「待たせてゴメンな。」

放課後、時計の針がもう直ぐ7時を指す頃、

慌てて制服を着たっていう感じのカッコで、

葉は額に薄っすらと汗を掻きながら図書館に来た。

「別にいいよ。ちょうど宿題終わったところ。」

広げていた勉強道具を鞄にしまい、立ち上がった。

今日は月曜日じゃない。

でも、私は葉と一緒に帰る為、葉の部活が終わるのを待っていた。

クラスも部活も違くて、接点も無い私たちだったから、

付き合い始めてから、自然と一緒に帰ることが日課になった。

私も一応どこかの部活かクラブに入らなければいけないという学校のルールに従い、

家庭科クラブなんていう、部活動をしたくない人達の集まりのようなものに入ってはいたけれど、

活動は週一回程度だったから、週の大半は葉の部活が終わるまで、

図書館で勉強をしていた。

別に早く家に帰ったところで、することもなければ、

待っている人もいないのだから、

私としては放課後、葉を待つことを嫌だとは思わなかったけれど、

葉は、いつも図書館に走ってきて開口一番にゴメンな、と言う。

待たせていることに罪悪感を感じているらしく、

少しでも早く図書館に行こうと頑張ってくれているらしい。

全く、葉は自分本位に動いているように見えて、

実は色々考えて気を回してくれたりするから憎めない。

「明日暇?」

ぼんやりしながら、静まった校舎の廊下を歩いていた時、

ふいに葉にそう言われて、なんだろうと思った。

明日は土曜日。

学校は休みだから、暇に決まっている。

家で勉強をするくらいしか予定は無い。

「暇ならウチ来ない?」

葉の家?

・・・家に行って何するんだろう。

他の人の家に行くという行為をあまりしたことがないから、

教室で交わされている『俺んち来いよ。』とか、

『私の家来る?』などという会話の先を良く分かっていない。

「なぁ、聞いてる?」

「うん。暇だけど、部活は?」

土曜日か日曜はいつも部活があるはず。

「昼前で終わると思う。部活終わったら由良ん家迎えに行く。」

「わかった。」


+++


「ど・・・どうしよう。」

私は自宅の書斎にあったマナー辞典を読んでいて、

危うく本を落としそうになった。

葉の家にお邪魔するのだから、

間違った事はしてはいけないと思い、

埃を被っていたマナー辞典なるものを読んでいたら、

そこには訪問の際のマナーと称して色々なことが書かれていた。

訪問の際には手土産を持っていかなくてはいけないらしい。

しかも、訪問先の近所では買ってはいけません、ときた。

時計の針は現在、夜の9時30分を指している。

お土産を売っているお店なんて開いているはずもないし、

近所で買ってはいけないなら、この近くで買うことも出来ない。

そもそも、近所ってどこまでを言うんだろう。

なんだか泣きそうになってきた。

こんなに他人の家に行く事が大変だなんて知らなかった。

明日の朝に買いに行くとしても、

どこまで買いに行けばいいのかわからないし、

葉が迎えに来る正確な時間もわからないから、

あまり家を離れられないし・・・。

途方に暮れて書斎の床に座り込んだら、

ちょうど目の前に「お菓子作り」という本が。

私はすぐさまその本を引き抜いてページを開く。

家事より勉強、

お手伝いはしなくていい、という方針で育った私は、

お母さんが出ていって初めて家事をするようになったから、

正直、料理はあまり得意な方じゃない。

・・・でも、お菓子は家庭科クラブで何度か作ったことがあるし、

どうにかなるかもしれない。

私は本の中で、家にある材料で、私にでも作れそうなものを探し、

結局、クッキーを作った。

部屋中に甘い香りが充満する。

帰ってきたお父さんが嫌な思いをしないか心配になり、

慌てて換気扇を回してみたけれど、

直ぐには甘い香りが消えることは無かった。

私はダイニングテーブルの上にお皿に載せた数個のクッキーと、

お父さんに向けたメモを残した。

“良かったら、食べてください。”

食べてくれるかな。

・・・お菓子なんて家で作ったことなかったから、

お父さん驚くかな。

私はどんな反応が返ってくるか、少しだけ期待して眠りについたけれど、

翌朝、テーブルには昨日置いた時と同じ形で、お皿とメモが残っていた。

昨日は帰ってきていないのかもしれない。

・・・それか、見ただけで興味も示さず、また出かけたのか。

私はなるべく何も考えないようにし、

葉が来るまでに家事を終わらせてしまおうと、

洗濯や掃除に取り掛かった。

勉強でも、家事でも、集中すれば他の事を考えなくてすむからいい。

時間があると、余計なことを考えてしまうから。

そうして、掃除に没頭していたら、突然玄関のチャイムが鳴った。

ドアフォンの側に駆け寄り、来客の姿を写したカメラを見てビックリした。

そこに写っていたのは葉だったのだから。

慌てて手を洗ってそこにあったタオルを掴み、玄関に走り寄り、

鍵を開け、ドアを開くと、そこにジャージ姿の葉が居た。

「葉、どうしたの?早いね。」

「は?何言ってんの?もう12時だけど。」

「え?」

私は慌てて玄関にかかっている時計を見る。

ホントだ。12時過ぎてる。

「・・・何してんの?」

「・・・そ・・・掃除してた。」

私が手に持っていたタオルで顔を伏せ、

申し訳なさそうにそう言うと、葉は笑い始めた。

「時間忘れてそんなに頑張ってたわけ?」

「ごめん。」

「いいから、早く行こ。」

「ち・・・ちょっと待って。用意したい。」

「別にいいじゃん。そのままで。」

「・・・だって。」

服・・・着替えたい。

今のカッコ、ジーンズに埃っぽいシャツだよ。

恥ずかしいよ。

私が困っていると、葉は少し笑いながら、

「わかったよ。待ってるから早くして。」

「中に入って待ってて。10分、10分ちょうだい。」

「いいよ、ここにいる。」

「私が嫌なの。」

私はそう言って、葉の手を引いて中に入れた。

「静かだな。」

「・・・誰も居ないから。」

上がってと、葉を促したけれど、葉は首を振った。

「いいから、早く用意してきなよ。」

「・・・でも。」

「ちゃんと10分計るからな。10分以内で用意しな?」

「え!」

私は自分で言い出したことだけれど、10分で用意出来るかちょっと分からなくて、

慌てて階段を駆け上って自分の部屋に向かった。






  


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