藍莉が教室に入ると、いつも一緒に昼食をとっている山科、湯口が近づいてきて、声を掛けてきた。

「身体大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。昨日から調子が良くなくて・・・でも、もう平気。元気になったわ。」

「良かった。お昼ごはん食べるの待っていたの。一緒に食べよう?」

藍莉はにっこりと微笑みながら頷いた。

「天草さんの今日のお昼はなあに?」

山科がいつものように微笑みながら藍莉に聞いた。

山科・・・本名、山科桃香は一言で言えば優しい女の子。

藍莉に初めて声を掛けてきてくれた女の子でもあった。

山科が微笑むと、藍莉もつられて自然に笑みが漏れてしまう。

「今日はパンにしてみたの。久しぶりにパンが食べたくなって・・・。」

「美味しそう。」

「私も今日はパン。でも天草さんと違ってただ、買ってきただけ。」

湯口はそういうと、苦笑してパンを口に頬張った。

湯口・・・本名湯口明菜は真面目で、気が強い女の子だ。しかし、気が強いと見せかけて実は弱い部分もある。

影で泣いているタイプだろうと藍莉は思っている。

何故なら前に、目を真っ赤にした彼女を放課後に見かけたことがあったからだ。

泣いた理由は分からなかったが、翌日も休んだところをみると、かなり深い事情があったのではないかと思っていた。

「ねぇ、湯口さん、これ食べて?」

藍莉はニッコリと微笑みながらホットサンドを一つ差し出した。

「え?そんな・・・いい。悪い。」

湯口は手をブンブンと振り断った。

「不味くないと思うんだけど。。」

「不味いとかそういうんじゃなくて!」

「なくて?」

「天草さんの分がなくなっちゃう。」

「気にしなくていいのに。」

「充分気にしますっ!」

藍莉は、くすっと笑い、湯口の口にタイミングよくパンを入れた。

「ごちそうさまでした。」

「もうオワリにするの?」

山科がキョトンとした顔で藍莉を見た。

「食欲が無くて・・・。それに、これからちょっとしなくちゃいけないこともあるから・・・。」

「手伝おうか?」

「大丈夫よ。ゆっくり食べてて。」

「分かった。」

「・・・パン・・あり・・がとう。」

湯口は美味しそうにパンを頬張り、コクンと飲み込んだ後、そう言った。

「どういたしまして。」

藍莉はくすっと笑って教室を出た。





藍莉にとって、山科、湯口は大切な友達であり、絶対に本性をバラしたくない相手でもある。

バレたら、嫌われる。

友達が終わる。

それがとても怖い。

今まではずっと一人だったから、もしバレたらバレたでどうにでもなれ、と思っていた。

でも・・・山科と湯口と一緒に居るようになり、それが心地良くなり、この関係を壊したくないと思うようになった。

あと数ヶ月でクラス替え。

二人とクラスが別れることになるかもしれない。

そしたらまた一人の生活に戻るだろう。

それでもいい。それでもいいから、それまでは・・・あと少しだけは二人に本性がバレませんように。

一緒にご飯を食べて・・・。笑って・・・。

そういう普通のことをしたい。



+++



「・・・だからいつも山科・湯口と一緒に昼飯を食うって決めてるのか。」

「そういうこと。」

藍莉は、影志に山科と湯口と一緒に昼食を食べる理由を話した。

そして、山科と湯口が藍莉にとって、今大切な友達だということも。

「一緒に食べないと色々あるって言ってたけど、オマエがそうしたいってワケか。」

「う・・・ん。

・・・ってちょっと、アンタいつまでココにいるわけ?」

影志は、聞こえていないフリをし、ソファに寝転んだ。

藍莉はため息を一つ吐くと、頬に手を当て、どうやって影志を帰すか、考え始めた。

影志は今日もまた藍莉の家に来ていたのだった。





藍莉が学校から帰ると、マンションのオートロックの所に影志が座り込んでいた。

藍莉が思いきり怪訝そうな顔をし、今来た道を戻ろうとクルリと方向転換したところで、影志が藍莉の腕をガシっと掴んだ。

「待てよ。藍莉が来るの待ってた。」

「・・・待たなくていい。」

「話がしたかったんだよ。」

「何の話?」

「色々。」

「すぐ終わる?」

「さあ?」

「ってか、何でそんなに不機嫌なワケ?」

「・・・別に。」

影志は口ではそう言いつつも、明らかに不機嫌だった。

「ナニに対して怒ってるわけ?」

「怒ってねえよ。」

「怒ってる。」

「・・・オマエさ、なんで俺に言わないわけ?」

「は?何を?」

「さっき屋上で俺に言えばいいじゃねーか。」

「だから何を?」

「クラスの女タチに色々言われたってこと。」

「あー。それね。」

「何で言わないんだよ。」

「・・・別に影志に言って解決する問題でもないだろうし、思い出すのも、それを口に出して言うのも嫌だったから。」

「・・・そうかもしんねぇけど・・。でもオマエ、それを気にしてただろ?」

「(エ?バレた?)・・・そんなこと気にして・・・ないけ・・ど。」

藍莉が言い終わらない内に、影志は藍莉を抱きしめていた。

「ウソだろ。だったら何で屋上で急に真面目な顔して『・・・あたしと一緒に居て楽しい?』なんて言うんだよ?」

「・・・えーっと。」

「俺、隠し事とかされんの好きじゃねぇんだ。覚えといて。」

「・・・覚えとく。」

「なあ・・・俺、寒いんですけど。」

「・・・帰ったら?」

「喉渇いた。」

「・・・だから帰れば?」

「家、入れろ。」

「は?(命令?)」

「昨日は入れてくれただろ。」

「あれは非常事態だったから。」

「今も結構非常事態だと思うけど。」

「だってアンタ一度入れると帰らないんだもん。」

「帰る、帰る。」

「(ウソだな。)」

「信じてねぇだろ?」

「当然。」

「今日は帰るって。」

「じゃー離して。」

「何で?」

「このままで鍵を開けれると思ってんの?」

「あ、そうか。」

影志はやっと藍莉を自分の腕から開放した。

そして、二人で部屋に向かったのだった。





「もういいでしょ。何で影志と昼食を食べないのか理由もはっきり言ったし・・・。」

「なぁ、俺、思ったんだけど。」

「何?」

「山科と湯口に本性バラしてもいいんじゃねぇ?」

「ハイ?あんた、さっき私が話したこと聞いてなかった?

あの二人には本性をバラしたくないの。

バレたら、嫌われる。

友達が終わる。

それは嫌なの。」

「でもさ、それってホントの友達じゃねぇ気がする。上辺だけの友達ってどうかと思うし。」

「・・・。」

ズキって来た。

当たってるかも。

影志の言ってることは最もだ。

何上辺だけの友達関係に喜んでるわけ?

なんか・・・恥ずかしい。

藍莉はそう思い、黙り込んでしまった。



何も言わなくなった藍莉を心配して、影志は藍莉の顔を覗き込んだ。

すると、丁度その時、藍莉の目からぽたっと涙が落ちた。

「!」

藍莉が泣いてる。

やべえ、俺、泣かせた!!

影志は焦って、とっさに謝った。

「悪い。泣かせるつもりは無かった。」

「・・・当たってる。悔しいけど、影志の言うとおり。

ホントの友達じゃないよね。

上辺だけの友達って良くないよね・・・。」

「藍莉・・・。」

「でも、怖いよ、怖い。

ホントの自分を曝け出して嫌われるのが怖い。」

「・・・俺が思うに、本性をバラしたところで、山科と湯口が藍莉を嫌いになることは無いと思うんだけど。」

「そんなのワカラナイじゃない。」

「うん、わかんないな。でも、嫌われるとも限らないだろ?」

「・・・うん。」

「二人に話してみろって。

もし、二人が藍莉のことを解ってくれたら、3人の関係はもっといいものになると思う。

反対に、もし、それで二人が藍莉のことを嫌いになれば、所詮そんなモンだったんだって思え。」

「影志・・・。」

藍莉は、影志の言葉が嬉しくて、思わず影志に抱きついた。

嬉しくて、嬉しくて、涙がさっきよりも余計に出た。

「大丈夫だって。藍莉の本性を知って、好きになったヤツも居るんだし。」

「エ?」

「俺が良い例だろ?」

「ふふっ。」

「なんだよ、泣きながら笑うなんて、変なヤツ。」

「アリガト。」

藍莉は小さな声で影志の耳元でそう囁いた。











  



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