Rain

雨・・・。



雨は、あの日のことを思い出させる。



あれは、中学三年の冬・・・。

午後は雨が降るから、傘を持っていったほうがいいという母親の警告をふりきり、傘を持たないまま学校に出かけてしまった日だった。

案の上、下校時には、豪雨に遭遇してしまい、傘の持ってなかった私は、駅まで友達の傘に入れてもらうことにした。

・・・と、そこまでは良かったのだが、自分の家の最寄りの駅に着いた後が困った。

(どうしよう。走って帰ろうかな・・・。でも家まで距離あるし・・・。)

そう思いながら、駅で雨宿りをする。

周りを見ると、同じように雨宿りをしている人が結構居た。

傘を手にしながら、その場に留まっている人も居た。きっと待ち合わせでもしているのだろう。

しばらくして待ち合わせの相手が来たらしく、二人で仲よさそうに歩いていった。

(雨の日にデェト?・・・別に雨の日にわざわざデートしなくてもいいじゃない。)

彼氏というものを持ったことのない私は、ちょっと羨ましそうに二人を見送り、そして空を見上げた。



雨は止まない・・・。



傘を差しながら、正面から歩いてきた一人の制服を着た男の子が私の隣に立った。

この人もきっと待ち合わせね・・・。

横目でその男の子を見ると、どこかで見たことのある顔だった。私は彼を見て、思わずハッとしてしまった。

それもそのはず、私の隣に立った男の子は、私が気になる存在の人だったから・・・。

いつも同じ電車の、同じ車両に乗ってくる男の子。

眼鏡をかけていて、パッと見、暗そうな印象を受ける男の子だ。

彼は、電車の中で、いつも本を読んでいて、特によく読んでいるのは『銀河鉄道の夜』。

あまりにも彼がその本を何度も読み返して読むから、私もその本を読んでみたくなって、読んでみた。

他にも、彼に影響されて読んだ本は少なくない。


私は、彼と同じ電車に乗れた日はいつも、幸せだった。

彼を見ているだけで幸せになれたんだ。

そういえば、一度、彼の隣の席が空いていて、ドキドキしながら座ったことがあった。

彼は私のことなんか全然知らなくて、何とも思ってないというのに、私だけが勝手にこんなにドキドキしているなんてと思ったら、すごく恥ずかしかったっけ。



彼が自分の隣に立っていて、私は、いつも以上にドキドキした・・・。

勇気を出して話しかけてみようかな、こんなチャンス滅多にない。

じゃあ、まず何て話かけたらいいんだろう。

こんにちわ?

・・・不自然かも。前置きは一切言わないで、いきなり友達になってくださいと言おうかな?

・・・怖い。全く知らない人にそんなこと言われたら怖いかも。

あー・・・どうしたらいいの?ちょっと落ち着いてみよう、そう思って大きく深呼吸をしてみる。

深呼吸をしたら少し冷静になれた。そして、冷静になってみると、彼がなぜこの駅に居るのだろうと不思議に思えてきた。

だって彼はいつも私よりも前の駅から乗ってきていて、住宅街ばかりのこの駅を使うなんて変だ、と。



そのとき、急にその人から声を掛けられた。

「・・・傘・・・ないの?」

「はぃっ・・・!」

びっくりして、思わず声が裏返ってしまった。

何言ってんの・・・私ったら!落ち着くのよ・・・。落ち着くの・・・。

自分にそう言い聞かせながら、彼の次の言葉を待った。

「これ・・・。使って・・・。」

彼は、そう言いながら、さっきまで使っていた自分の傘を差し出してくれた。

「え?あっ!いいです・・・。そんな・・・。悪いです・・・。貴方の使う傘、無くなっちゃう・・・。」

「もう用事は済んだから、あとは帰るだけだし・・・。駅に家が近いから傘を使う必要ないんだ・・・。」

「えっ・・・。でも・・・。」

彼は、私の手に傘を握らせた。

「いいから・・・。」

私は少し考えて、図々しくも彼の傘を借りる事にした。

「・・・じゃあ・・・お借りします・・・。きっと返しますから。」

「・・・急がなくてもいいよ・・・。それより・・・。」

「はい?」

不思議な顔をして彼の顔を見ると、彼は顔をほんのり赤らめながら言った。

「知らないと思うけど・・・俺、毎朝、君と同じ電車に乗っているんだ・・・。
結構前から気になってて・・・そのっ・・・好きです。もし良かったら俺と付き合ってくれませんか?」



う・・そ・・・。



信じられなかった。

彼が私のことを知ってて・・・しかも好いてくれていたなんて・・・。

嬉しくて、返事もせずにしばらく呆然としていると、近所に住む、同じクラスの男子の二人組がちょうどそれを見ていて、声を掛けてきた。

「うわ〜!友季、また告られてんのかよーっ!」

「やるじゃん!でもまた断るんだろ?好きな人が居るからって。」

彼はそのことを聞いて、寂しそうな顔をして、そうか・・・と、一言言い、私の気持ちを聞く前に、足早に去ってしまった。

「ちょっと・・・待って・・・。」

そう言ったのに、私の声は周りの騒音にかき消され、彼の姿も見えなくなってしまった。

追いかけようとしても、人ごみでなかなか前に進めず、どうすることも出来なかった。

「もう・・・。酷いよ・・・。」

ちがうのに、私はあなたのことが好きなのに・・・。

私は、崩れこむようにその場に座った。

「オィ友季?どうしたんだよ?」

私のその行動に不安になったのか、さっき、からかってきた男の子たちが来て声を掛けてくる。

「友季・・・?」

肩に手を置いて揺すってくる。

ヤメテ。

サワラナイデ。

私は、その手を振り切り、二人にきっぱり言った。

「大っキライ!!」

私は、さっき、彼が貸してくれた傘を持って雨の中を走った。

せっかく彼が傘を貸してくれたって言うのに、私はその傘を使わずに傘を抱きしめて帰った。

ずぶぬれで家に帰り、部屋に閉じこもってずっと泣いた。泣き疲れると、そのまま寝てしまい、次の日に高熱を出して学校を休んでしまった。

それから数日後、熱が下がり、彼に傘を返そうと、いつもの電車に乗ると、彼はその電車に乗っていなかった。

その次の日も、その次の日も・・・。彼は、その電車に乗ることはなくなった。

傘を返すとき、今度は私から告白しようって思ってたのに・・・。

それから彼に会うことは出来なかった。

傘もまだ、私の手元にある・・・。



+++



「さくら。さくらってば!!当てられてるよ!」

「え!?」

後ろの席に座っている親友の花梨が私を揺らしていた。

その瞬間、私は現実に引き戻された。

「友季、退屈そうだな?」

「いいえ!決してそんな事は・・・。すみません・・・。」

私はこの春、高校1年生になった。



授業が終わって机の上に顔を伏せているとノートで軽く誰かに叩かれた。それに反応し、顔を上げると、其処には花梨が立っていた。

「コラ!何考えてたの?何度揺すったってボーっとしてるんだから!」

「あー・・・。雨だからちょっと・・・。」

「また例のあの人のこと?もういいじゃない。いいかげん他の人見つけたほうがいいと思うよ。しかも、その眼鏡の人って、かっこよくなかったんでしょ?」

「外見だけじゃ決められないよ。あの人ね、席を譲ることが多いの。当たり前のことをサッてやってのけちゃうんだよ?なんかすごく素敵v」

私が彼を思い出して、目をキラキラさせると、花梨は、はぁ・・・と小さくため息を吐き、隣の空いていた席に座った。

クラス中がざわめいている中、クラス委員の人たちが教壇に立った。

「皆、静かにしてー!」

「次の授業、自習だから席替えします。」

あれ?クラス委員の男の子の声、どこかで聞いたことあるような気がする。同じクラスだからってことじゃなくて、昔、聞いたことあるような・・・そんな感じがする。

私は、ふっと花梨に言ってみた。

「クラス委員の本城君ってさ、どっかで会った事あるような気がするんだよね・・・。」

「同じ中学じゃないんだし、それはナイ!」

「・・・だよね、気のせいか。」

クラス委員の本城慎也君は入試をトップでパスしたという秀才。背が高くて、容姿がいい。きっとモテるんだろうな。別に好きだっていうわけじゃないけど・・・。



「端から、クジ引いてってー。女子が左、男子が右の席だからね。」

「誰の隣になるかな?緊張する!」

「俺、一番後ろの席がいいな。」

「あたしもー。」

皆の不安と期待の声に耳を傾け、ボーっとしていると、クジの順番が周ってきた。

クジを引くと、6番。

窓側の一番後ろの席になった。

「さくらっ!何番?私は3番、窓側の前から3番目〜!」

「私は6番。いい席だよ〜!」

「さくらめちゃめちゃいい席じゃない!あとは、誰が隣にくるのかが問題ね・・・。」

その時、急にまだ、あんまり話したことのない男の子から声を掛けられた。

「友季サン!何番だった??」

「6番。」

ぴらっと紙を差し出して見せると、その男の子の顔が悲しそうな顔に変わっていき、とぼとぼと友達の所に戻っていった。

「誰か席替えてくれ!」

その男の子は、友達の所に帰るなり、そう叫んでいた。

「うわ。さくら相変わらずモテる。あのヒト、さくらの隣になりたかったのね。」

「え゛。」

その時、教壇から声がした。

「替えるのナシでーす!」

「そうそう、引いたのは潔くそれに従えよ?」

クラス委員が言うと、皆が、しょうがないかという顔をした。

「もう皆引いたか?じゃあこの残りは俺だな。」

「女子もいい?引いてない人いる?」

「香川、女子は全部引き終わった?」

「こっちはオッケ〜!じゃあ席移動しよっか?じゃあ、皆、荷物だけもって移動してー。

あ、本城、座席表作っとくね。」

「あ、頼む。」

(なんかクラス委員同士、仲良さそう。いいな。憧れちゃう。)

「さくら、何ボーっとしてんの?ホラ、移動するよ?」

「あっ・・うん!」

席を移動すると、私の隣の席には・・・・・本城君が居た。

「よろしく。」

私がニコって笑ってそういうと、本城君はペコっと頭だけ下げて、違う方を向いちゃった。

(もしかして私・・・・・嫌われてる??)

相変わらず、本城君は、違う方向を向いてる。

(ショック・・・。

新しい席で話す相手がいないなんて、悲しいよ・・・。勇気を出して、仲良くならなきゃ!)

「あっ・・・。あのっ!本城君っ!私、友季 さくらっていいます。よろしくね。そ、そういえば本城君て、昔、私と会った事ない?」

「どうしてそんなコト聞くの?」

「声が・・・。声がどこかで聞いたことのある声だったから。あ・・・。そういえば、本城君て、入学式の時に新入生代表で前に立ってたっけ・・・。

その時に、声を聞いたからかもしれないや。」

エヘヘと無理やり笑顔を作る。なんか、つ・・・辛い。

「オイ!本城!」

本城君は、そう男子たちに呼ばれてどっかに行っちゃった。

一人だけその場に取り残される。

はぁ・・・と落ちこんでいると、空いた本城君の席に、花梨が座った。

「かわいそうな本城君・・・。」

「・・・なんで?ねぇ・・・私、本城君に嫌われてるっぽいんだ。ショック・・・。」

私が机に突っ伏してそう呟くと、花梨は大げさに驚いた。

「まさか!絶対そんなことないって!照れてるだけ。」

「・・・だってよろしくって言ってもペコって頭下げるだけで違う方向向いちゃったんだもん。」

それを聞いて、花梨は急に笑い出した。

「あはは!・・・だいじょうぶだって!さくらからどんどん話しかけていけば仲良くなれるって!ついでに彼氏にしちゃえ!本城君カッコいいし、いいんじゃない?」

「すぐにそれをいうんだから・・・。私はあの人がいいの。傘の人!」

「もう・・・そんなふうに言ってたら誰とも付き合えないよ?本城君、カッコいいし、頭がいいんだからサ、最高じゃない?」

「ヤダ。傘の人がいいの。」

「もう!」

その日から、私は本城君と仲良くなろうと、自分から授業中や朝とか、よく本城君に話しかけるようにした。

次第に本城君も私に打ち解けてくれて、私たちはだんだん仲良くなっていった。



  


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