。
・・・って言っても津本居ないな。どっか行ってんのかな。」
教室を見回しても、津本の姿は無い。
すると丁度いいところに、津本が教室に戻ってきて自分の席に座ったのが見えた。
「あ、返って来た。伊地、行ってこい。」
伊地の背中を押した後、俺は席に座って、伊地の姿を見物。
表情を見なくても、なんとなく伊地がテンパってる雰囲気が伝わってくる。
・・・ん?二人してコッチ見た。何だよ。
あ、チケット渡した。誘うの成功したかな。
伊地が戻ってくるのを横目で見ながら、俺は携帯を取り出し、
由良宛てにメールを作成し始める。
ごめん、って送っとこうと思って。
・・・別に悪いって思ってないけど、機嫌取っとかないと後でメンドクサイし。
「葉。津本さん、土曜日空いてるってさ。チケット渡したよ。」
「はいよー。」
俺は生返事をしつつ、メール作成中。
「あ。由良ちゃんのこと津本さんに言い忘れた。ねぇ、あの二人顔見知りなの?
さっき階段で目合わせてたよね?もしかして仲悪い?」
「仲悪いも何も・・・顔見知り程度だと思うけど。
この前、由良が転んで泣き顔見せてた時に、津本が近くに居たんだ。
だから由良としては、気まずいのかもな。恥ずかしくて。」
くくっ、と笑いながらそう言うと、
伊地は呆れ顔で、また「由良ちゃんが可哀想だよ。」と言った。
「由良ちゃんに言っといてよ、津本さんが一緒だって。」
「なんで?言う必要ないでしょ。当日のお楽しみ。」
「俺は知らないからね。」
「楽しみだなー、土曜日。」
俺はパタン、と携帯を閉じ、土曜日をどう過ごそうか頭の中で計画を立て始めた。
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