「アンタさ、風邪引いたらどうすんの?」
湯上りで顔をほんのり赤くしている影志の顔も見ずに、藍莉はそう尋ねた。
うーん、と言いながら少しの沈黙の後、影志はぽつりと呟いた。
「・・・休む。」
呆れた、と言いたげな顔をしながら、藍莉は影志にコーヒーの入ったマグカップを差し出した。
ここは藍莉の家だった。
藍莉は、とりあえずずぶ濡れ状態の影志を連れて、一人暮らしである自分の家のマンションに帰ってきた。
そして、帰ってくるなり、影志を無理やりバスルームに押し込め、風呂に入れたのだった。
差し出されたコーヒーがかなり熱かったらしく、影志はコーヒーをひとくち口にした瞬間、小さく叫んだ。
あちッ。
舌ヤケドした、と言いながら、舌を出している。
「それ飲んだら帰りなよ。」
「何で?」
「親心配するでしょ。」
「・・・別に。俺の親、放任主義。」
「あっそ。でも人が迷惑してるって、そろそろ気づくべきなんじゃない?」
「迷惑?」
「ウン。」
藍莉の即答ぶりに、影志は明らかにへこんだ。
影志は座っていたソファからわざと滑り落ち、薄いラグが敷いてある床にドスッと座り込む。
藍莉が思わず、
「バカっ!コーヒー零れたらどうすんのよ?」
というと、影志はさらにへこんだ。
しかしその直後に藍莉が、ヤケド、舌だけじゃ済まなくなるわよ、と小さく言うと、影志は機嫌を良くし、ニッと笑った。
「なんだ、俺のこと心配してくれたのか。てっきりラグが汚れるのが心配なんだと思った。」
「・・・汚れるのはイヤ。」
藍莉はそう言った後、でも・・・汚れは洗濯すれば綺麗になる、と影志に聞こえるか聞こえないかの音量で、ポツリと呟いた。
影志は、藍莉の言葉を聞き逃さず、ますます機嫌を良くした。
反対に、藍莉の機嫌は悪くなっていたが・・・。
「早く帰ってくれない?」
「・・・眠くなった?藍莉チャン。」
「だーかーら、チャン付けで呼ばないでってば。」
「眠けがピークになると機嫌悪くなるんだろ?」
「・・・今、そんな話してない。」
「俺が添い寝してやろうか?」
「・・・馬鹿じゃない?アンタおかしいって、マジで。」
「喜ぶと思ったんだけど。」
藍莉は、呆れて、ソファにバタリと倒れこんだ。
「何で、こんなヤツ家に連れてきちゃったんだろ・・・。」
「好きだから、だろ?」
「・・・好き・・ねぇ?良くわかんない。」
「ナンだよ、それ。」
「正直な感想。・・・ねぇ、ホントにアンタ、アタシと付き合う気?」
「あぁ。」
「だったら・・・条件、出してもいい?」
条件、という響に影志は怪訝な顔をした。
しかし藍莉は、影志に構わずに話し続けた。
「条件が飲めなかったら、付き合わない。」
影志は、はぁ、とため息と一つつき、言った。
「・・・条件ってナンだよ、言ってみろ。」
「“付き合ってることを隠す”」
「は?」
影志はワケがわからない、といったように藍莉を見た。
何で、付き合いを隠さなくてはいけないのだろう、理解が出来なかった。
「私は、学校生活を穏便に過ごしたい。」
「(そうか、俺のファンとかいう奴らに何かされるかって心配しているのか・・・。)」
影志はそう思い、藍莉にキッパリと言い切った。
「だから!何かあっても、俺が守るって。」
普通の女の子なら、このセリフにキュン、となるのかもしれないが、藍莉は違かった。
「口では何とでも言える。でも、実際アンタとはクラスも違うし、四六時中一緒に居られるわけじゃないんだから。」
「・・・それはそうだけど。」
「出来ない?なら、付き合えない。」
藍莉は本気だ。
眼を見ればわかる。
影志は諦めて大声で叫んだ。
「・・・あ゛ーもう!!やってやるよ!」
その言葉を聞いて、藍莉は二コリと微笑んだ。
演技ではない、本当の笑顔で。
「ありがと。じゃ、これからよろしくね、影志。」
「・・・よろしく。」
藍莉は、影志の額にチュ、と音を立ててキスをした。
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