「アンタ誰?」
「アンタこそ誰?」
「・・・。」
「先に名乗れよ。」
「アンタがね。」
「・・・。」
a roof garden
ここは学校の屋上。
屋上には男と女の二人だけ。
女は、屋上の貯水タンクの近くに寝転び、男はドアの所に突っ立っていた。
只今の時刻、12時30分。
「見かけない顔だな、アンタ。」
「・・・だからナニ?あのさ、用が無いならさっさと出てってくんない?
ここ、あたしの場所なの。わかる?」
「は?」
「学習能力ないの?一回言われて理解出来ないなんてどうしようもない馬鹿ね。」
「(・・・な・・んなんだ、この女!綺麗だけど、めちゃくちゃ性格悪ィ。)」
そう、そこに寝転んでいる女は、綺麗だった。
長身で、髪が長くて・・・。
「・・・黙っているのは、図星だから?もういいよ。さっさと出て行って。
あたしの唯一のオアシスをアンタが邪魔する権利なんて無いの。」
「・・・唯一のオアシスって・・・。は?」
「その“は?”ってやつ止めてくれない?かなりイラつく。」
「・・・何で俺が出てかなきゃ行けないんだよ。
屋上がアンタだけの場所だなんて決まってない。
しかも、屋上は立ち入り禁止だろ?」
「あら、入り口に書いてあった看板の漢字、読めたの?」
「・・・馬鹿にすんじゃねぇ。」
「ま、とにかくすぐに出て行って。あたしは今、無性に眠いの。邪魔しないで。」
「うっせえ、俺が寝るんだ。オマエが出てけ。」
「・・・しょうがないわね。今回は特別に譲ってあげるわ。
ただし、二度目は無いわよ。」
女はそう言うと、立ち上がり、入り口で腕を組んで、突っ立っている男の横を通り、屋上から出て行った。
女からは、やけに大人っぽい香水の香りがした。
「誰なんだ?アイツ・・・。とにかくムカつく。」
+++
「(一体、あのムカつく女、誰ナンだよ。あんな女、この学校に居たかな。)」
2−Bの教室の自席で、先ほど屋上に居た佐渡影志は考え事をしていた。
「くそ。結局、あの女が気になって眠れなかった。」
影志は、心の中で呟いたつもりだったのだが、気がつけば、声に出して言っていた。
そこに、影志と昔から仲の良い友達である剣持 蕗がやってきた。
「何ぶつぶつ言ってんだよ?影志。」
「あ゛ぁ?」
「睨むなよ。何?また女と別れたのか?」
「ウルセェ。ほっとけ。」
「オマエも続かねぇ男だな。」
「蕗には言われたくねぇ。」
そこに、また一人、影志と仲の良い友達である遠藤 舞がやってきた。
「えーし、えーしってば!また女と別れたって?あはは。」
「人の不幸をずいぶん楽しそうに話してくれるじゃねぇか。え?」
「楽しんでいませんよっ。まったく、あんた達二人は女を見る目がないわね。」
「あのな、来るもの拒まずの精神なんだよ。俺は。」
影志の言ったセリフに、蕗も頷いた。
「うん、うん。来るもの拒まずだな。」
「なーにが来るもの拒まずよ。バカ。」
「うるせえ。ちょっと便所いってくる。」
影志はそういうと、立ち上がり、教室から出て行った。
「(あーかったりぃな・・・。6限サボるかな。)」
影志が考え事をして、廊下を歩いていると、人とぶつかってしまった。
その瞬間、相手が転びそうになったので、影志はとっさにその人の腕を掴んだ。
すると、不思議な事に、その人から先ほど屋上で遇った女と同じ香水の香りがした。
「(まさか?)」
影志はそう思い、その女の顔を見た。
その女は、ノンフレームの眼鏡、三つ編みをしていて、いかにも真面目と呼ばれるタイプの女だった。
「(・・・・・・違うか。)
大丈夫か?ワリィ。」
「大丈夫です。どうも。」
類は友を呼ぶ、というもので、その女と一緒に歩いていた2人の女も眼鏡をかけていて、真面目、といった感じだった。
「大丈夫?天草さん。」
「えぇ、平気よ。」
「しっかり前を向いて歩きなさいよね。」
一人の女が影志に向かって注意してきた。
すると、影志とぶつかった“天草さん”と呼ばれた女は、笑って言った。
「私も、余所見をしていたから、文句は言えないわ。」
「・・・ち、ちょっと、いいかげん、天草さんの手を放したら?」
影志は、そう言われて初めて、まだ“天草さん”の腕を掴んでいたことに気づいた。
「ワリィ。」
影志はそう言って、すぐさま掴んでいた手を放した。
「構わないわ。それより、ありがとう。お陰で転ばずに済んだわ。」
“天草さん”はニコっと微笑んでお礼を言った。
「天草さん、行きましょ?」
「早く行かないと、ね。」
“天草さん”の2人の友達は、早く次の教室に行きたいらしく、“天草さん”を急かした。
もうすでに少し先に歩いて行っている。
「すぐ行くわ。」
“天草さん”は、2人にそう言いながら、影志を見た。
「(何?)」
「3つ数えたら、倒れるわ。そしたらアンタが保健室に連れてって。」
「え?」
影志が返事をしないうちに、その女は、友達の居る方向に歩いて行った。
3・2・1
ドサッ。
女が倒れた。
「天草さんっ!!どうしたの?」
「大丈夫??」
「(オイオイ・・・。まさか・・・。マジかよ。)」
「だ、だれか・・・。」
「お、俺が連れてく。」
影志はそう言いつつ、“天草さん”を抱き上げた。
「きゃあ。」
ギャラリーが、影志のその姿を見て、声を上げた。
“天草さん”の友達が心配そうに影志を見上げる。
「保健室に連れて行っとくから、次の担当のセンセーに伝えろ。」
「・・・ハイ。
保健室に着くと、保健の先生出中らしい上、生徒っと“天草さん”を寝かせた。
すると、タイミングよく、“天草”は目を開けた。
「全く、アンタってば、どこ、強く掴みすぎなのよ。痣になったらどうしてくれるの?」
“天草さん”は制服の袖をまくり、影志に掴まれた部分の肌を確かめた。
「あー痛かった・・・。」
「オマエ・・・。」
「・・・ったく、ボケーっと歩いてんじゃないわよ。」
「(この女、何モンだ?さっきの、あの品の良さはドコにいったんだよ?)」
「・・・オマエ誰だって聞きたいんでしょ?お望みどおり教えてあげるわ。
私の名前は天草藍莉。」
「アイリ?」
「そう、藍莉よ。アンタは?」
「佐渡影志。」
「エイシね。ったく、あんたのせいで午後は最高に気分悪いんだけど。」
「・・・言ってくれるじゃねぇか。俺が何したっていうんだ?」
「一つ、屋上で私の邪魔をした。二つ、私のオアシスを奪った。三つ、廊下でぶつかってきた。四つ、馬鹿力で私の腕を掴んだ。」
「・・・あのな。」
「あら?アタシ、間違った事言ってないわよ。」
「・・・悪かったよ。ぶつかって腕を強く掴んだのは謝る。でも、屋上でのことは、俺は悪いと思ってない。」
「ふーん・・・。あっそ。ま、もう、どうでも良くなった。
あたしは、寝れる場所があれば、それでいい。
丁度、保健室の先生も居ないようだし、たっぷり寝させてもらうとするわ。」
藍莉は、眼鏡を外し、サイドテーブルの上に置いた。
「・・・俺も寝よ。」
影志はそういうなり、ベッドに倒れこんだ。
「ち、ちょっと。またアタシの邪魔をするつもり?勘弁してよ。早く授業行きなさいって。」
「俺がドコで寝ようと、勝手だろ?ほっとけ。」
「アンタねぇ!」
「・・・保健室って、あんまいい匂いしねぇな。」
「・・・だったら出てけ。」
影志は、藍莉の言葉をさらりと聞き流し、白い枕に手を突っ込み、寝心地のいい体勢を整えながら、藍莉に構わず話し始めた。
「なぁ、おまえさ、どうしてあんなにガラリと変わるわけ?
ホントのオマエって、こっちのオマエだろ?」
「あ゛ぁ?そうよ、だったらナンだって言うの?」
「別に。興味持っただけ。」
「・・・興味持たなくてヨシ。もういい。寝てもいいから、早く寝ろ。」
「・・・そんなこと言うから余計、気になんだろ?」
「すぅすぅ・・・。」
「わざとらしい寝息。もっとさ、寝てるフリするなら、ちゃんとした寝息を立てろ。ってオイ、オマエ、聞いてんの・・・?」
影志が藍莉の方を見ると、藍莉はホントに寝ていた。
「寝るの早っ!!」
影志は、小さくため息をついて、寝ている藍莉の頬をつついた。
「お前って、黙ってれば可愛いんだけどな・・・。」
「ん・・・。」
「ん?起きるか?」
影志が頬をつつくのを止めると、藍莉はまた、すぅすぅと寝息を立てた。
「・・・おもしれぇ・・・。」
影志は、くくくっ、と小さく笑い、しばらく、藍莉の寝顔を見ていた。
「寝顔、可愛い・・・。
(それにしても、こいつ、なんであんなにガラリと変わるんだ?
気の強い女かと思ったら、すげえおしとやかに振舞うし・・・。)」
ま、いいか、そう小さく言うと、影志も眠りに落ちていった。
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