「わかんない。」

亮太と司が教室に戻り、亮太の隣の席に座っている友人の椿に意見を聞いてみると、彼女は机の上のノートを見つめたまま、即答した。

「・・・ちょっとは考えて。」

亮太のその声で椿は視線をノートから外し、二人を見ながら話し始めた。

「だってさ、キライ以外に一緒に歩きたくない理由なんてある?」

「・・・やっぱそうだよね。」

亮太は落ちこみ、俯く。

「ち・・・ちょっと椿、待て待て。なんかあるだろ、なんか。・・・な?」

司は必死に“亮太を落ち込ませるな”と椿に目で訴える。

椿は司の意図に気付き、慌てて司に合わせて言う。

「あっ・・・そーね、うん・・・えっと・・・そうだなぁ・・・。

・・・。

ごめん・・・やっぱ思いつかない。」

司はガクっと肩を落とした。

少しの沈黙の後、亮太は小さな声で呟いた。

「もうダメかもしれないな、僕たち。」



+++



その頃、響は教室の自分の机に突っ伏していた。

(今度こそ、別れようって言われる・・・。

 もうダメだ・・・。

 本当にこれが最後だ・・・。

 きっと、亮は私と別れてすぐに椿さんと付き合うんだろうな・・・。

 絶対そう。そうに決まってる。)

亮太との思い出を振り返り、そしてこれからのことを思うと自然と涙が流れていく。

涙が止まらない。

顔を上げると、泣き顔をクラスメイトに見せてしまう。

その泣き顔をクラスメイトが見れば、先ほど、亮太と一緒に居るところも見られたのだから、自分が泣いているのが亮太とのことだと気付くだろう。

それは絶対に嫌だった。

(きっとまた嫌なこと言われちゃうんだ。もうやだよ・・・。)

響の友人である智子は、泣きそうな顔で教室に戻ってきた響を見て、またいつもの響のワガママから始まる喧嘩かと呆れ気味に眺めていたのだが、尋常じゃない響の様子に気付き、声を掛けた。

「・・・どうしたの?」

「・・・なんでも・・・ない・・・よ?」

「なんでもないわけ・・・。」

「ホント・・・ダイ・・・ジョウブだから・・・。」

「響・・・。」

智子はそれ以上響に声を掛けられなかった。



+++



それから数日間、亮太と響はどちらともなく連絡を取ろうとせず、音信不通な日々が続いた。

大抵、喧嘩をしても最後には亮太が響の機嫌を取り、どうにか元の二人に戻るのがいつものパターンなのだが、今回はそうなりそうもない。



今日も響はため息を吐きながら、いつものように登校していた。すると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

友人と会話を楽しんでいる女の人の声。

今は、あまり逢いたくない相手。

(椿・・・さん?)

響は恐る恐る後ろを振り向く。

すると、響が振り向いたことで、椿も響の姿に気付いた。

ぱちっと目が合ったところで、響は慌てて駆け出す。

「え?ち・・・ちょっと待って!響ちゃん!!なんで逃げるの?」

椿は一緒にいた友人に短く言葉をかけ、響の後を追いかける。

学校の校門をくぐり、響が後ろを振り返ると、椿が後ろから追いかけてきていることに気付いた。

(やだー追いかけてくるぅ!!逢いたくないのにぃー!!)

その時、足がもつれてその場に派手に転んでしまった。

そして、椿に追いつかた。

「だ・・・大丈夫?響ちゃん。」

「いったぁー・・・。」

椿は倒れていた響をそっと起こし、制服を調える。

響はその間、瞳に涙をうっすら浮かべたまま、じっとしていた。

「もう。どうして逃げるのよー?」

「だって・・・。」

椿は響の膝の傷を見て、酷い状態だということに気付く。

「早く保健室行こう。消毒しなきゃ。」

椿は落ちていた響の鞄を拾い上げると、響を支えて保健室へと向かった。



+++



保健室には養護教諭の姿はなく、椿がテキパキと響の手当てをこなした。

響は、手当てをされている間、ぼーっと椿を見つめていた。

(なんでこの人はこんなに優しいんだろう。

・・・悔しいけど・・・やっぱり椿さんはいい人だな。

スタイルだっていいし、亮の仕事のお手伝いまで出来る。

それに・・・大人。

大人の女性。

あたしにないものをいっぱい持ってる。羨ましい・・・な。

亮とお似合いって言われるの、分かる。

亮が好きになるのも・・・分かる・・・。

この人に、敵わない。)

ふいに、響の瞳から涙がぽとりと落ちた。

椿は落ちた涙に気付き、スッと自分のタオル地のハンカチを取り出して響の目元を押さえる。

「痛い?もうちょっとで終わりだから我慢しよ?」

響きはその言葉に答え、コクンと頷く。

「よーし。オワリ。」

「ありがとう・・・ございました・・・。じゃあ・・・あたし教室に・・・。」

戻ります、と続く言葉を椿が遮った。

「ちょっとストーップ!」

響が立ち上がり、鞄を持とうとした手を掴む。

「どうしてさっき逃げたの?」

「え?」

「私の顔を見て、逃げ出したじゃない?

あれ、結構、傷ついたなぁ・・・。」

椿は深いため息を吐き、大げさに傷ついたフリをする。

それを見て、響は慌てて謝る。

「ご・・・ごめんなさい!」

「・・・どうして逃げたの?」

響は俯いて、なんとなく、と呟いた。

「なんとなく?」

納得いかないと言いたげに、椿は響を見つめる。

しかし、俯いている所為で椿の無言の訴えは響に届かない。

ふと、響がぽつりと呟いた。

「あの・・・椿さん・・・亮のこと・・・好きですか?」

「え?なぁに、急に。」

椿は微笑交じりに答える。

「うん、好きだよ。友達として・・・ね。」

「友達と・・・して?・・・正直に言って欲しい・・・です。」

涙声で尋ねてきた響に対し、椿は心配になる。

何故、泣くのか、どうして亮太のことを好きかなんて聞くのか、理由が分からない。

「本当だよ。あたし好きな人居るし。・・・片思いだけど。」

「う・・・うそ・・・。」

「ホント。」

椿はそう言ったあと、「これ、ナイショね。」と付け足し、右手の人差し指を立てて唇の上に当てた。



―女の子がさ、男と一緒に歩きたくないって何かな?―

椿は、ふいに、数日前、亮太から尋ねられたことを思い出した。

そして、もうだめかもしれないという亮太の言葉も。



「最近、亮太、すごく落ち込んでるよ。」

「・・・・・。」

「亮太のこと、嫌いになった?」

響は慌てて首を振る。

(じゃあなんで一緒に歩きたくないのかしら?)

「このままだと、マズイ展開になっちゃうかもなぁ・・・。」

響は、椿がポツリといった“マズイ展開”というその言葉に過敏に反応し、動揺した。

「ま・・・マズイ展開?」

「あ、えーっと・・・その・・・。」

椿は、しまった、と思いつつ、口元に手を当てる。

「そ・・・それって・・・別れるって・・・ことですよね・・・。」

響は俯き、小さな声でそう呟くと、自分の手をぎゅっと握り締めた。

「わ・・・分かってるんです、もう亮に別れようって言われそうだって・・・。

でも・・・私、亮のこと、すごく好きで・・・。別れたくなくて・・・。

別れようって言われるのが怖くて・・・亮を避けちゃって・・・。」

話をしながら涙が止め止めなく流れていく。

椿は泣きじゃくる響をそっと抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。

「亮太ね、きっと待ってるよ。

響ちゃんが亮太と一緒に歩きたくない理由を話してくれるのを。」

「っ・・・うっ・・・。」

「もしよかったら、教えてくれないかな?その理由。」

「椿さん・・・。

あ・・・あたし、クラスの子に、亮とお似合いじゃないって言われて・・・。

それ聞いてから、亮と居るところを誰かに見られたくなくなって・・・。

一緒に・・・歩いてても・・・他人の目が・・・気になっちゃって・・・。

自分たちがお店のショーウィンドーに写る姿を見るのも嫌になっちゃって・・・。」

「そっか・・・そっか。(そうだったんだ・・・。)」

椿は一度、ぎゅっと響を抱きしめ、そして立ち上がった。

「大丈夫。響ちゃんと亮太は充分お似合いよ!」

「でも・・・。」

「亮太と響ちゃんを近くで見てる、この私が言ってるのよ?間違いない!」

それを聞いて、響の顔にほんの少しだが、笑顔が戻った。

「亮太にちゃんと言える?それとも私からそれとなく伝えとく?」

亮太に会えば、別れを言われるかもしれない。

でも、別れを言われるのが怖いからと言って、いつまでも逃げていられない。

「じ・・・自分で言う。」

「そっか!じゃー、頑張れ☆」

椿はニコっと微笑み、響の頭を軽くポンと叩くと「またね。」と手を振って保健室から出て行った。

響もそのすぐ後に、保健室を後にした。



+++



(亮・・・居るかなぁ?)

響は昼休み、早めに昼食を済ませ、3年の亮太の教室へと来ていた。

顔だけ教室の前のドアから出し、中の様子を窺う。

(い・・・居た。)

教室の後ろの方に、司と話をしている亮太の姿を見つけた。

響は教室の後ろのドアへと移動をし、また顔だけ出して、中の様子を窺った。

(大きな声出して呼ぶの・・・恥ずかしいなぁ。亮、気づいてくれないかなぁ・・・。)

ぼけーっとそう考えていると、後ろから誰かに押され、バタンと大きな音を立てて転んでしまった。

「うっ・・・わっ!!」

大きな物音と声に反応し、一瞬にして教室が静かになり、多くの視線が響に突き刺さる。

(3年生・・・コワイ。)

「響?」

亮太は響に気づき、抱き起こす。

そして、響の姿を見るなり、ぎょっとした。

両膝のガーゼ、両手の絆創膏。

(何が起こったんだ?)

「なに・・・それ。」

「転んだの。」

「いつ?」

「今日の朝。」

(どんな転び方をしたんだか・・・。)

「傷口見たい?膝の傷はすごいよ!ぐじゅぐじゅしてたもん。血、いっぱい出た。」

亮太は、今にも膝のガーゼを剥がしかねない響の手を掴み、「見せなくていい」と一言。

そして、言葉を続ける。

「それより、何の用?」

数日前と変わらない、冷めたような口調。

響はコワイ、コワイと思いながらも、亮太の態度に怯まず、彼を見上げて思い切って言った。

「はっ・・・話が・・・したいの!」

亮太は、自分達を見る教室内の視線に気付き、響を連れて外へ出る。

「ど・・・何処いくの?」

「中庭。」

「中庭?」



+++



亮太たちの高校の中庭には、大きな木が何本も並んで植えており、芝生で横になりながら木陰で休む人も少なくない。

その中庭で、人があまり来ない場所を選び、芝生の上に座り込んだ。

「話って?」

「あ・・・あのね。一緒に歩きたくなかった理由を言おうと思って・・・。」

「何?」

響はボソ、ボソと “一緒に歩きたくなかった理由”を話した。

話し終わった後、亮太の反応を見ると、それは意外なものだった。

「・・・くだらない。なにそれ。そんな理由の為に二人で歩くの嫌だったわけ?」

「く・・・くだらないっ!?」

予想していなかった反応で、響はただ驚くばかり。

「他人がどう思おうと関係ない。」

「・・・でも、亮とお似合いって言われたほうがいいん・・・だもん。」

「似合っているとか、似合っていないなんて、人それぞれで判断基準が違うのに。」

「そんなこといったって・・・。」

「・・・疲れた。」

「疲れた・・・?」

「そう、疲れた・・・。」

(あぁ・・・。いよいよ別れようって言われちゃうんだ・・・。)

響は目をぎゅっと瞑り、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握り締める。

覚悟は出来た、そう思い、亮太の言葉を待つ。

そして少しの沈黙の後、亮太がポツリと呟いた。



「寝る。」



亮太はそう言うと、芝生の上に横になった。

「え!?ね・・・寝る!?」

響は自分の耳を疑い、目を開いて亮太を凝視する。

しかし亮太はそんな響の行動を気にもせず、相変わらず芝生の上に横になり、言葉を返す。

「そう、寝る。」

「・・・ここで!?」

「・・・そう、ここで。響も・・・ホラ・・・。」

くいっと響の腕を引き、自分の腹の上に頭が乗るように寝かせた。

「えっ・・・えっ!?」

「最近・・・あんまり寝てなくて・・・。」

うとうとしながら、途切れ途切れにそんなことを言う。

「亮・・・。別れよう・・・とか言うんじゃないの?」

「・・・言ってほしい?」

「やだ。」

「・・・だったらそんなこと言わないで・・・いいから寝て。オヤスミ。」

「お・・・おやすみって・・・。」

「・・・。」

「あ・・・あのー・・・亮?」

「・・・。」

すぅすぅと小さく寝息が聞こえ、眠りに就いてしまったことが分かる。

(ほ・・・ホントに寝ちゃったんだ・・・。)

最近あんまり寝てない、という先程の亮太の言葉を思い出し、仕事が忙しかったのかなと思う。

(もうすぐ亮も会長さんじゃなくなるんだっけ。そしたら今よりもっと一緒に居られる時間が増えるかな?)

そう思うと、自然と嬉しくて顔がにやける。

(それにしても・・・別れようって言われなくて良かった・・・。)

響は、ぼーっと木々の隙間から空を眺めていた。

それからすぐに空を眺めることに飽きると、瞼を閉じて眠りについた。



二人が芝生の上で深い眠りに就いている頃、側を通った女子学生が二人の姿に気付く。

「あ・・・みてみて、あの二人。あんなトコで寝てるー。可愛い。」

「あ、ホントだ。可愛いー。」

「いーな、あーゆうことが出来るのって憧れちゃう。」




END





  

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送