挨拶もろくにしないままお風呂を使わせてもらうなんて、

とんでもなく失礼な行為をしでかした私は、

今まで葉の家に来た来客の中で、最も最低な人物になったと思う。

もう最悪だ。

一刻も早く葉の家から逃げ出したい。

きっと家族の人、怒ってる。嫌悪感むき出しの顔されるかな。

そんなの見たら耐えられなくて、泣いてしまうかもしれない。

さっきもう既に泣いてるけど。

お風呂場の鏡に映る自分の姿は、なんとも情けない姿。

・・・でもボーっとなんてしてられない。

葉がシャワーを浴びたい、早くしてって言ってた。

私は慌ててシャワーを浴びる。すると、脱衣所から声が。

「由良ちゃーん。ここに着替え置いておくからね。」

名前呼ばれた!?

戸惑いつつも、慌てて「ハイッ!」とだけ声を返す。

でもその声は酷く裏返っていた。

最悪・・・。変な声出しちゃうなんて。

落ち込みつつも直ぐにシャワーを終わらせ、脱衣所を出ると、

確かにそこには言われた通り、タオルと服が置いてあった。

身体を拭き、置いてあった服を身に付けると、なんとも不思議な姿に。

可愛いワンピースが用意されていたんだけど、

服を貸してくれた方は、私よりも背が高いみたいで、

決して私に似合うとは言い難かった。

でもそれでも服を貸してくれたことに、感謝しなきゃと思い、

私は満足して、脱衣所のドアを開けると、

目の前で葉が壁に寄りかかって立っていた。

「次、俺の番。由良はリビングに行ってて。」

葉はそう言い残して、リビングの方を指差してお風呂場に消えてしまった。

ちょっと待ってよ!

リビングに行っててって何!?

置いてかないで。

一人でリビングなんて行けるわけないよ。

でも、葉が戻るまでずっと廊下にいることも出来ないし、

私は戸惑いながらも、

意を決してトントンとリビングのドアを叩いてから、ゆっくりと扉を開いた。

そして入って早々深々と頭を下げる。

「挨拶もしないですみません。

シャワーお借りして・・・あ、服も・・・ありがとうございました。

あのっ。吉本由良です。」

そう言って、ゆっくり顔を上げたら、そこには同じような顔が二つ、

座り心地の良さそうなソファーに座ってこっちを見ていた。

どちらも可愛い顔立ち。

一人はさっき、タオルを持ってきてくれた人だ。

・・・二人してこっちを見て微笑んでいる。

あぁ・・・なんかホンワカしている雰囲気の人たちだな。

突然、二人が声を揃えて「かわいい。」と言った。

・・・え?

誰に言ってるのかと思って、後ろを振り返えってしまった。

・・・その姿を見て、何故か笑われた。

どうして笑うの?

「もうホント、由良ちゃんて可愛いー。

それにしても災難だったわね。北山サンの奥さんそそっかしいからー。」

「・・・キタヤマサン?」

「あぁ、水をかけてきた奥さん。水、かけられたんでしょう?」

「あ・・・はい・・・。」

何故かまた爆笑。

・・・あ。笑い方が葉と似てる。

多分、葉とキョウダイなんだよな。

・・・って思い出した。

一つ上にお姉さんが一人いるって言ってた。

ということは、もう一人はお母さん?

「葉君のお母様でしょうか。」

葉のお母さんと思われる人に、そう訊ねてみる。

すると、その人は、頬に手をあてて言った。

「お母様なんて言われたの初めて!恥ずかしいわ。

そうねぇ・・・葉ママか、楓サンって呼んで。おばちゃんはダメよ。」

・・・なんて可愛い人なの。

物語の中に出てくるお母さんみたいだ。

実際にそんな人居るなんて思ってもいなかったけど、居るところには居るんだ・・・。

「由良ちゃんお腹空いた?嫌いなもの無い?

用意は出来てるから、葉が来たら一緒に食べようね。」

「はい。」

「喉かわいた?お茶でいい?持って来るね。」

葉のお姉さんがタタタっと、キッチンの方へ消えていった。

リビングに葉のお母さんと二人、残された。

どうしよう、と思っていたら、

葉のお母さんがソファーをポンと叩いて、

座って、座って、と言った。

緊張したけれど、「はい。」と返事をして、座らせてもらう。

視線を感じる。

・・・こわい、こわい。

心臓がバクバク言ってる。

「葉ね、由良ちゃんの話、よくするのよ。」

「え?」

突然言われた言葉に驚き、思わず葉のお母さんの顔を見る。

すると葉のお母さんは微笑みながら、「これからもよろしくね。」と。

葉が私の話を?

何を話してるんだろう。

自殺願望ある子とか話してる?

・・・ヤダ。変な子と思われてたらどうしよう・・・。

突然、ぷに、と頬をつつかれた。

え!?

ビックリして、葉のお母さんを見ると爆笑してる。

「可愛いー。」

・・・な、何を?

「絶対に柔らかそうなほっぺだと思ったよね。」

・・・変!!絶対変!!葉のお母さんって変!!

「ちょっとママー。由良ちゃんイジメたら可哀想だよ!」

呆然としている所、葉のお姉さんが戻ってきた。

「イジメるわけないでしょ。こんなに可愛いのに。」

「でも由良ちゃん絶対困ってるもん。」

そんな会話から始まり、話はどんどん違う展開に変わって行く。

私は楽しそうな二人の会話を目の前で聞いていて、

理想の親子の関係がそこにあると、感じた。

自分の家庭では有り得なかったこと。

羨ましくて、仕方が無かった。

「・・・それにしても、さくら。なんかもっと違う服なかったの?」

「・・・ちょっと大きかったね。」

私を見ながら、二人がそう会話をしていて、

少し遅れてから、自分のことを言われているのだと気付いた。

「あ、私は私はこれで・・・。」

いいです、と言ってる途中で、手を引かれて「ちょっときて。」と言われて、少し恐くなった。

だって、どこに連れて行かれるのか、予想も出来なくて、

しかもリビングに居て、って葉に言われたのにその場を離れるなんて・・・。

それに、お姉さんと二人になんてなりたくないよ。

でも、お姉さんから逃げる事は出来なくて、

私はビクビクしながら葉のお姉さんに手を引かれつつ、リビングを出て階段を昇った。



  


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