「あいつ、どっち狙いなのかな。藍莉?明菜?」

影志と蕗が昼休みに廊下に座りこんで話しているとき、

影志が廊下の向こうから来る一人の男に気付いて言った。

蕗が「は?」と声を出すと、影志は顎で“あいつ”の位置を示した。

・・・しかし、蕗は視力があまり良くないため、ぼんやりとしかその人物の姿が見えない。

「誰?」

「山村。」

「誰それ。」

「下の名前は知らない。藍莉と同じクラスのヤツ。

藍莉狙いなのかとも思ってたけど、

なんか最近、明菜狙いなのかなーとも思えてきた。」

少しの間を置いた後、蕗がくだらない、というように吐き捨てる。

「山村なんて誰だか知らないし。

そいつが、あのアキと親しくなろうとするなんて無理だからカンケー無いね。

やっぱり藍莉ちゃんじゃないの?藍莉チャン、モテるし。」

蕗は意地悪そうに笑って、言葉を続ける。

「アキから聞いたんだけど、

修学旅行の班を決めるの大変だったらしいよ?

一緒の班になりたがってるヤツが多くて。」

それを聞いて影志は、ふーん、と気に入らなそうにする。

「・・・で、決まったのはどんな奴等なの?」

「がり勉とその仲間たち。」

満足そうにそういう蕗に対して、影志は疑問を投げかける。

「・・・それ、喜んでいいのか?」

「たぶん。」

「・・・あ、蕗っ。アイツ、アイツ。」

影志が蕗に、山村の存在を教えようと、再び顎で山村を示したとき、

今度は蕗にも顔や姿が見え、その人物を認識できた。

蕗は相手が顔見知りの人物だと知り、今まであった余裕が少しだけ消え、妙な焦りを覚えた。

そしてその人物が目の前を通り過ぎる瞬間、足をスッと出してその人物の足を止めた。

あと数コンマ反応が遅かったら、その人物は派手に転んでいただろう。

蕗によって足を止められた人物・・・山村はムッとして蕗を見た。

「・・・な・・んだよ。」

口から思わず言葉が出た。

山村は蕗のことが大の苦手で・・・というか、嫌いで、本当はあまり関わりたくは無いのだが、つい腹が立って反応を返してしまった。

「・・・オマエ、山村って言うの?」

蕗が上からモノを言うような態度で山村に問う。

実際は蕗は座り込んでいるため、位置的には下から・・なのだが。

山村は蕗の言葉を聞き、カチンと来た。

何度か話したこともあるし、一緒に同じ実行委員にもなったことがあるというのに、名前を覚えてないのか、と。

苗字だけでも覚えていてもいいものを、それすら覚えないとは、眼中に無いと言うことなのか。

こいつは本当に性格が悪いと思う。

どうしてこんなヤツを湯口さんは好きなんだ?

言ってやりたいことは沢山あったが、ぐっと飲み込んで睨み、

「そうだよ!山村 誠!湯口サンに聞いて知ってるかと思ってたけど!」

彼氏のくせに彼女の友達のコト知らないの?という精一杯の皮肉を込めてそれだけを言った。

だか蕗は全然気にした様子でもなく、しれっとした態度で、「アキ、オマエの話なんてしないもん。」と返す。

・・・オマエなんて、アキとは何の関係もないだろ、アキはオマエなんて何とも思ってないよ、と言う意味を込めて。

どうやら山村がどう頑張っても、形勢は蕗の方がいいらしい。

山村は耐えられなくなって、蕗から離れることにした。

此処にいても、メリットは無いと判断したらしい。

蕗は去っていく山村の様子を後ろから冷めた目で見て、影志に言った。

「俺、アイツのこと知ってたわ。

もしかしたらアキ狙いかもね。実行委員の時もやけにアキのこと構ってたし。

前に、『アキのこと好きなの?』って聞いたこともあった。」

「・・・で?」

「違うって。」

「・・・ま、本当のことを蕗に言うわけがないよなー。

蕗、どうすんの?ライバル登場じゃん。」

影志はニヤリと蕗に笑ってそう聞いたが、蕗はふっと笑って言った。

「関係ないね。

・・・それに、藍莉チャン狙いの可能性だってあるし。」

蕗は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで教室に戻った。





Lovesick





「ハァ・・・。」

隣の席から聞こえてくるため息に、藍莉はまた気付く。

ふと横目で見ると、山村が頬杖をついて、机の一点をじっとみていた。

今日、彼は午後に入ってから、数えきれないくらいのため息を繰り返していた。

普段なら人と多く関わる事を避け、観察をしているだけの藍莉だったが、

なんとなく山村の様子が気になって、珍しく声をかけてみた。

「どうかした?」

すると彼は、驚き、藍莉の方を見た。

「な、なにが?」

「なんだか元気ないみたい。」

「・・・あ、うん・・・まぁ。」

「・・・悩んでいるなら、話を聞くけれど?」

藍莉がそう言うと、山村は更に驚いた。

「天草サンがそう言うのって、珍しくない?どうしたの?意外なんだけど。」

それに対し、藍莉は穏やかな笑みを浮かべながら、小さな声で返した。

「・・・気が変わった。そんなこと言うなら聞かない。」

「うそ!うそです。ごめんっ。」

放課後、教室じゃ話したくない、という山村の希望から、

グラウンドに続く階段の一番上の段に座り、練習をしている部活動を見ながら話をすることにした。

周りは視界がいいから、隠れて話を盗み聞きする輩もいないだろうし、

万が一遠くから話を聞こうと思っても、騒がしいグラウンドから聞こえる声で、二人の声はかき消され、聞かれることもないだろう。

藍莉は先に一人でその場所に向かい、ポケットから取り出した携帯電話を手に取り、メールを作成し始めた。

送り先は、佐渡影志。

家に居ないことを知らせておかないと、影志はずっと家の前で待ち続けるから。

『今日は遅くなる』

そう打って、思わずため息を吐く。

・・・変なメール文。まるで同棲してるみたい。

一気に消して、また作成し始める。

そして一言。

『家に居ないよ。』とだけ打って、送信する。

その後、数分も経たないうちに返事が帰ってきた。

『何で?』と。

『学校に暫らく居るから。』

そう打って送っている途中で、膝の上に紙パックのココアを落とされた。

藍莉が顔を上げると、そこに山村君が立っていた。

「あげる。」

「ありがと。」

ココアのパックが温かい。しばらく手を温めてから飲もう。

「彼氏にメール?」

「・・・まぁ。」

「いいね。羨ましい。」

山村はそう言って、はぁ・・・とため息を吐いた。

藍莉は携帯の電源を切ってバックの中にしまいながら、

「何が羨ましいの?」と返す。

そんな風に返されると思っていなかった山村は驚いたが、

「彼氏が居て。なんか、恋人が居るのって幸せそうで羨ましい。」と素直に答えた。

藍莉はうーん、と眉間にシワを寄せながら、

「別に彼氏が居るからって、幸せってわけじゃないと思うけど。

付き合うからこそ、嫌なことが起こることだってあるし。」

「じゃあなんで付き合ってるの?」

山村は真剣に訊ねた。

今度は藍莉が驚く番だった。

なんで・・・。

なんでって・・・そんなの普通聞かなくない?

「・・・ずっと片思いしてたの?」

「ううん。初めて会った日に付き合い始めた。」

「一目惚れ?」

「・・・違うよ。第一印象最悪だったし。

でも、いつの間にか好きになってた。」

遠くを見ながら優しく微笑む藍莉を見ていて、

山村は正直ドキっとしてしまった。

こんな顔もするんだ。

「・・・少し意外だったな。」

山村が思わずもらした言葉に、反応して、藍莉はまたいつもの顔に戻って、怪訝そうに訊ねる。

「何が?」

「ホントに恋愛してるんだなーって思って。」

「嘘言ってると思ってた?」

「・・・そう言うわけじゃないけど、湯口さんみたいな幸せオーラが今まで感じなかったから。」

それを聞いて藍莉は思わず笑う。

「確かに。」

自分は明菜のように、考えていることを顔に出すことはしない。

彼女の場合、無意識にしているのだと思うけれど。

「ま、恋愛なんて人それぞれでしょ。

それより・・・山村君悩みあるんでしょ?聞くよ?」

藍莉にそう言われ、山村は俯き、「うん・・・。」と返した。

そして、少しの沈黙の後、

「僕、好きな人が居るんだ。」

そう、小さく呟いた。山村の言葉はなおも続く。

「でも、好きな人には彼氏が居て・・・。

諦めなきゃって分かってるんだ。望みが無いって、見てるだけで嫌でも伝わってくるし。

・・・でも、どうしても駄目なんだ。まだ好きで・・・諦めきれない。」

俯いたままでそう呟く山村を見て、藍莉は思った。

好きな人って明菜じゃないの?・・やっぱり、山村君て明菜のことが好きなのか。

はっきりと明菜のことが好きだという発言は無いとはいえ、普段の彼を見ていれば、何となくそうなんじゃないかと思う。

だって異様に明菜の事を知りたがっている気がしたし。

でも、もし好きな相手が明菜だとしたら、本人も分かっている通り、彼の想いが通じる可能性は極めて低い。

しかも私はどっちかといえば蕗君サイドの人間で、二人がこのままうまくいけばいいと思っているから

(まぁ、心配しなくてもあの二人はうまくやっていくと思うけれど。)

山村君の応援をすることは出来ない。

でも・・・。

「・・・そっか。そうだったんだ。

じゃあ、まだ好きでいいんじゃないの?」

「え?」

藍莉のその言葉に驚き、山村は思わず藍莉の方を向く。

そんな風に言ってもらえるとは思っていなくて。

「無理に諦めなくてもいいんじゃない?

諦めようって思って、諦められるものじゃないでしょ?

好きじゃなくなるときは、自然にそうなるものだし・・・。

その時まで、待つしかないんじゃないかな。」

「うん・・・。」

山村は藍莉のその言葉で少し心が軽くなった気がした。

山村の顔に笑みが浮かんだ。

それを見て藍莉は少し焦った。

「あっ・・・だからって、その・・・好きな人に告白しろって言ってるわけじゃないからね?」

もしもこれで山村君が明菜に告白する・・・なんてことになったら・・・困るんだけど!

なんだか必死になっている藍莉の姿を見て、山村は笑った。

「分かってるよ。」

・・・大丈夫、告白なんてしない。

想いを伝えることは、多分一生ないよ。

困らせたくないから。

僕は見てるだけでいいんだ。

「ありがとう。話、聞いてもらえて良かった。」

山村がそう言い、藍莉に向かって微笑むと、

藍莉も山村の方を向いてニッコリと笑みを返した。

二人が見合って微笑んでいると、

突然、山村の頭に白いなにかが勢い良くぶつかった。

山村が反動でぐらついたが、藍莉がすかさず手を差し伸べたので、階段から落ちることは無かった。

藍莉が横目で階段の下に転がっていったものをみたら、それは軟式のテニスボールで。

顔をしかめている山村を見て、藍莉は、心配そうに

「大丈夫?」と訊ねた。

「・・・・ったいけど、平気。」

山村は余裕そうにそう言ったが、藍莉には痛そうに見えた。

「わりぃー。コントロール失敗したーっ。」

ボールが飛んできた方から、なんだか聞きなれた声が聞こえてきて、振り向くと、

そこには影志が居て。

悪い、とすまなそうな顔を作って、手を拝むようにしてるけれど、藍莉にはそれがどうしても信じられなかった。

・・・わざとだ。

藍莉はそう思って、大げさにため息をついた。

表向きは転がっていたボールを好意でグラウンドに投げてあげたように見えるが、

コントロールに失敗して、こんなに上手く山村君の頭に当たるなんて有り得ない。

故意に行われたとは知らず、山村は笑って影志に「いいって。」と返す。

そんな山村を見て、藍莉は哀れに思い、「ごめんね、」と呟いた。

「え?なんで天草サンが謝るの?」

「なんでもない。帰ろう。」

「うん。」


+++


山村と別れ、藍莉が自宅のあるマンションに戻り、オートロックに手を掛けて開けて入ると、

続けて後ろから人が入ってきた。

相手は顔を見なくたって、誰だか分かる。

影志だ。

エレベーターのボタンを押して、エレベーターが来るのを待っている間、

藍莉は影志に訊ねた。

「さっきの、絶対わざとでしょ。」

「何がー?」

「ボール当てたの。」

「えー?なんのこと?」

わざとらしくそんな風に言う影志に藍莉は大きなため息を吐く。

エレベーターが開き、影志が先に、藍莉が続いて乗り込んだ。

ボタンを押し、扉が閉まると、影志は壁に寄りかかって

少し間を置いた後、

「・・・だって俺が止めなかったらチューしそうだったし。」と、

先ほどの行為が故意であったと認めた。

藍莉は影志の発言に呆れて、「何バカなこと言ってんの?」と言う。

「でも、こんな感じだった。」

影志はそう言って、藍莉の顔10センチ前まで近づいた。

「・・・そんなに近づいてないけど。」

なんとなく、二人の目と目が合い、

影志が藍莉の後頭部に手を添えたことが合図となって、

藍莉は目を閉じ、お互いの唇を重ねた。

エレベーターが目的の階に着き、扉が開いたが、

二人は未だそこに居た。

そして、再び扉が閉まろうとしたとき、

影志は藍莉から離れ、閉じかかった扉を再び開けて、

藍莉の手を取って外に出た。

影志に手を引かれながら、藍莉は言う。

「影志って、結構ヤキモチ妬きだよね。」

「ウルサイ。前はこんなんじゃなかった。

お前と付き合ってからだ。こんなにイライラすんの。」

「へぇ。」

「ビョーキかも。カナリ重症の。」

ぽつりとそう呟く影志がおかしくて、藍莉は声を出して笑ってしまった。

「笑い事じゃねぇっ!」

「・・・そんな影志も好きだけど?」

藍莉はそう言って、影志の顔を覗き込んで笑顔を見せると、

影志は驚いたような顔を見せて、

“好き”という言葉に素直に喜んでいいのか、と悩ましげな顔をした。

「なんか複雑。」

藍莉は影志のそんな姿を見て、またおかしくて声を出して笑った。

何てこう素直な反応を返すんだろう。

ホント、影志って面白い。

「お前笑いすぎ。」

影志は藍莉と繋いでいた手を放し、藍莉の髪をくしゃっと撫でた。

藍莉は目を細めながら、影志の手から伝わる優しさを感じていた。



END






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