今朝、俺がゆっくりとダイニングキッチンで食後のデザートのスイカを味わっていると、キッチンの方から母さんの悲鳴が聞こえてきた。
あまりに大きな声だったから、ビックリして思わず持ってたスプーンを落とした。
「キャーさくら!何やってるのー!!」
「だって!!」
キッチン、ダイニングに漂う焦げ臭いニオイ。
どうやらさくらちゃんが失敗をやらかしたらしい。
朝からずっと母さんとさくらちゃんはキッチンに篭って、昼食の為の料理をしていた。
本城に美味しい手料理を出したいからって。
俺的には、不味いの出してやれ、って感じなんだけど。
不味いモノを食ってるヤツの反応、見てやりたいじゃん。
「もう一度作り直さなきゃだめね。」
「うん・・・。」
「さくら、牛乳出して。」
「はい。・・・あれーママ。牛乳がないよ?」
「えー?ママはちゃーんと冷蔵庫に入れたんだけどな。」
急にそんな声を聞いて、ドキリとした。
なぜって、俺の目の前に牛乳パックがあるから。・・・中身が空の状態で。
さっき、myマグカップに全て注いで、飲ん・・じゃった。
さくらちゃんが俺の居るダイニングに来て、テーブルの上の牛乳パックに気付く。
「あ、あった。」
牛乳パックを手にし、持って行こうとしたとき、軽さで気付いたのか、牛乳が空だと知って悲鳴に近い声をあげた。
「ママー!!牛乳が無いよー!!葉が全部牛乳飲んじゃったー!!」
「えー!!牛乳ないとホワイトソース作れないわ!」
さくらちゃん、泣きそうな顔してる。
見ていられなくて、慌てて目を逸らして手元のスイカを見つづける。
一応、スプーンでシャリシャリ削ってるけど、もう食うトコなんてない。
無意味な行動してる。
「葉のバカ!!なんで牛乳飲んじゃうのー!?」
「そんなこと言われても・・・。」
失敗する方が悪いんじゃない、って言ってやりたいけど、こんなこと言ったら確実に泣き出すから言わないでおく。
「しょうがないわねぇ、葉、ちょっとコンビニまで走って行って買ってきて。」
母さんがそう言って、フリフリのエプロンの裾で手を拭きながら、ダイニングの方にきた。
「は?」
「暇そうにしてるの、葉だけなんだもの。」
ちょっと待て。リビングのソファーで寝転がってテレビ見てる父さんだって、充分暇そうにしてる。
「父さんだって暇そうにしてない?」
リビングの方に指を指して、聞いてみるけど、母さんは聞こえないフリをする。
いつだって、母さんは父さんに甘いんだから腹が立つ。
「はい、お金。お釣りあげるから、つべこべ言わないで買ってきて」
お釣りって、どーせ十円とか二十円とか、そんな世界なのに。
正直、貰っても嬉しくない。
「・・・やだよ。」
「そんなこと言わないで。牛乳が無かったらグラタン作れないのよ。ね、お願い。
さくら、本城君にグラタン作ってあげたいんだって。
葉だって飲むでしょ?牛乳。」
「・・・飲むけど。
でもさ、別にグラタンじゃなくていいんじゃない?暑いんだし。
っーか、なんでこんなにくそ暑い時期にグラタンなわけ?
ソーメンでも食わせればいーじゃん。」
俺がそう言うと、さくらちゃんはその場でバタバタと足を踏み、大きな声で、ダメー!!と言う。
「ダメなのー!!素麺なんてダメ!!ご馳走じゃない!!
本城君グラタン好きだって言ってたんだもん。食べさせてあげたいんだもん。」
あーあー、女の子らしい意見。でも、時と場合によると思うんだけど。
「好きだって言っても、今は食べたくないと思う。夏に食べたいって言ってた?」
「・・・言ってない・・・けど。」
「デショ?だったら・・・。」
「なんで・・・そういうこと・・・いうの?」
なーんか、すごいヤバイ雰囲気。
目に涙溜まってるし・・・。
すると、
「さくら、泣いちゃだめ。そんな顔見たら本城君、びっくりするよ?
葉も・・・余計なこと言わなくていいの。」
そう言って母さんがさくらちゃんを宥め始めた。
もう・・・なんなんだよー。
俺、間違った事言って無いじゃんかよ。
「ね、葉ちゃん、お願い。牛乳買ってきて?」
母さん・・・そんな甘えた声で言ったって・・・俺には通用・・・
通用しちゃうんだよな。
ため息を一つ吐いた後、「分かった。」と言って、金を受け取る。
あれ?100円多い・・・。
「100円多いよ。」
そう言って、百円玉を一つ返そうとしたら、母さんはニッコリ笑って「それでアイス買っていいよ」って。
よっし!って思ったけど、冷静になって考えてみたらウマク乗せられてる気もしなくもない。
けど、ま、いいかって思って、ポケットに金を入れて玄関に向かう。
「葉、お願いだから急いで。11時に本城君来ちゃうから・・・。」
そう言うさくらちゃんの声にはい、はいって適当に相槌を打ってドアを開けた。
コンビニまでは約800メートルってとこ。走ろうかな、って思ったけど、汗かきそうだしヤメた。
もう夏だ。朝だとはいえ、暑い。
暑いなー・・・。
蝉もミンミン、ミンミン鳴きやがって・・・尚更暑く感じさせる。
つーっと汗が肌を伝う。
はぁ・・・めんどくさ。
ぼーっと日陰、日陰を求めながら歩く。
そんなに距離は無いはずなのに、やけにコンビニが遠く感じた。
やっとこの角を曲がれば、大通りに出て、コンビニだ、って思ったそのとき、
後ろからわんわん、って犬の鳴き声と、「お願いだから待って!ペコ!」って泣き声に近い声が聞こえてきた。
振り向くと、リードを引きずりつつ、コッチに突進してくる犬一匹と、それを必死になって追いかけてる女の子一人が。
これは犬を捕まえといた方がいいかなって、直感で感じて、とりあえず犬を捕まえた。
犬は、俺の腕の中でくぅん、くぅんって鳴きながらくりくりした眼で俺を見てくる。
可愛いなーこいつ。
撫でると、目を細めて気持ち良さそうな顔をするから、ますます可愛いって感じる。
やっと、女の子が追いついて、荒い息を整えつつ、俺の方を見上げてきたとき、初めてそいつが自分の知ってるヤツだと気付いた。
「あ。」
「ゆ・・・友季くん!!」
そこに立っていたのは、津本菜々だった。
「ホラ、わんこ。」
そう言いながらそーっと、犬を俺の腕から津本の腕の中に移動させる。
また犬はくぅん、くぅんって言いながら、津本の腕の中からくりくり眼で俺を見てくる。
「可愛いなー。」
撫でながら津本にそう言うと、津本は苦笑して、「可愛いけど、私を困らせてばかりいるの」って。
「そうらしいね。」ってさっきの光景を思い出して俺は笑った。
「恥ずかしいな。変なトコ見られちゃった。でも、どうもありがとう。捕まえて貰えてよかった。」
津本はそう言いながらニッコリ微笑む。
「珍しいな、津本がこんなとこにいるなんて。家、この辺だった?」
「うん。」
「知らなかったな。俺ん家もこの辺。なんだ、近所だったのか。
これからさんぽ?」
「ううん。もうオワリにして家に入るところだったんだけど、ペコが大人しく家に入ってくれなくて・・・。結構走らされちゃった。
友季君は?」
「そこのコンビニに、牛乳買いにいくだけ。あ・・・。ちょっと待ってて、すぐ行ってくるから一緒に帰ろ。」
俺は津本の返事を聞かないまま、そう言ってコンビニに向かって走りだした。
コンビニで牛乳とアイス一つを買って急いで戻る。
ちょっと走っただけなのに、汗かいた。
津本は待っている間、しゃがんで犬に話しかけていたようだった。
俺が戻った時、「もうだめだよ、お願いだからイイ子にしててね。」って犬に話しかけてたから。
その姿を見て、思わず笑った。
こんなに優しく言ってたら、いつまでたっても言うことなんか聞きそうにない。
俺の笑っている姿に気付いたのか、津本は「見てたの?」って恥ずかしそうに訊ねてきた。
無意味に嘘ついて「見てないよ。」って言ったけど、「じゃあ、なんで笑ってるの?」って言われて、直ぐに嘘がバレた。
二つに分けれるアイスを買ってきたから、パキンって分けて、一つを津本に差し出す。
「一緒に食お。」
「え・・・いいよ。」
戸惑いがちにそう言う。なんで遠慮するんだろ?
あ、そうか。
「アイス嫌い?」
「そういうわけじゃないけど・・・。」
なんだ、アイス嫌いなわけじゃないんだ。
「じゃ、食おう。口開けて。」
「えぇっ!?」
「手渡しすんの、難しいから口開けて。早くっ。溶けるっ。」
焦ったようにそう言うと、津本は、慌てて小さな口を開ける。
そんな津本の口に遠慮なくアイスを入れ、ニッコリ微笑むと、津本の顔はみるみるうちに真っ赤になった。
「おいしーね。」
俺がそう言うと、津本は、照れながらコクリと首を縦に振った。
二人でアイスを食べながら歩き始める。
正確に言えば、二人と犬一匹だけど。
津本は、今度は犬のリードをしっかりと握っていた。
絶対放さないからね、っていう雰囲気が伝わってくるぐらい、しっかりと。
なんかそれ見て、可愛いって思った。
「それにしてもあっちぃ。俺、暑いの嫌いなんだよね。夏はヤダ。」
「じゃあ、冬が好き?」
「んー、冬は冬で寒いからなー・・・。結局のところ、どっちも好きじゃない、と。」
そういった後、笑うと、津本も一緒になって笑って、「私もそう。」って言った。
「もうすぐ夏休み・・・か。津本は夏休みの予定、何かあるの?」
「うーん・・・塾の夏期講習・・・かな?」
「夏期講習・・・か。受験だもんな。俺も行った方がいいとは思うけど、めんどくさそうだしな・・・。
津本は苦手な科目とかあるの?」
「あるよ。数学とか・・・苦手。」
へぇ、苦手なものあるんだ。意外。
俺のイメージでは、津本は不得意な科目なんてないと思ってたけど。
あー、数学といえば、確か宿題出されてたな・・・。
やば、やってないや。
「友季君?」
「え・・・あ?何?」
一瞬意識飛んでて、津本の話聞いてなかった。
「あの・・・ね、私の家、ココなの。」
津本はそう言って、一軒の家を指差す。新築っぽい家だ。
「ねぇ、津本は数学のプリント終わった?」
「ううん。・・・中々進まなくて。」
「今日何か予定ある?」
「・・?特に何もないけど。」
「じゃ、一緒にやらない?一人よりも、二人の方がいいと思わない?」
「え!?」
「なんでそんなに驚くの?俺と勉強するのヤダ?」
「そんなこと・・・!!」
「じゃあ、俺んちでやろ?後でウチに勉強道具持ってきて。えっと、ウチは、ここ真っ直ぐ行って・・・
って、説明するより迎えきたほうが早いか。えっとー、今何時かなー、取りあえず11時頃迎えにくるよ。
メシは食ってこなくていいから。じゃ、また後で。
オマエも・・・またな。」
一気にそう言って、犬を一撫でして、走り出す。
また津本の返事を聞かないまま来ちゃったけど、いいよな。予定はないらしいし。
あーあ、アイス終わっちゃったな。
アイス食べ終わったら今度は喉が乾いた。家帰って麦茶が飲みたい・・・
・・・あ。ヤバい。忘れてたけど、牛乳頼まれてたんだっけ。
この牛乳を急いで家に持って帰らないと。
お こ ら れ る!!
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