いつの間にか時は放課後になっていた。
SHRの間、藍莉はずっと俯き加減で考え込む。
どうしよう、二人に本当のことが言えないままもう放課後だよ。
もう今日言うのやめようかな・・・。
うん、そうだよ、やめよう。
明日言えばいいよ。
影志だって、二人に話してみろっていっただけで、今日言えとは言ってない。
明日だって、いいはず。
そう、明日にしよう、明日がいいかも。
でも・・・明日になったら本当に言える?
・・・。
・・・明日だからって言えるとは限らない。
あぁ・・・どうしよう。どうしたらいい?
影志なら、影志ならどうするかな?
・・・って聞く必要もないわ。
ヤツなら思いついた時点で行動するだろうし。
というか、それ以前に、影志は自分を偽るなんてこと、絶対にしない。
藍莉は、自分が情けなくなり、はぁー・・・と大きなため息を吐いた。
そっと左手の手首をなぞってみる。
今日、何度目かの行為。
手首をなぞったからと言って、何かが起こるわけではないのだが、その行為は落ち着きをもたらす。
そうしているうちに、いつの間にか、SHRは終わっていた。
山科、湯口の席を見ると、二人はまだ席に座ったまま帰り支度をしていた。
藍莉は、二人が教室に残っていることを確認した後、すぅ・・・と深い深呼吸をして、立ち上がった。
(うじうじ悩むなんてあたしらしくない。さっさと言ってすっきりさせようじゃない!!)
まず、山科の席の前に立ち、一言言った。
「少し時間いいかな?話したいことがあって・・・。」
「どうしたの?うん、いいよ。」
山科は、いつもの藍莉とは違う雰囲気に驚きつつも、頷いた。
山科の反応を見て、湯口にも声を掛ける。
「少し時間いいかな?話したいことがあるの。」
「いいけれど・・・。」
湯口も、山科と同じく、いつもの藍莉と違う雰囲気に驚きつつ、頷く。
「じゃあ、二人とも、付いてきて。」
藍莉はそう言うと、教室を出て行った。
二人も慌てて後を追う。
+++
藍莉が二人を連れてきたのは、屋上へと向かう階段の前だった。
藍莉は周りに人が居ないことを確かめると、さっと立ち入り禁止の札をくぐりぬけ、階段を駆け上がっていく。
「えっ・・・えっ?」
階段の下で山科と湯口が顔を見合わせて戸惑っていたが、藍莉は構わず、しーっと右手の人差し指を口元にあて、左手で二人を手招きした。
二人はもうどうにでもなれ、とばかりに藍莉と同じように階段を駆け上がった。
階段を駆け上がって開かれた屋上の扉の奥を見て、二人は思わず小さな歓声をあげる。
二人の目に映ったのは、見事な夕焼け。
最後に、こんな夕焼けを見たのはいつのことだっただろうか。
忙しすぎて、空なんて見る余裕もなくて、ずっと忘れていた。
「・・・綺麗。」
「ここ、あたしのお気に入りの場所。ホントは立ち入り禁止だし、いけないんだけど。」
藍莉はそう言うと、二人に苦笑してみせた。
そして、ギュッと左手の手首を右手で握り締め、大きく深呼吸した後、言葉を続ける。
大丈夫、大丈夫と心の中で自分に言い聞かせて。
「あたし、今まで本当の自分を隠して、生活してたの。
真面目なフリしてたんだ・・・。
嫌われたくなくて・・・二人にホントの自分を曝け出せなかった。
・・今まで・・ごめんなさい。」
藍莉はそう言った後、深々と頭を下げた。
そして、そのまましばらく顔を上げられずにいた。
二人の反応が怖くて、怖くて仕方が無かったから。
少しの沈黙の後、山科がポツリと呟く。
「やっぱりそうだったんだ・・・。」
「え?」
(今、やっぱりって・・・?)
藍莉は慌てて顔を上げ、山科を見る。
山科は、藍莉の驚いている様子を見て、にこりと微笑んだ。
「なんとなくだよ?なんとなく。」
山科は手を口元に当て、うん、うんと納得したように頷いた。
「湯口さんはっ?気付いてた?」
湯口は、急に振られて驚いた様子だったが、コクンと軽く頷いた。
「本当に、なんとなく・・・だけど、行動がイメージと違うことをするときがあったから・・・。」
(うそー!!)
藍莉はぺたんとその場に座り込んだ。
「天草・・・さん?」
二人は心配して藍莉を見るが、藍莉が俯いたので、その姿は藍莉の目には映らない。
藍莉は驚くと共に、思わず笑いがこみ上げてきた。
「・・・バカだーあたし。」
(ばれてたなんて、考えもしないで・・・。)
自分が滑稽に思えてくる。
きっと二人も笑っているんだろうなと思いながら、顔を上げると、そこには笑っている様子は全くなく、反対に心配顔の二人の姿が見えた。
どうして?
どうして?
クエスチョンマークが頭に浮かび、ついぼーっとしてしまう。
「制服汚れちゃうよ?」
そう言いながら二人が手を差し出してきた。
立て、ということ。
藍莉は二人の手を借りて、立ち上がると、スカートについた汚れを軽く叩いて落とした。
(なんで二人は、今までと変わらずあたしに接してくれるの・・・?)
藍莉は不思議でしょうがなかった。
だから尋ねた。単刀直入に。
「どうしてあたしが本性隠してるって分かっていたのに、今までと変わらず接してくれてたの?」
藍莉の質問を受け、山科は、キョトンとして答える。
「だって、天草さんは天草さんじゃない。」
「え?」
「私に・・・湯口さんにもだけど、優しく接してくれたのは偽りじゃないって思ってるし・・・。」
「皆が気に欠けないことにだって、気を配れるし、人が見てないところで色々やってくれているの、私達知ってたよ。ね?」
「うん。」
藍莉はそれを聞いて、嬉しくて、思わず涙が出そうになった。
「本当のこと、言ってくれて、嬉しかった。なんか、天草さんに一歩近づけたって感じかな?」
「これからもよろしくね、天草さん。」
二人はニコニコと藍莉に微笑みかけた。
それが嬉しくて、藍莉の頬に涙が伝った。
藍莉は二人にそれを気付かれないように、ごしごしと目を擦る。
そして、二人に精一杯微笑みながら、よろしくね、と言った。
続けて、藍莉は思い出したように言う。
「これから・・・天草さん・・・じゃなくて、名前で・・・藍莉って呼んで?
実は、さん付けで呼ばれるの、あんまり好きじゃなくて・・・。」
「うん!じゃあ私も、名前で呼んで!桃香って。」
「私も・・・明菜って・・・。」
山科がニコニコ微笑みながらそう言っているというのに、湯口は顔を赤くしながら、照れたようにそう言う。
彼女は、今まで、友人に名前で呼ばれるということが、全くと言っていいほど無かったのだ。
心のどこかで、いつも名前で呼ばれることを望んでいたというのに。
「あ、あたし、そろそろ帰らなきゃ。」
山科が自分の腕時計を見て、そう言う。
そして、湯口もそれに続く。
「あ、私も。塾に行かなくちゃ。」
(そうか、二人とも塾に通ってるんだ・・・。)
「また明日ね。」
藍莉が、満面の笑みでそういうと、それに応え、二人ともニッコリと微笑んで「バイバイ、藍莉!」と言い、屋上から去っていった。
「また明日・・・か。」
そう声に出して言ってみて、嬉しくなった。
二人が屋上から去ったというのに、屋上には、まだ人の気配が残っていた。
藍莉はふと不思議に思い、キョロキョロと周りを見渡す。
(気のせい?うぅん、なんか変な感じする。)
屋上には隠れる場所なんてない。
・・・見えにくいところはあっても。
(見えにくいところ・・・。)
そう思い、自分のお気に入りの場所である、貯水タンクの近くを見ると、そこに小さな影があるのが見えた。
隠れてるつもり・・・なのだろうか。
きっとそこにいるのは、自分の良く知っている人物だろうと思い、藍莉は呆れたように言い放った。
「影志。そんなトコに隠れてないで出てきて。」
「・・・あれ?ばれてた?」
まるで悪戯が見つかった小さな子供みたいな顔をして、影志が貯水タンクの陰からひよっこり顔を出した。
そしてゆっくりと藍莉の側に歩み寄る。
「ずっと見てたの?」
「見てはいない。聞いてたけど。」
影志は人差し指で自分の耳をちょん、ちょんと触る。
「同じことじゃない。別にいいけど・・・。」
「まぁ・・・色々と・・良かったな。」
影志はそう言いながら、ぽん、ぽんと藍莉の頭を優しく叩いた。
まるで子供をあやすように。
影志の何気ない、その行為で、藍莉はまた涙が出そうになる。
(なんでかな・・・。影志と居ると癒される気がする・・・。)
急に俯いた藍莉を見て、影志は急に不安になった。
「泣いてんのか?泣くなよー。」
女の涙に弱いんだと、影志は困ったように藍莉の顔を覗き込む。
すると藍莉は、影志の額をぺしっと叩き、「泣いてないよ」と一言。
そして、小さく影志に礼を言った。
「・・・ありがと。」
「ん?なんのアリガト?」
影志にはワケが分からず、首を傾げる。
「いいから・・・ありがと。」
「なんだよ?変なヤツ。」
影志は、んーと言いながら大きく伸びをする。
そして、肩を揉んだり、首をグルリと回す。
「コンクリートの上で寝ると、体が痛くなるな。オマエよくこんなとこで寝てたよなー。」
「んーでも、もう此処には来ないし、そんな思いもしなくなるわ。」
藍莉の突然の言葉に影志は驚く。
「は?今。もう此処には来ないって言った?」
何でそんなに驚くの?と不思議に思いながら、藍莉は答える。
「うん、言った。もう此処には来ないよ。」
「え?いいのか?お前、唯一のオアシスとか言ってたじゃん。」
「・・・あたしのオアシスは2つも要らないデショ。」
「ん?二つ?」
ワケが分からないというように、影志は不思議そうな顔をして藍莉を覗き込む。
すると藍莉は俯き、小さな声で呟いた。
「・・影志の隣だけで充分。」
「えっ?」
影志は、聞き間違いじゃないかと、耳を疑う。
「今、なんて言った?」
「・・・別に何も言ってない。」
藍莉は恥ずかしくて、誤魔化したくて、そう言う。
(こいつ・・・。素直じゃねぇ!)
影志が、ため息を吐こうとしたとき、藍莉の耳がほんのり赤くなってることに気付き、なんだか笑えてきてしまった。
(照れちゃって・・・可愛いじゃん。)
「・・・帰ろ。」
藍莉はそう言いながら、さりげなく影志の手を取り、指を絡めるように手を握ってきた。
(お、積極的。)
影志は嬉しくて、顔を緩ませながら優しくそっと握り返した。
「あー、腹減った。藍莉、なんか作ってー。」
「・・・いいけど、冷蔵庫の中身空っぽに近い。」
「じゃ、買い物して帰ろ。俺、筑前煮食いたいからよろしく。」
「・・・この前、食べたじゃん。」
「・・・また食いたいんだよ。」
そう、会話をしながら、二人は歩き始めた。
そして、パタンと音をたて屋上のドアが閉じられた。
屋上で出会った二人に、これからどんな未来が待っているかは・・・また次のお話で。
END
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