小鳥の囀りが聞こえ始めた頃、藍莉は眼が覚めた。

「・・・んんっ。」

そして、ゆっくり寝返りを打つと、至近距離に男の顔が見えた。

「!!

(び、びっくりした。そうだ・・・。コイツがいるんだった・・・。)」

結局、昨夜、影志は家に帰らず、藍莉の家に泊まっていったのだ。

「(・・・ったく、気持ちよさそうに寝ちゃって・・・。)」

藍莉が影志の寝顔を見るのは、これで2回目。

初めて寝顔を見たのが昨日の保健室だった。


昨日、藍莉は、6限の終わりを告げるチャイムで目が覚めた。そしてふと横を見ると男が眠っていた。

影志・・・とかいったっけ、とぼんやりしながら横目で男の顔を見た。

廊下がざわめき始める。

ヤバイ、教室戻らなきゃ、そう思いベッドを下り、保健室を出ようとしたところで、男のことが気になった。

起こしたほうがいいかな・・・そう思ったが、影志の寝顔を見ると、あんまり気持ちよさそうに寝ていたので、止めた。

教室に戻り、SHRを受けていると、ふと影志のことが頭の中をよぎった。

あの子、ちゃんと起きたかな?ほっといたらずっと寝てそうな子だった。バカッぽそうだったし・・・。

駄目だ、気になる。

そう思うと、SHRの終わった後、自然と足が保健室に向いていた。

保健室に行き、先ほどのベッドを覗くと、先程とあまり変わらない体勢で影志が寝ていた。

やっぱ寝てるよ、この子。

呆れた・・・。

起こそうと、影志の身体に手を掛けようとしたが、直前で手が止まった。

コイツと関わるとろくなことがなさそう・・・。

百害あって、一利なし・・・。そんな諺が頭の中をよぎる。

やめた、ほおっておこう。

アタシには関係ない。

再び保健室を出ようとしたが、良心がチクチクと痛んだ。

あー・・どうしよう。

そう思い、せめてもの償いとして、鞄を届けてあげることにした。

が、肝心のクラスがわからない・・・。

しょうがないので、名簿を見て、サワタリエイシという名前を探してみた。

漢字がわからないけれど、エイシなんて、そう滅多にある名前じゃないからスグに分かるだろう、そんな甘い考えで探していたら、名前が無かった。

1年じゃないの?

同じ学年に居たっけな?

A・・・B・・・とクラス順に見ていくと、2−Bのところに“佐渡影志”という名前があった。

う・・そでしょ?

同年?

ヤバイ。アタシ、あの子・・否、アイツの前で本性現しちゃった・・・。

サーっと顔から血の気が無くなっていくようなカンジがした。

もう、どうしようもない。鞄を置いて早く逃げよう、そう思って2−Bに行くと、生徒がまだ残っていた。

こんな中、アタシがアイツの鞄持ってったら変に思われる・・・。

早く全員帰れ。

心の中で強く願ってみたもの、誰一人帰る気配が無い。

このぉ!!

もういいや。ウン、帰ろう。アイツの鞄なんてどうでもいい。

帰って録画しておいたビデオ見よう・・・。

今晩の夕食は、久しぶりにパスタにしよう。

あったかーいスープパスタに。

トマトはこの間、ホールトマト買いだめしておいたのがあるし、それに今日の朝ごはんの残りのツナ缶と合わせれば・・・。

うん、いいかも。

楽チンで美味しい晩御飯だ。

・・・って、そんなこと言ってる場合じゃない?

あーもぉ!

駄目だ。もしこのまま帰ったりしたら、後味が悪い。

きっと帰っても色々考えちゃう。

よし、待とう。

このクラスの人たちが居なくなるのを待とう。

それまでに、アイツが来れば、気づかないフリして去る。

来なければ・・・鞄を届ける。

ヨシ、決定。


結局クラスの人たちが居なくなっても、影志は現れなくて、藍莉は鞄を保健室に届けた。

そして義務は果たしたと、満足気に昇降口に向かって歩いていると、担任の教師に遇い、手伝いを頼まれる羽目になってしまった。

手伝いを終え、今度こそ帰ろうとしたとき、昇降口で影志を見かけた。

そして、影志の一人コントを見て、つい笑ってしまい、話をするようになってしまった。

もう二度と話すことは無いと思っていたのに。



「(ん?そういえばアタシ、ソファで寝ろって言ったハズなのに、何でコイツがアタシのベッドの半分を占領してるのよ。)」

ムカ・・・っときたが、影志の寝顔を見ていると、なんだか怒る気も失せた。

「(あほらし・・・。早くご飯食べてガッコ行こ。)」

藍莉はベッドからそっと抜け出し、洗面所に向かった。

藍莉が身支度を整えたりしていても、影志は一向に目覚める気配がなかった。

「(いい加減起きたらどうなの?)」

藍莉は、影志の顔を覗き込みながらそう思った。その時、影志の目がぱちりと開いた。

「んっ。おはよ。」

「・・・お・・・おはよう。(び・びっくりした。)」

影志は、“んー”と言いながら思いっきり伸びをし、藍莉の顔を見た。

「今、俺にキスしようとしてただろ?」

「は?何言ってんの?」

「だって、目開けたとき、藍莉の顔近かった。」

「違うわよ、覗き込んでただけ。それより、何でアンタがココで寝てるわけ?ソファで寝ろって言ったでしょ?」

「・・・最初は寝てたんだけどさ、思いっきり昼寝した所為か、なかなか寝れなくてよ、藍莉と話しようとしたら、オマエもう寝てんだもん。」

「それとココで寝たのと、何の関係があるの?」

「まぁ聞けよ。オマエの寝顔って可愛いからさ、ずっと見ていたくなるんだよ。でも寒いから、ベッドに入らせてもらってて・・・気づいたら寝てた。」

「・・・可愛い?アタシの寝顔が?・・・視力悪いんじゃない?」

「視力はどっちも2.0だ!」

「・・・寝顔が可愛いヤツに、寝顔可愛いなんて言われたくない。・・・ホラ、早く身支度して。」

「・・・俺の寝顔が可愛いなんて、オマエ・・おかしい。」

「事実を言っただけ。ねぇ、影志。朝はご飯?パン?どっち?」

「藍莉は?藍莉に合わせる。」

「アタシはどっちでもいい。ホラ、早く言って。」

「じゃーご飯。」

「分かった。五分以内に身支度が済まなかったら、先に食べるから、そのつもりで。」

「ち・ちょっと待てよっ!!」

「・・・こうしている間も、時間は刻々と過ぎていく。」

「うわっ!制服・制服っ!!」

影志は慌ててベッドから飛び降り、制服を手にした。

影志が時間と格闘している間、藍莉は、テキパキと二人分の朝食を並べた。

本日の朝食のメニュー、ご飯、大根の味噌汁、先日作った筑前煮、玉子焼き、タコウィンナー。

「影志くーん、あと1ぷーん!」

「ち・ちょっと待てってば!」

「さーん、にー、いち。」

『いただきます。』

滑り込みセーフというように、影志は椅子に座り、手を合わせた。

「・・・間に合った。」

「うん、スゴイ。」

朝食を食べている最中、ふと、正面に座る藍莉を見て、影志が言った。

「・・・あれ?藍莉、眼鏡は?」

「眼鏡?」

「眼鏡掛けなくても見えるのか?」

「言わなかったっけ?あれ、伊達眼鏡。」

「なんで伊達眼鏡なんて掛けんだよ?」

「・・・真面目っぽく見えるでしょ?」

「・・・まぁ・・。」

「昨日家に帰ってから掛けてないの見てれば、普通分かるんじゃないの?」

「・・・悪かったな、分かんなかったんだよ。」

「ま、いいけどね。あ、テレビでも見る?今日の天気は・・・っと。」

プチッ、とテレビの電源をつけて、天気をチェックする。

「今日は・・・晴れね。傘は置いていこう。」

「いつも朝はこんなカンジなのか?」

「大抵はね。」

「・・・藍莉って料理上手いよな。」

「・・・別に。そうでもないと思う。」

「否、上手い。俺、コレ好き。なんて言うヤツ?」

「筑前煮。」

「ちくぜんに・・・。覚えておこう。」

「煮物・・・好きなの?」

「・・・結構好きだな。」

「・・・覚えておこう。」

「・・・。」

「影志ってお昼、どうするの?」

「パンでも買う。」

「・・・じゃあ、これ、持ってく?」

藍莉が差し出したのは、アルミホイルで包まれたものだった。

「これ何?」

「ホットサンド。レタスとチーズとハムが入ってる。キライなものある?」

「・・・ない。」

そう呟いたまま、アルミホイルをじーっと見つめている影志を見て、藍莉は不思議そうに尋ねた。

「何やってんの?」

「・・・すっげー嬉しい。ありがと。」

本当に嬉しそうに、ニコッと笑う影志を見ると、藍莉は作って良かったと心から思った。

「ホットサンド好きだったんだ?さっき、もし、影志が朝食はパンって言ってたら、朝食がホットサンドで、今食べてるおかずが、そのままお弁当の中身だったんだよ。」

「・・・ホットサンドって食ったことねぇ。」

「はい?」

「・・・藍莉が作ってくれたから嬉しいんだよ、大切に食べさせてもらう。」

「・・・影志が気に入れば、いつでもまた作る。」

「・・・きっと気に入る。」

影志はそう言うと、再び朝食に手をつけた。











  


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