あの橋での一件があって以来、葉は私のことを気にかけてくれ、
大抵、一日に一回は言葉を交わすようになっていた。
交わす言葉の内容は様々で、
当たり障りのないことが殆どだったけれど、
私は葉の口から紡ぎ出される何気ない言葉の数々から、葉という人物を少しずつ理解し始め、
それと同時に、葉に抱いていた嫌悪感が嘘のように無くなっていった。
今日は週に1度の葉と一緒に帰る日。
私はまだ帰り支度が整ってなくて、葉が教室まで迎えに来た。
別に最初から、“週に1度は一緒に帰ろう”なんて決めてはいたわけではなかったのだけれど、
葉の部活が無い月曜日は、帰り道が一緒になることが多くて、
それがいつのまにか、早くホームルームが終わった方が相手を待つという形を取るようになり、
月曜日は一緒に帰る日ということになっていた。
思えば、私たちの関係は少しかわっていた。
週に1度、一緒に帰るからと言っても、お互いに恋愛感情なんて無かったから、付き合っているわけでもなく、
だからと言って友達という括りの中にいるわけでもなく、ただの知り合い程度。
でも、傍から見れば、私たちは付き合っているように見えるらしく、散々噂された。
私としては、あんまり騒がれるのが好きじゃないから、
人目があるところでは、葉と関わりたくないと思っていた。
でも、葉は全く私の意向に反し、平然とこうやって教室にも来る。
「由良ー、まだ?」
痺れを切らして、葉が声をかけてくる。
「もう終わった。帰ろう。」
そう言って、立ち上がり、鞄を持って教室を出た。
校門を抜けいつもの下校ルートを歩いて暫らくて、葉が横から真剣な顔で私に訊ねてきた。
「なぁ、由良・・・いじめにあってる?」
「え?」
「あ・・・いや、言いたくないならいいけど。」
葉は急にモゴモゴと言葉を濁す。葉にしては珍しい。
いつもは思っていることハッキリ言うのに。
「・・・あってないけど。なんで?」
私がそう返すと、葉は何故かほっとした様子。
「由良の周りが明らかに変な雰囲気だったから、ちょっと気になっただけ。」
「・・・そう?普通だよ。いつもあんな感じ。」
「あんな感じ?皆が一歩外で傍観しているような感じなワケ?」
「・・・何それ。よく分からないけど。」
葉はさっきの状況を思い出しているようで。
「チラチラ由良を見て、小さい声でなんか言ってるように見えたんだよ。
あと数秒由良が遅かったら俺聞いてたね。“何、話してンの?”って。」
「やめなよ。なんでそう初対面の人に直ぐに話しかけようとするわけ?」
「俺は思ったことは正直に聞くタイプなの。」
私はため息を吐きつつ、「・・・多分皆が話してたのは葉のことじゃない?」と言った。
すると葉は怪訝そうな顔を。
「俺のコト?」
「噂されてるの知らないの?」
「何の噂?」
惚けているのか、本当に知らないのか、その表情から読み取る事は出来ない。
「よく、葉と付き合ってるのかって聞かれる。」
横目でチラリと見ながらそう言うと、葉は興味なさそうにしながらも、
「あー。そういう噂。・・・で、由良は何て答えてるの?」と訊ねてきた。
「付き合ってない、って。」
だって事実でしょ。
なのに、葉はそれを聞いて特に反応を返さないから、私は驚く。
「・・・え?付き合ってんの?」
「いや、そうは言ってないけど。
俺、付き合うとか正直よくわかんないし。告られても、どうしていいかわかんないし。
・・・今、付き合うとかいうことについて色々勉強中?」
そんな疑問系で言われても・・・。
でも、告白されてどうしていいかわからない、なんて、意外。
・・・それにしても、やっぱりというか、当然というか、
葉は告白されたりしているのか。
そういえば、恋愛絡みの話は今まで聞いたことなかったな。
「由良は誰かと付き合ってみたいと思う?」
考え事をしている時に、急にそんな風に言われて、
私は驚きながらも、
「・・・機会があれば。」と曖昧に返した。
直後、妙な空気が二人の間に漂った。
・・・葉、なんで黙るの?
私、変なこと言ったつもりないけど・・・。
急に沈黙を破るように、葉が私の名前を呼び、
ゆっくりと身体を私の方に向けた。
何?
「・・・俺と付き合ってみる?」
突然発せられた葉の提案。
驚いて何も言えない。
多分私の目はいつもより大きくなっているかもしれない。
ふざけてるの?
じっと葉と見て、言葉の真意を探ろうとしてみたけど、よく分からない。
葉は、そんな私の考えていることが分かっているのか、
さっきの発言を補う言葉を続けた。
「付き合うってこと、良く分かってないけど、由良のこと、嫌いじゃないし、
寧ろ、俺ん中でちょっと特別な感じだし、
丁度噂されてるなら、この機会に付き合ってみるものいいかなって思っただけ。
ま、由良が嫌じゃなければ、だけど。」
・・・要するに、試しに“付き合う”ってことをしたいの?
葉らしい、正直な発言かもしれないけど、普通はそんなこと言わないよ。
葉と付き合う・・・。
そもそも付き合うって何?
・・・わからない。
だからこそ付き合ってみる?
葉のこと嫌いじゃないから、断る理由もないし。
「・・・分かった。葉と付き合う。
・・・でも、私も付き合うってよくわかってないけどいいの?」
「いいんじゃない?お互いこれから勉強ってことで。」
さらりとそう、簡単な口約束を交わすように、そう言って、
私たちはそこから“彼氏と彼女”という関係を開始した。
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