「お待たせしましたっ。」

薄い水色のワンピースに白いカーディガンを羽織って、

私は階段を駆け下り、葉のところに戻った。

「うん、待った。」

玄関に立ったまま、コッチも見ずにそう言って、

持っていた折りたたみの携帯をパタンと閉じた。

そして私の方を見て、何故か驚きの表情。

「・・・何?」

「さっきと大分服違うじゃん。」

「だって人のお家に行く時はちゃんとしたカッコをしないといけないって・・・。」

私がそう言うと、葉は笑い始めた。

「別にきちんとしなくたっていいのに。俺んちなんだし。

でも可愛いじゃん。そういうカッコも。じゃ、行くか。」

可愛い?

初めて言われた。そんな言葉。

恥ずかしくって、何て返していいのかわからなくて、顔が熱くなった。

「ゆーら?」

俯いた私に、葉は顔を覗き込むようにして見てくる。

見ないで。

そう言う代わりに、葉の顔を手で覆って、

「あ、お、お土産忘れてた!持ってくるっ。」

そう言って、一度ダイニングに戻った。

火照った頬を少し冷ましながら、包んだクッキーを手に取り、

紙袋に入れて戻ると、

葉はもう玄関に居なかった。

あれ。なんで!?

もう行っちゃった?

慌てて靴を履いて玄関を出ると、

門柱に、葉は寄りかかって立っていた。

置いていかれてなくて、ほっとはしたけど、

何だか葉が不機嫌で。

私は急いで鍵を掛けて葉に声をかける。

「ごめん。」

「もー。腹減った。行くよ。」

歩き出した葉に、少し遅れを取って、

私は小走りで後をついていく。

「ごめん。」

「・・・ごめんばっかり言ってんな。いいよもう。

・・・それは?」

葉が私の持っていた紙袋を指差した。

「これ?クッキーだよ。」

「由良が作ったの?」

「うん。」

「お母さんが作ったとかじゃなくて?」

お・・・かあさん?

「・・・うん。違う。」

「なんなの、その間は?」

葉は笑いながらそう言ってきたけど、

私は笑えなかった。

そういえば、お母さんが家で手作りのお菓子を作ってくれたことなんて、

一度も無かったなぁ。

その証拠に、家にはクッキーの型抜きなんてなくて、

昨日は型抜きが必要ない方法でクッキーを作った。

「由良?」

葉に名前を呼ばれて、ハッと我に返った。

「何考えてたわけ?」

私はお母さんのことを葉に話したことがなくて、

言うか言わないか迷った。

言ったら葉、どんな風に思うかな。

迷っていると、葉が不機嫌な顔をして言った。

「いつも思うけど、由良って自分のこと話さないよな。

秘密主義なわけ?」

「そういうわけじゃないけど・・・。

何て言おうか考えてたら、言うタイミングが無くなる。」

「分かった。俺も気をつける。」

「え?」

どうして?

驚いて葉の方を向くと、葉は真面目な顔をして言った。

「言えない雰囲気を作ってた俺にも原因があるような気がする。」

「違う。」

咄嗟にそう返して、付け足すように言葉を続けた。

「私が勝手に、葉がどう思うかとか色々考えちゃって・・・。」

そう言ったら、葉はふっと笑みを漏らした。

「別にそんなの考えなくていいのに。

前にも言っただろ。思ってること、なんでも言ってって。

深く考えなくていいんだって。」

頭を撫でて、そう言う葉の掌から、

なんだか優しさが感じられて、私は肩の力が少し抜けた。

そして言った。

「あのね、さっき言おうとしてたのはね、

家にお母さんがいないってことなの。親が離婚して・・・。」

「そっか。じゃあホントに由良がクッキー作ったんだ?」

「うん。・・・ってそれだけ?」

「え?」

私の発言に、葉は驚く。

「他になんかあるの?」

「別にないけど・・・もっと違う反応があるかと思ってたから。」

「だって今時、片親とかって珍しくないじゃん。

俺の友達の中にもそういうヤツ居るし。」

やけにあっさりしている葉に、私は驚いた。

「由良はキョウダイ居ないの?」

「居ないよ。一人っ子。葉は?」

「いっこ上の姉ちゃんが一人。今日も居るよ。

由良に会うの楽しみだって。なんかケーキ焼くとか言って朝から張り切ってた。」

「・・・そう。」

私にもキョウダイが居れば、変わっていたかな。

今更どうにもならないけれど、

キョウダイが居れば、お母さんの私に向けていた期待も半減し、

生活も、楽しかったかもしれない。

「何、そんな沈んでンの?」

葉が心配そうにこっちを見てくる。

私は、考えても仕方がないことを頭の隅に押しやって、笑って答えた。

「なんでもないよ。羨ましいなぁ。お姉さんが居るの。」

「お姉さんって感じじゃないけどね。全く頼りにならないし。」

口では文句を言うようにそう言ってても、その顔は全然嫌そうじゃない。

「でも、葉にお姉さんがいるなんて知らなかった。私、見たことあるかな?」

「ないんじゃない?学校違うし。」

「そうなの?」

その後聞かされた葉のお姉さんが通う中学とは、

私が中学受験を失敗した、あの学校だった。

学校名を聞いて、私は思考能力が固まりそうだった。

嫌な思い出がいっぱい押し寄せてきた。

でも葉はそんな私の想いは露知らず、

お姉さんの学校の話をしてくる。

葉としては、私が知らないと思っている私立中学のことを

何気なく話しているみたいだったけれど、私は正直聞いていたくなかった。

聞けば聞くほど、

私はまだ見たことが無い葉のお姉さんに少しだけ・・・嫉妬した。

「葉は・・・お姉さんと一緒の学校に行きたいとは思わなかったの?

受験は?した?」

話題を変えたくて、私はそう言ってみた。

葉が受験を失敗した、っていう言葉を期待していたのかもしれない。

でも返って来た言葉は、私の想像外の言葉。

「しないよ。全然行きたくなかったし。」

「どうして?」

だって、名門中学。

わざわざ遠くから通いたがる人も居る。

「だって電車で学校通うなんてダルイし。

どうせ駅まで歩くんだから、同じような距離歩けば着く中学選ぶ。

・・・由良は?行きたい学校とかあった?」

「私は・・・・・・。」

その時、ばしゃっと大きな音が聞こえたかと思ったら、

何故か一瞬にして全身が水浸しになっていた。

な・・・なにごと!?

呆然としてたら、

一瞬の間があって、葉が右横で爆笑し始め、

左横からはバケツを持ったおばさんが、必死に謝ってきた。

「ごめんなさい!!あなたたちが見えてなくて!!

あ!葉ちゃんじゃない!!」

おばさんの声のトーンが少し上がった。

それを聞いて葉は得意のスマイルを見せて、呑気に

「こんにちわ。暑いですネー。水撒きですか?」なんて言う。

「玄関に水撒いてたんだけど、汲み過ぎちゃったから、

道路に撒こうとしてたのよ。・・・それよりもタオルタオルっ!ちょっと待っててね。」

「いいです、いいです!もう家に帰るだけだし。じゃあ。」

・・・そう言って、葉は私の手を引いて先をどんどん歩いていく。

そして次の曲がり角を曲がって直ぐに立ち止まると、葉は私の正面に立った。

そして私の顔を見て、また爆笑。

酷い・・・。

葉は私より被害が少なく、半分くらい水がかかったみたいだったけど、

こっちは全身ずぶ濡れ状態。

最悪だ。

泣きそうで、必死に唇を噛んでいたら、

「ごめん、ごめん。」

葉はそう言って、持っていたスポーツバックから取り出したタオルで私の顔を拭き始めた。

「・・・ぅぅ。」

泣きそう。

・・・と思ったら、もう泣いてた。

「ちょっ・・・由良、泣くな。」

「かえる!」

「もう俺んちそこなんだけど。」

「・・・こんな状態で行けない。」

「別にいいよ。さくらちゃんの服借りればいいよ。行こ。」

さくらちゃんて誰!?

もういやだ。

でも私の想いも虚しく、葉は無理やり私を家へと引っ張って行った。

確かに葉が言ったとおり、葉の家は本当にすぐそこで、逃げられなかったんだ。

葉はガチャと、乱暴にドアを開けて、私を先に押し込むように中に入れると、

後ろ手でドアを閉めて、大声を出す。

「さくらちゃーん。タオル持ってきてー。」

廊下の奥のドアが開き、可愛い人がタタタッと走ってきた。

「ど・・・どうしたの?!」

「バスタオル持ってきて。」

「あの・・・よ・・・吉本由良と・・・。」

「あ、ちょっと待ってね。」

挨拶もさせてもらえない・・・。

でもこの隙に逃げよう、そう思って後ずさりしようとしたけど、

葉がドアの前を立ちふさがっていて、無理だった。

少しして、タオルを持って、女の人が戻ってきた。

「あの・・・吉本由良・・・。」

お辞儀して改めて挨拶しようとしたら、

葉はその人から受け取ったバスタオルで後ろから私を包み、

イキナリ私を抱きかかえて廊下を歩き始めた。

うそ!!

「挨拶よりも先に風呂。」

「お・・・ろして!」

そう言ったけど、葉は全然聞いてくれなくて、

結局私をお風呂場の中に下ろした。

そしてシャワーの使い方を教えると、

「俺も浴びたいから早くしてね。」

そう言い残して、バタンとお風呂場のドアを閉めた。

・・・私、何してんの。人の家で。



  


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