「「ただいま」」
神童家に帰ってくるなり、洸希は沙希の元に走った。
竜兎も後を追い、走る。
そして、沙希の傍に行くと、洸希は直ぐに竜兎について話出した。
「母さん、聞いてよ、竜兎ってば、彼女いたんだぜ!」
「・・・洸希、うるさい。黙れ。」
(こいつ・・・。さっきの仕返しか?)
「おかえり二人とも。早く着替えてきたら?おやつにクッキー焼いといたわ。」
「・・・母さん、聞いてる?」
「聞いてるわよ。竜兎に・・・。エ??」
沙希は作業をしてた手を止め、勢い良く後ろを振り向いた。
「竜兎ってば、彼女いたんだぜ、可愛い彼女が!」
「・・・か・・のじょ?」
「・・・竜兎、ホントなの?」
「・・・うん、ホント。」
「どんな子なの?」
「・・。」
竜兎は何も言わなかった。
その代わり、洸希が満面の笑みでベラベラと璃麻のことについて語った。
それを聞き、竜兎は洸希のわき腹に一発、拳を入れた。
「・・・くっ。いってぇ・・・。竜兎、何すんだよっ!!」
竜兎は、洸希の言葉を無視し、自分の部屋に向かった。
(ったく、おしゃべりなヤツ。
出来れば璃麻について、母さんには知られたくなかった。
明確な理由は無いが、なんとなく、知られるのは嫌だった。
照れ・・・というものだろうか。
でも、洸希に璃麻と付き合っていることがバレた時、そんな感情は湧いてこなかった。
魁や奈津には、照れることなく、自分から話していたし・・・。)
色々と考えるのが嫌になり、制服を脱ぐのも億劫で、制服姿のままベッドに横になった。
(面倒くさい・・・やることすべてが面倒くさく思える。)
竜兎は、今日は、散歩に行く気になれなかった。
(今日は、色々ありすぎて疲れた・・・。)
そう思うと、竜兎は直ぐに眠りに落ちていった。
***
「竜兎、入るわよ?」
竜兎の部屋のドアを軽くノックし、沙希が部屋に入ってきた。
竜兎は、深い眠りについていて、沙希が来たことに気づいていなかった。
「あら、あら、制服も脱がないで・・。」
沙希は、竜兎を愛しそうに微笑むと、竜兎のネクタイを外し、身体に毛布をかけた。
「倒れたって聞いたけれど、大丈夫かしら?」
竜兎の額に手を当て、熱を測ってみると、熱は無かった。
「熱は・・・無いみたいね。どうしたのかしら?倒れるなんて・・・。」
沙希は、竜兎の寝ているベッドの端に座り、寝顔をじーっと見つめた。
「いつのまに大きくなったのかしら?まだまだ、子どもだと思っていたのに・・・。」
竜兎の髪を優しく撫でながら、沙希は心の中で語りだした。
(彼女・・・か。なんだか寂しいわ。竜兎を人に取られちゃうみたいで・・・。洸希も、いつか彼女を連れてくるのかしら・・・。)
はぁ・・・、とため息を付き、部屋を出て行こうと、立ち上がり、ドアノブに手をかけたその時、竜兎が呟いた。
「・・・父さん・・・母・さん・・・?」
「なあに?起きたの?」
沙希は笑って、再び竜兎の近くに立った。
「・・・どこにいるんだよ?」
「竜兎?」
不思議そうに竜兎を覗き込むと、竜兎の眼の横に、薄っすらと涙の通った跡が見えた。
「どうしたの?竜兎?」
沙希が話しかけても、竜兎の目は相変わらず閉じたままで、竜兎は何も言わなかった。
(寝言・・・?)
沙希は、涙の跡を指で拭い、竜兎の瞼にそっとキスをすると、静かに部屋を出て行った。
***
竜兎は、ふと目が覚めた。
窓の外を見ると、外は真っ暗だ。
ベッドサイドの時計を見ると、11時だった。
(寝すぎた・・・。しかも制服のままだし・・・。)
はぁ・・・と、ため息を一つ付くと、立ち上がり、着替えをした。
着替え終わると部屋を出、階段を降り、リビングに向かう。
リビングに行くと、そこには洸希が居た。
ソファに寝転んで雑誌を見ている。
洸希は竜兎に気づくと、雑誌を読むのをやめ、起き上がった。
「やっと起きたか。」
「・・・なんで11時まで寝かしておくんだよ?」
「気を利かせてやったんだよ。」
「父さんと母さんは?」
「父さんは遅くなるって。母さんは風呂。」
「ふーん?・・・腹減った。」
「鍋にシチューがある。勝手に温めて食べろ。」
「・・・ちっ。めんどくさい・・・。」
「しょうがねぇな、オニイサマがやってやるか?」
「いい、自分でやる。」
(これも勉強。)
竜兎はキッチンに立った。
(えっと・・・まずは・・・。コレを押すんだな。うん、そうだ。このボタンを押す。)
恐る恐るガスコンロのボタンを押してみる。
押し方が弱かったのに加え、直ぐにボタンを離してしまったので、火は点かない。
(くそ・・・。なんでなんだよ?)
もう一度挑戦してみるが、一向に火が点く気配は無い。
(なんでなんだよ!!)
「・・・もういい。冷たいまま食ってやる。」
「・・・オマエ何してんの?」
「あ゛?」
お玉を持ち、シチューを盛ろうとしたところで洸希が声を掛けてきた。
「温めてねーじゃん?」
「・・・冷たいままが好きなんだよ、俺は!」
「・・・とかなんとか言って、火が点けれねぇんだろ?」
「・・・チガウ。」
「ホラ、火、点けてやるよ。」
洸希はそう言うと、直ぐにコンロに火を点けた。
(なんで洸希がやると、こんなに簡単に火が点くんだよ。・・・ムカつく。)
「竜兎、一つ教えといてやる。お前がさっき必死になって押してたボタンは魚焼きグリル用のボタンだぞ。」
「へ?」
「魚焼きグリルに火をつけようとしてたぞ、オマエ。」
「・・・サカナヤキグリル??」
「ココ、ココの火を点けようとしてたの、オマエは!」
洸希は、ココと言いながら、魚焼きグリルの場所を指で指す。
そしてはぁ、とため息を一つついた。
「お前、笑い通り越して、呆れる・・・。」
「・・・ウルサイ。」
「・・・ホラ、早くかき混ぜねぇと焦げるぞ。」
「焦げる・・・。」
竜兎がボーっと鍋を見つめているのを見て、
洸希はもういい、と一言言い、竜兎からお玉を奪い取り、シチューをかき混ぜた。
そこに、風呂上りの沙希がやってきた。
「・・・何やってるの?二人して・・・。」
「シチュー温めてたんだよ。」
「続きは母さんがやるから、いいわよ。
洸希、お風呂入っちゃいなさい。
竜兎、ご飯食べれる?具合悪いならお粥にしておく?」
「何でもいい。早く食べたい・・・。」
「食欲があるなら大丈夫ね。座ってていいわよ。」
コクン。竜兎は頷いて、椅子に座った。
そして洸希は、竜兎の頭を殴る真似をしながら、竜兎の傍を通り過ぎ、風呂場に向かった。
洸希が居なくなると、竜兎と沙希は二人きりになった。
(二人だけになるなんて初めてだ。)
竜兎はなんだか緊張をしてきた。
ジーっと沙希の後姿を見つめてみる。
(本当の母親も家に居れば、こんなカンジなんだろうか?)
見たことも無い自分の母親と姿を重ねてみる。
すると、なんだか嬉しくなった。
「どうしたの竜兎?何笑ってるの?」
少し微笑みを浮かべている竜兎に気づき、沙希も微笑みながら尋ねた。
「別に、なんでもないよ。」
「そう?別にって顔してないわよ?」
沙希は温めたシチューとパンを差し出し、自分の為にお茶を入れ、竜兎と向かい側の椅子に座った。
「・・・嬉しいだけだよ。母さんがここに居て。」
竜兎は少し顔を赤くしながら、沙希の顔を見ず、そう呟いた。
沙希は、最初は驚いて目を丸くしていたが、すぐに微笑んで言った。
「ここに居て?まるで母さんがどこかに行くみたいに言うのね。」
「深い意味はないんだけどね。」
「大丈夫よ、どこへも行かないから安心しなさい。」
「それは心強いね。」
竜兎は苦笑して呟いた。
「?」
「ゴチソウサマ。」
竜兎はそう言うと、食器を持ち、立ち上がった。
「あ、いいわよ。置いといて。」
「いいよ、自分で洗う。今度は母さんが座ってて。」
(何でも任せていると、勉強をしに来た意味がなくなる。)
「そう?」
「うん。あ、でも洗い方教えて欲しいかな。」
「なあに今更・・・。」
沙希は微笑みながら立ち上がり、竜兎の隣に立った。
「あー、結局立たせちゃったね。」
「いいわよ。竜兎、そのスポンジ取って、洗剤をつけて。」
「これ?」
「そう。それに・・・。」
「この位?」
「そうね、その位かしら?」
スポンジに洗剤をつけ、軽く泡を立たせる。
「何やってんだ?二人で・・・。なんか仲良し親子って感じだなぁ、オイ。」
「妬いてンのか洸希。大好きな母さん取られてよ。」
竜兎はニヤリと意地悪く笑みを浮かべ、洸希をからかってみる。
「・・・バッ・・そんなんじゃねーよ!」
「そうムキになんなって。」
「ムキになってねぇ!竜兎、早く風呂入ってきやがれ!」
「入るさ、これ終わったらな。」
「へぇ。オマエが洗いモンやるなんて珍しいな。」
「オマエも、たまにはやれよな。」
「コンロの火も点けれねぇヤツに言われたくねぇ。」
「うるせぇ。」
「コラ。喧嘩しないのっ!!」
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