竜兎は、毎日、必ずと言っていいほど、散歩に出かける。

そして、いろいろなところに注目し、学んでいた。

(100年前が、こんな時代だったなんてな。

事前にこの時代のことは学んでいたつもりでも、やはり、自分の目で見てみると、驚かされることばかりだ。

それにしても、なんてひどい時代なのだろう。

この時代のいいところはどこなのだろう。

そう思っていつも探しては見るけれど、悪いところばかりが目に付いてしまう。

空気を汚し、水を汚し、自然を壊す。そして人々は醜い争いばかりを繰り返す。

100年後に、醜い争いが無くなったとは、言い切れないけれど、この時代の人々の争いは酷すぎる。

何が、こんな風に人を変えてしまったのだろう。)


「待ってよー!」

「こっちだ!パース!」

「おい。ちゃんと取れよー。」

「ごめん!」

「おーい!そっち行ったぞー!」

公園の側を横切ると、子供たちの無邪気な笑い声が聞こえてきた。

(子供っていうのは、いつの時代でも、元気なんだな。)

竜兎が微笑んで、子供たちの様子を見ていると、子供たちの所にすごい勢いで駆けていく、一人の母親を見つけた。

その母親は一人の子供の腕を掴み、怖い形相でその子を睨んでいた。

「真人。何をしているの!今日は塾の日でしょ?先生から連絡があったのよ?」

子供は泣きそうになりながら、嫌だということを必死で伝えようと腕を引っ張る。痛いのか、顔が少し歪む。

「僕もう塾なんて行きたくない!僕だって友達と遊びたいよ。毎日、なにかのお稽古事があるなんて、もう嫌だ!」

「何を言っているの!今勉強しておけば、後で真人が困らないのよ?」

「ママはいつも僕にそう言う。でも未来なんて誰にもわからないんだ!もし、僕が明日死んじゃったら勉強なんて意味ない!」

その言葉を聞き、母親はしゃがみ込んで子供と同じ目線になると、優しく諭すように言う。

「どうしたの?真人はそんなこと言う子じゃなかったじゃない。誰かに何か言われたのね?そうなんでしょう?誰に言われたの?ママに教えて。」

「誰にも言われてないよ。僕、今までずっと我慢してきたんだ。もう嫌だよ。」

「真人・・・。分かったわ。もう勝手にしなさい。

自分ひとりじゃ何も出来ないくせに。

ママがいつも正しいんだから。

自分が間違っていることを認めない限り、家には入れないわ。」

「ママ・・・。」

泣きそうになっているその子供を置いて、母親はどこかに行ってしまった。

「真人君・・・。早いうちにママに謝ったほうがいいよ。」

「うん。そうだな。俺も塾行きたくないけど、しょうがないしさ。また明日、学校で遊ぼうぜ!」

「ごめんね、せっかく楽しく遊んでたのにさ・・・。」

「いいよ!僕たち友達だろ?」

「そうだよ!じゃあ、また明日な。」

「バイバーイ!」

子供たちは、それぞれの方向に帰っていった・・・ように見えたが、真人という子だけが公園に引き返してきた。

竜兎は、その様子を一部始終見ていた。ふと、腕時計に目をやると、時刻は、6時半だった。

(6時半か・・・。まぁ・・もう少しすればあの子も帰るだろう。俺もそろそろ帰るとするかな。)

竜兎がそう思い、公園を離れようとすると、真人が急に泣き出した。

(・・・何で泣くんだよ?家に帰りたいなら、母親に謝ればいいだろ?・・・というか、後悔するなら、最初から言うなよ・・・。)

竜兎は、帰ろうとはしたものの、真人を放っておけず、真人の側に近づいた。

「グスッ・・・。グスッ・・・。」

「家、帰らないのか?」

「・・・。」

「お前、いくつ?」

「・・・。」

真人は竜兎が何を言っても、なんの反応示さない。竜兎は呆れ、溜め息を一つ吐く。

「お前は話すこともできないのか・・・。」

「・・・。」

「腹も減ったし、俺は帰るからな。この辺は、夜になると危ないみたいだし、気をつけろよ?」

竜兎がその場から立ち去ろうとした瞬間、真人は竜兎に声を掛けてきた。

「待ってお兄ちゃん!」

「ん?」

「少しでいいから僕と一緒にいてくれない?」

「・・・・・・・・・・・・いいけど。」

竜兎のその言葉を聞き、真人は安堵の表情を見せる。

「よかったー・・・。僕、家に帰れないんだ。」

「どうして?」

竜兎は真人の家に帰れない理由を知っていたが、敢えて聞く。

「ママと喧嘩しちゃって・・・。お兄ちゃんは、ママと喧嘩したことある?」

急にそんなことを言われ、竜兎は驚く。

「俺?俺はないなぁ。俺には、母親がいない・・・ようなもの・・・だったし・・・。」

「寂しくなかった?」

「寂しく無かったよ。それが当たり前だと思っていたからな。それに、友達がいつも一緒にいてくれた。」

「僕にもね!友達いるよ!この前のクラス替えでね、友達が出来たの!!すごくいいお友達なんだ!」

「そうか、よかったな。その友達を、大切にしろよ?」

「お兄ちゃんはさ・・・。」

「なに?」

「お兄ちゃんは、勉強することに意味があると思う?」

「勉強することか・・・。それは、意味あるだろ?だって勉強すると、分からないことが分かるようになるんだから。」

「未来がどうなるのかわからなくても?明日、地球が滅ぶとしても?それで明日、自分が死んじゃったとしても?」

(大丈夫。明日、地球が滅びることは無いな。

幸い、100年後までは地球は滅びることはないって保証してやる。・・・でもこんなこと言えないし、な。)

「なぁ・・・お前は将来、何になりたいんだ?」

「なりたいものは無いよ。ならなきゃいけないものはあるけど。」

「ならなきゃいけないもの?」

「うん。お医者さんにならなきゃいけないんだ。パパとママが、僕にお医者さんになって欲しいって言ったの。

昔、パパがお医者さんになりたかったから、僕がパパの代わりに医者さんにならないといけないんだ。」

(・・・こいつの親は子供に夢を押し付けているんじゃないのか?もし、子供が夢を実現できなかった場合、どうなってしまうのだろう。

きっとこの子は、親の期待の圧力に苦しむ。それは、一種の暴力じゃないのか?)

「それで、自分はいいと思ってるのか?」

竜兎が真人の眼を見てそう尋ねると、真人は目を逸らした。

「だって僕は・・・。」

「もし、本当にお前が医者になりたいのなら、それでいいさ。

でも、本当になりたいっていう意思がなければ、医者になるための勉強は、辛いものとなると思う。」

竜兎は真人に、ゆっくり言い聞かせるように言った。

「自分の人生なんだ。やりたいことをやったらいい。」

「・・・うん。」

「お前、本当に家に帰れないのか?」

「・・・うん。」

「でも、帰りたいんだろ?」

「・・うん・・・。」

「じゃあ、ママに謝って帰るべきだな。今、勇気を出して帰らないと、あとで、もっと帰りづらくなる。」

「でもね、今ママに謝れば、これから毎日勉強、勉強って言われることになるんだよ。」

「お前が、ちゃんと自分の夢を持って、その夢を実現するための勉強だって思えるようになれば、勉強だって苦にならなくなるはずだよ。」

「・・・うん。」

「さてと、此処は夜は本当に危ないんだからな。早く帰れよ。」

「ねぇ!お兄ちゃん!」

「ん?」

「僕の名前、竜崎真人。小学4年生。お兄ちゃんは?」

「名前なんてどうだっていいだろ?」

「知りたい!」

「・・・竜兎。ホラ分かっただろ?・・・早く帰れって!」

「うん!竜兎兄ちゃん、バイバーイ!」

「気をつけて帰れよ?」

「うん!」

真人は、走って帰っていった。

「ったく・・・。子供って・・・世話が焼けるもんだな。」

竜兎は、口ではそんなセリフを言いながらも、少し微笑んでいた。

それから、竜兎は少し公園に留まり、真人が引き返してこないことを確認して、神童家に帰っていった。




  



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