竜兎は、目の前の黒板に書いてある、たった今決まった事実に頭を悩ませていた。

『図書・・・神童(竜)、前川』

何度見ても、その黒板の白のチョークで書かれた文字は変わらない。

しかも、ご丁寧に図書のところに、大きなハナマルまでつけられて、事実が確定したというシルシまである。

(ど・・・どうしよう。)

図書委員になれたのは嬉しかった。それは竜兎が望んだことだったから。

でも、竜兎は、自分が図書委員になれればいいということばかり考えていて、一緒に委員を務める相方がいることを忘れていた。

(まさか、姫乃と、だなんて・・・。)

竜兎は頭を抱えたい衝動を抑え、机に突っ伏して寝たフリをした。

黒板に竜兎の名前と共に書かれていた、前川というのは、姫乃の名前を示しているもの。

つまり、竜兎は姫乃と一緒に図書委員になったのだ。

竜兎にとって、姫乃と同じ委員会というのは、都合が悪かった。

下手に魁と親しくすることも出来そうにないし、何より・・・

「竜兎、あれ、おかしくねぇ?なんで竜兎と姫乃が同じ委員会なわけ?」

あからさまに不機嫌なオーラを出しつつ、洸希が竜兎にからんでくる。

いつもならここで姫乃が洸希の不機嫌な様子を察知し、宥めたりするのだが、今回はHRの時間ということもあり、神童兄弟と座席の遠い彼女は二人の会話を知ることもなく、遠くから二人の様子をただ見ているだけだった。

「俺は、ただ、図書委員になりたかっただけだし・・・。」

ごにょごにょと、歯切れの悪い返し。

魁のことを話せるわけがなく、明確な図書委員になりたいという理由を洸希に話せないことから、そんな態度になってしまう。

そんな竜兎に、今日の洸希はいつになく強気で。

「俺が姫乃のこと好きって知ってて、どうして邪魔すんだよ。」

「邪魔してるわけじゃない・・・。」

説得力が無い言葉。

そんなもので、洸希が信じるはずもなく。

「だったらさ、あの黒板の(竜)を(洸)に変えてきてイイ?」

「ダメ。」

竜兎は即答する。

折角就いた図書委員というポジション、いくら兄と言えども、簡単に譲るわけにはいかない。竜兎だって、魁と同じ委員会に入りたいのだから。

一向に譲る気配の無い竜兎に向かって、洸希は言う。

「竜兎ってさ・・・。」

洸希は竜兎の近くに顔を近づけ、マジマジと竜兎を見る。

竜兎はとっさに身を引いた。そして怪訝そうな顔で、「なんだよ。」と問う。

すると洸希は一言。

「・・・意地悪。」

そんなこと、溜めて言うほどのことかと、竜兎は呆れ、それと同時に怒りがこみ上げてきた。

「・・・意地悪で結構。」

ぷいっとそっぽを向いて、そう言い放った竜兎を見て、洸希はしまったと思い、慌てて竜兎にすがりつく。

「悪かったって、ウソ、ウソ。怒るなよ。」

そうは言っても、竜兎は許すわけがなく、怒ったまま。

それから少しの間洸希が一方的に喚いていたが、結局しぶしぶ洸希が諦めることとなった。



数日後、第一回目の委員会の集まりが行われた。

会場とされる教室に姫乃と共に行った竜兎は、既にその場に居た委員の中に、奈津の姿を見つけ、思わず笑みを零す。

奈津は、窓際の席で、頬杖をつきながら外を見ていた。

教室内を見渡すと、魁の姿は、まだ無い。

(まだ・・・か。)

竜兎は一瞬、姫乃が横にいるのを忘れ、笑みを零したり、教室内をキョロキョロ見渡していたため、

姫乃は、そんな竜兎の様子を見ていて、不思議な気持ちになった。

いつもの竜兎と違うな、と。

「竜兎?」

声を掛けてみると、竜兎は、「・・・ん?」と言いながら、優しい表情のまま、姫乃の方を向いた。

それを見て、姫乃は、言葉を失う。

竜兎が、とても魅力的に見えて。

少し焦って、とっさに俯いた。

「あ・・・っ、あのさ、始まるまで時間あるから、トイレ行ってくるっ。」

「わかった。席、取っとくよ。」

姫乃が逃げるように、その場を離れた後、竜兎は、不自然に見えないように奈津の傍に近づき、声を掛ける。

未来人同士の不必要な会話は禁止・・・ちゃんとその言葉は念頭においてある。

だから、必要な言葉を考え、初対面を演じながら、「ここ、空いてる?」と、竜兎が奈津の前の席を指差し、そう訊ねた。

すると奈津は竜兎の声に気付き、視線を竜兎に向けて、「たぶん。」と言った。

なんだ、たぶん、て。

竜兎は笑いそうになりながら、奈津の前の席に座った。

後ろを振り返ると、再び奈津は外を見ていた。

「何見てる?」

「空。あっちの方、雲が変だから、雨降ってるのかも。」

二人は無言で空を見上げた。

傍から見れば、不思議な光景だろう。

未確認飛行物体か、あるいは霊と言った類のものを見ているのかとも思える。

「ねぇ竜兎。」

視線はそのままで、二人は会話を始めた。

「ん?」

「もう一人の委員の子は?」

「もうすぐ来るよ。奈津の方は?」

「病欠。だから一人。璃麻は図書委員になれなかったんだってね。」

少し声のトーンが落ちた。寂しいのか。

それに気付き、竜兎は励ますように言う。

「ん、まぁしょうがないだろ。もう決まってたって言うんだから。」

璃麻にも、一緒の委員になれればと声を掛けたのだったが、もう既に委員会は決まっていたということで、

同じ委員にはなれなかったのだった。

「竜兎っ。」

ぽんっ、と肩を叩かれて、竜兎はハッとして振り向いた。

そこには姫乃がいた。

外を見ていて、油断していたため、背後に姫乃が来たことに気付かなかったのだった。

「そんな驚かなくても。」

姫乃は、くすっと笑っていたが、こっちをじっと見てくる奈津の姿に気付き、軽く会釈をした。

「竜兎、友達?」

見たことないけど、と、言いたげな顔をして、姫乃は竜兎に訊ねる。

竜兎は、うん、と素直に返し、「さっき友達になったんだ。」と言う。

ホントは長い付き合いなんだ、と言いたいのを飲み込んで。

奈津は、竜兎に合わせ、いかにもさっきお友達になりましたよ、という雰囲気を演じて「伊東奈津です。」とペコリと頭を軽く下げた。

姫乃もそれを受け、「前川姫乃です。」と自己紹介を始めた。

「私と竜兎とは幼馴染なの。もう一人、竜兎の双子のお兄ちゃんもそうなんだけど。ね、竜兎。」

「あ・・・あぁ。」

竜兎は、少し困ったようにして、そう返した。

幼馴染だ、ということを奈津に説明しても、奈津はそれが作られた記憶だということを知っているのである。

しょうがないとはいえ、奈津にしては姫乃の言動が、白々しく思えてならない。

もうあまり俺については触れないでくれ、と竜兎は願うが、竜兎の思いは空しく、姫乃は竜兎がどんな人かということを伝えつつ、自分の話をしていった。

姫乃としては、竜兎共々、奈津と仲良くなれるようにと、話していたつもりなのだが、

奈津は、そうは受け取れず、姫乃の存在に嫌悪感を抱き始めていた。

嫌悪感を顔に出すことはなかったが、愛想笑いというものもしないため、無表情。

少し経ってから、姫乃はそんな奈津の様子に気付き、言葉をつぐんだ。

「ご・・ごめん。私ばっかり話しちゃって。」

「・・・別に。」

奈津のそっけない言葉は、姫乃の胸にチクと針を突き刺した。

嫌われてる・・・そう感じたのだ。

だが、嫌われる理由が分からなかった。喋りすぎたことが気に障ったのか、もしくは何か気に障ることを言ってしまったのか。

グルグルと自分の言った言葉を思い返してみるが、思い当たらない。

竜兎が友達になった人ならば、自分も友達になりたいのに、と姫乃は肩を落とした。

竜兎はそんな姫乃の様子に気付き、言葉をかけようとした。

奈津は人見知りするんだ、だから最初はこんな感じだけど、慣れれば自分から話もするし、

自分の意見もはっきり言うようになるから、って。

別に嫌ってるわけじゃない、と。

・・・でも、それは出来なかった。

それを言ってしまえば、奈津と以前から知り合いだと言うことを姫乃に言っているものだ。

かける言葉が見つからなくて、戸惑っていたところに、

魁がのろのろとやってきて、勢い良く奈津の隣の席に座った。そして、ジーッと姫乃をみる。

奈津と竜兎は知っている人物だが、姫乃にとっては初対面の人物。

だから、イキナリ目の前に座り、こっちを見ている人物に驚き、どうしていいか分からなくなった。

「あ・・あの?」

姫乃が恐る恐る声を掛けると、魁は「俺、大内魁。君は?」とすかさず声を掛けてきた。

「あ・・前川・・姫乃です。」

「そう。ヒメノちゃんていうんだ。で・・・?」

魁がチラリと竜兎に目線を向ける。挨拶するか、と目で会話。竜兎はそれを受け、「俺は神童竜兎。」と名乗った。

魁は「よろしくな。」とニヤリと笑みを浮かべながら、竜兎を見た。

横目で見ている奈津には、白々しく、

姫乃としては初対面のハズなのに何か変だ、と見えた二人だったが、

当の本人たちは大真面目で、初対面の二人を演じた。





  


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