楽しい時間が過ぎるのは早いもので、いつの間にか時間は夕方になっていた。

「私、そろそろ帰るね。」

津本にそう言われるまで夕方だって気付かなかった。

「じゃ俺も・・・。」

本城がそう言って帰ろうとしたけれど、俺はそれを制した。

「本城サンはもうちょっと居たらいいんじゃないですか?

俺、津本送ってきますんで、ごゆっくり。」

「よ・・・葉くん・・でも・・・。」

本城はよっぽど俺を信用してないのか、不安げな顔で津本と俺の顔を交互に見てた。

全く、いい加減にしてよ。

からかった俺も悪いけど、津本と何かあるかって疑うのもいい加減にして欲しい。

俺はね、津本を友達としか思ってないっつーの。

しかもこんな純情そうなオンナのコ。何もしませんって。

俺がため息をつくと、

さくらちゃんは俺の気持ちを察してくれたのか、

昼間みたいにはうるさく言わず、

ちゃんと送り届けてあげてね、って一言言っただけだった。

さくらちゃんの声を聞いて、本城はもう何も言わなかった。


玄関まで見送りに来た二人に別れを告げ、津本と俺は玄関を出た。

少し歩いたところで、津本が言う。

「友季くん、あのさ・・・送ってもらわなくても平気なんだけど。」

夏ということもあって、もうすぐ7時だと言うのに外はまだ昼間の様に明るいし、

本当は一人で帰れる、なんてわかってる。

ただ、家に残してきた二人を少しでも一緒に居させてあげたいんだよ。

さくらちゃん、絶対にもっと本城と居たいと思ってるだろうし。

でも、そんな風にあの二人のことを言うのはちょっと嫌で、

「俺が送りたいから送るだけ。」と言った。

暫らくしてから、俺は思い出したように、

「津本ってすっげー愛されてんな。本城に。」と言った。

津本は、驚いた表情をした後、

「・・・そ・・・んなことないと思うけど。

・・・あ。でも、両親が離婚してから、よく連絡くれたりしてる。

変わったことないか?、が口癖かな。」

「そっか。」

「でもどうして?」

「俺から頑張って津本を守ってたから。」

「え!」

「ま、わからなくもないけどね。

津本が悪い男に引っかからないように、ってさ。」

「悪い男?」

「俺のコト。」

津本は直ぐに友季くんは悪い男じゃない!と否定してくれたけど、

言ってる本人が一番分かってることだし。

俺は苦笑い。

そうこうしている間に津本の家に着いた。

わざとゆっくり歩いて時間を稼ぐつもりだったけど、

やっぱり距離が短いから、そんなに時間がかからなかった。

「送ってくれて、ありがとう。」

津本はそうお礼を言ったけれど、

礼を言われるほどのことじゃないし、

俺は「礼なんて言わなくていいって。」と、言った。

「じゃ、また明日。」

「うん、またね。」

俺は津本に別れを告げた後、今来た道と違う方へ歩こうとした。

すると津本が驚いて呼び止めた。

「え!なんでそっち行くの?」と。

なんでって、今、家帰ったらなんかさくらちゃんが可哀想だし・・・

俺も気まずいし。

でもそんなこと、津本に言いたくないしなぁ。

だから俺は咄嗟に、

「アイス食いたくなったから、コンビニ行こうかなって思って。」と言った。

すると津本はくすくすと笑い出した。

「え?」

「友季くん、アイス好きだね。今朝も食べたのに。」

そっか。今朝、津本と一緒に食ったんだっけ。

今日一日色々なことがあったから、忘れてた。

「俺、アイスならいくらでも食えるかも。」

「ホントに?」

「ホント。」

にこっって笑うと、津本も微笑み返してくれた。

その時、なんだか左側から視線を感じて

振り向くと、其処には良く知る姿があって・・・。

俺は直ぐにその人物に声を掛けた。

「由良っ。」

こっちに来い、と手招きすると、

由良は津本を気にしつつ、ゆっくりと近くまで寄ってきた。

「・・・ひ・・・さしぶり。」

「久しぶりって・・・昨日一緒に居たじゃん。」

なんなの、その他人行儀な態度。

由良はチラチラと津本を見つつ、

ため息を一つ吐くと、パーカーのポケットから、

何かを取り出しつつ、話し始めた。

「あ・・・のね、全然取りに来ないから、直接届けに来たんだけど・・・。」

差し出したそれは俺の携帯電話。

マジで忘れてた。

昨日由良んちに置いてきてたのか。

「ありがと。完璧忘れてた。」

「えーっと・・・じゃあね。」

由良はなんだか泣きそうな顔をして、クルンと後ろを向き、今来た道を戻ろうとした。

けれど、見ぬフリが出来なかった俺はぱしっと由良の手を掴んだ。

「ちょっと待て。何泣きそうになってんの?」

「泣きそうになんかなってないよ。やだなぁ・・何言ってんのー?」

そんなこと言ったって、横から由良の顔を見ると、今にも崩れそうな様子。

「由良、どうした?」

俺がそう言って、由良の前髪を触ると由良はビクっとして、とっさに離れた。

「な・・なんでもないッ!じゃあねっ!」

・・・何それ。

なんだかムカついたから、

追いかけるのもどうかと思って、駆け出した由良を見送ってたけど、数メートル先で由良がコケて、見ていられなくなった。

ドジ・・・。

ミュールが脱げてる・・・。

俺は津本に改めてバイバイ、と挨拶をした後、

由良の側に行き、片方の靴を拾いあげた。

そして汚れた素足を軽く手で払って、靴を由良の右足にはめながら言った。

「・・・シンデレラになりたい願望あったっけ?」

「ないよっ!」

「あ、そうですか。

あーあ、膝から血出してるし。全く、何してんの?」

俺が呆れて言うと、由良の目からは涙がぽた、ぽたと零れて落ちた。

「・・・何で泣くんだよ。痛いの?」

よしよし、と頭を優しく撫でてあげると、

由良はポツリと、「・・・見られてる。」と呟いた。

なんだそれ。

あぁ・・・津本が見てるんだ。

家に入っても良かったのに。

ま、此処で俺らが騒いでたら家に入りづらいか。

「由良、立って。」

手を差し出し、由良を立たせる。

そしてそのままその手を引いて、俺は元来た道へと歩こうとした。

家に由良を連れて行って、怪我の手当てをするために。

でも、由良は手を放そうと必死で、その場から足を動かそうとしない。

「か・・・帰るよ!バイバイっ。」

意地を張る由良に、俺はため息を一つついた後、

「家・・・来いよ。」と言って、

半ば強引に由良の手を引っ張って歩き出した。

途中、心配そうな顔してた津本に「なんでもないから」と言って、

愛想笑いを浮かべつつ、別れた。


津本から少し離れた後、由良がぽつりと、

「・・・葉・・付き合ってるの?あの子と。」なんて、聞いてきた。

なんでそうなる。

「付き合って無いけど。」

俺は事実を話しているのに、由良は納得が言っていないようだ。

「・・・でも、仲良さそうだった。

ねぇ、葉。ヤバイよ。あの子、勘違いしちゃうよ。

由良とのコト誤解されないように、早く戻った方がいいよ。

由良、平気だし。」

「はぁ?何それ。

・・・あのね、俺は津本と付き合って無いし、

誤解されようが別に構わないんだけど。

・・・あ。由良が困るってこと?俺と噂になったりしたら。」

「そんなこと言って無い!

私のことはどうでもいいの!

今は葉の話をしてるんでしょ!

もう。折角由良が葉とあんまり親しくないフリをしたのに・・・。

知らないからねっ。

あの子とうまくいかなくなっても。」

由良はさっきまで泣いてたのに、今度は怒り出した。

全く、喜怒哀楽が激しいな。

俺は由良が感情を素直に出すことを嫌だとは思わない。

寧ろ、面白くて好き。

「・・・俺と津本を応援してくれてるの?由良チャンは。」

「・・・そ・・そうだよっ。」

口ではそう言うけど、

チラリと横目で由良を見ると、

顔には、嫌だ嫌だ、って書いてある。

無理しちゃって。

かーわいい。

苛めたくなるな。

「・・・由良が応援してくれるなら、俺、津本と付き合うかなー。」

俺がふざけて突然言い出した言葉に、由良は直ぐに反応しなかった。

1テンポ遅れて、「そ・・・そう!」と言っただけ。

そのまま無言で居るから、

どうしたかなーと思って由良を見ると、

由良の頬には涙が伝ってた。

俺はビックリして足を止めた。

そして直ぐに指で由良の涙の後を拭ったら

由良は慌てて自分のパーカーで目をこすり、

「あー。傷が痛くて涙出ちゃったよ。」と明らかにわかる嘘をついた。

俺は驚いた。

由良は明らかに、ショックを受けてるようだったから。

どうしてショック受けるわけ?

そりゃ、由良は俺のこと好きだって言ってるけど、

由良には彼氏が居るし、

今までに俺に新しい彼女が出来たって、一度だってショックを受けてる姿を見せてはこなかった。

まぁ・・・拗ねたフリをして、「あーあ、もう由良と遊んでくれなくなっちゃうなぁ。」

なんて言うこともあるけど、いつだって最後には笑って、おめでとうって言う。

ただ、思い返してみると、由良は、俺に新しい彼女が出来たっていうことを知ってから、

俺と直接会うまでに、少し時間があるみたいで、

いつも「聞いたよ。」とか、「見たよ。」とか、過去形から会話が始まる。

自惚れてるかもしれないけど、もしかしたら、由良は

俺に新しく彼女が出来たって知った直後は、いつもこんな感じだったのかも。

「嘘だよ。そんなの。」

「え?」

「付き合うって言ったの、嘘。

俺ね、津本とは最初から付き合う気ないの。

さくらちゃんと津本の兄貴が付き合ってるってこともあって、

俺は津本を恋愛対象と見てないし。

・・・だから、泣くな。」

俺が由良の頭に手を置いて、そう言うと、由良は改めて涙を拭った後、

「・・・由良、痛くて泣いてたんだよ。」と言った。

全く、いつまでそのバレバレの嘘をつくつもりなんだよ。

俺は、「ハイハイ。」と軽く聞き流して、

歩き出した。

もう手を掴まなくても、由良は俺の後ろをちょこちょことついてくる。

その顔には少しだけ、笑みが浮かんでいた。







  



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