今週はバレンタインデーがある。

俺の彼女は料理が上手い。だから、バレンタインには、ドコを探しても無いようなすごいチョコをくれるんだろうって楽しみにしていて、

さりげなく、どんなチョコをくれるのかと聞いてみたら、「え?チョコ欲しいの?」なんて言ってきやがった。

なんなんだよ、その反応は!くれる気ゼロだったっことかよ!

彼女だったらくれるのが普通じゃないのか?

愛されてる気がしない・・・。

これ以上話をしても俺自身がヘコむだけじゃないかと思い、

もういい、と言って、強引に話を終わらせたけど、

ホントはやっぱり納得がいかない。


+++


なんでチョコ如きにイラつくわけ?

大体、アンタ甘いもの好きじゃないでしょ?

前に言ってたじゃない、甘いのはあんまり好きじゃないって。

しかも、バレンタインって、愛を告白する日じゃないの?

アタシたちもうすでに付き合ってるのに、なんでチョコ欲しがるのよ・・・。

イライラを沈める為、「わかった、あげる。」って言ったら言ったで、「イラねぇ!!」とか喚くし。

じゃあ、どうすればいいのよ!!

欲しいの?いらないの?

本人に聞いたって、チョコの話題は逃げるし、もう私はどうしたらいいのかと、悩んでばかり。

今も教室で、休み時間の間中チョコレートのことばかり考えてた。

それはバレンタインの所為でクラスの殆どが、チョコレートの話題を中心とした会話をしている影響もあると思う。

聞きたくなくても耳に入ってくるから、私もチョコレートのことを考えさせざるを得なくなってくる。

あーあ、あげるとしたら、どんなチョコをあげたらいいんだろう。

甘いものが好きなら、トリュフとか、フォンダンショコラとか、自信を持って、チョコレートのお菓子を作って渡すんだけど、

相手は甘いのがあんまり好きじゃないからなぁ・・・。

「ねぇ・・・藍莉。」

友達の明菜が申し訳なさそうに、私に声を掛けてきた。

「なぁに?」

「相談が・・・あるんだけど。いいかな?」

頷くと、明菜は恥ずかしそうに耳元で、

「簡単に作れるチョコレートのお菓子教えてくれない?」と。


彼女には最近出来た彼が居る。

それは影志の親友である剣持蕗君。

最初は何の接点のないはずの二人がどうしてって思ったけど、

実はこの二人、家が隣同士で幼馴染だったみたい。

そして、本当はお互いずっと昔から相手のことが好きだったのに、

ケンカをして長い間絶交状態だったらしい。

でも仲直りして、付き合うことができて、明菜は本当に嬉しそう。

なんとなく昔よりも、柔らかい印象になったような気がするし。

多分、今までは蕗君のことがあって、気を張りすぎてたんだと思う。

蕗君と明菜が付き合いだしたことで、影志と話し合って、

私たちが付き合ってることを、明菜にも言おうってことになった。

明菜はあんまり影志が好きじゃないらしく、(いつも蕗君と仲良くしているからなんていう可愛い理由で。)

付き合ったことを教えたら、反応が凄く面白かった。


「蕗君は甘いものは好き?」

「うん。」

いいなぁ。甘いものが好きなら、何を作って贈ろうかなんて、幸せな悩み。

私だって、どうせ悩むなら、そっちの悩みの方がいい。

羨ましいなぁと思いつつ、相談に乗って、いくつかのチョコレートのお菓子を提案した。

学校帰り。夕食の買い物をし行くと、どこもバレンタイン一色。

いつも私には関係ないからということで、気にしてなかったけど、すごい盛り上がりようだ。

しかも既製のチョコレートって、綺麗にラッピングされていて、見た目にもすごく美味しそう。

こういうの貰ったら喜ぶだろうなぁ。

あーあ、私もあげる側じゃなくて、もらう側になりたい。

アイツ、他の女の子からいっぱい貰うんだろうな。

好きです、とか言われて大量のチョコレートを貰う姿が容易に想像できる。

いつもそのチョコレートはどうしてたんだろう。

甘いもの好きじゃないのにどう処理してたんだろう。

捨てちゃうのかな?

・・・捨てるんだったら一つぐらいわけて欲しい。


+++


そしてバレンタイン当日。学校内では告白ラッシュ。

影志のモテっぷりは遠く離れた藍莉のクラスまで伝わってきていた。

藍莉の耳にも影志の噂は聞こえてはくるけど、藍莉は聞こえないフリをする。

自分には関係ない話と、ポーカーフェイスで居続け、

昼休みもいつものように友人と昼食を食べつつ過ごしていた。

しかしその間も、教室ではコソコソと

佐渡君に告白してる人見ちゃったとか、

今朝、他の学校の子から告白されてるところを見たとか、

今日はいつもとは違う大きいバック持っていて、その中身はチョコレートでいっぱいだとか、

影志に関する噂は耐えない。

藍莉と影志の関係を唯一知っている明菜は、

影志の噂が耳に入るたびに何か言いたげにチラチラと藍莉を見てくるが、藍莉は気付かないフリ。

何も知らない桃香は、二人の様子がおかしいと思いながらも、

「藍莉はどんなチョコあげるの?彼氏いるんだよね?

もしかして、もうあげた?」と、聞いてきていた。

藍莉は、困ったような顔をして、

「ううん。あげてない。どんなチョコをあげるかも決めてないの。

あげないかもしれないし。」と言った。

それに一番に反応したのは明菜だ。

「どうして?きっと楽しみにしてる!!・・・と思うけど。」

それを聞いて、藍莉は苦笑い。

「アノヒト、甘いものが好きじゃないから。」

「じゃあ違うものをあげるの?マフラーとか?」

「もしかして手編み?!」

二人の発言に、藍莉は驚いた。

(手編みのマフラーなんて有り得ない。

そんなの編んでいる自分の姿も、つけている影志の姿も、想像しただけでキモチワルイ。

っーか、マフラーって買うもので、編むものじゃないって。

・・・でも、そんなこと二人に言えないしなぁ。手編みのマフラー推進派だったら困るし。)

藍莉はそんなことを思いつつ、

「他の物をあげるなんて考えていなかった。

でも・・・それもいい考えかもしれないね。」と言って微笑んだ。

そして続けて、

「チョコだったらいっぱい貰ってると思うし。」とも言った。

藍莉は普通に言っただけなのだが、それを聞いた二人は驚き、訊ねる。

「・・・藍莉、平気なの?」

「え?」

「彼氏が他の女の子からチョコ受け取っても。」

「あぁ・・・うん。別に。私には関係ないことだし。」

「関係ない?どうして?

チョコを貰うってことは好きっていう気持ちを受け取るってことじゃないの?

私だったら嫌だけど・・・。」

「・・・でも、チョコを受け取ったからってその子を好きだとは限らないんじゃないかな?

断るのだって大変だと思うし、私は受け取ってもいいと思ってるよ。」

藍莉がそう言うと、二人は藍莉の考えに感心して表情を変えた。

「心が広い・・・。」

「うん、うん。」

二人に尊敬の眼差しで見られた藍莉は内心、困ったなと思っていた。

・・・彼氏が貰ってきたチョコを食べたいから、なんて言えない。


+++


学校が終わり、藍莉が自宅のあるマンションに戻り、

オートロックに手を掛けて開けると、すごい勢いで藍莉の横を影志が走り抜けた。

藍莉は腕時計を眺め、「約束の時間よりちょっと早すぎるんじゃない?」なんて呟きつつ、

ゆっくりとした動作で待っていたエレベーターに乗りこんだ。

エレベーターのドアが閉まると同時に中で待っていた影志は“遅い”と文句を言い始めた。

藍莉はそれを適当に聞き流し、その場をやり過ごして部屋に向かった。

部屋に入っても、影志は「ワザとノロノロしてんだなー。」とちょっと怒り気味。

それでも藍莉は影志のことを構うことなく、

マイペースで制服を脱ぎ、楽な洋服に着替えた。

そして着替え終わると影志に向かって手を差し出す。

「制服。」

影志はわかったよ、と言いながら制服を脱ぎ、藍莉に渡す。

そして自分が持ってきた大きめのバックから着替えを取り出し、着替え始めた。

今日は学校から直接藍莉の家に行き、泊まらせてもらうことになっていたので、

いつもと違う大きなバックを持ってきていたのだった。

藍莉は影志から受け取った制服をハンガーにかけつつ、

チラリと見えた影志のバックの中を見て、「あれ?」と、不思議そうな声を上げた。

「なんだよ。」

「チョコは?」

「はぁ?」

「バックの中身はチョコレートでいっぱいだとか、聞いてたんだけど?」

「そんなモンないっつーの!」

影志はそう言うと、バックをひっくり返し、中身を藍莉に見せた。

中から出たものは、服、ゲーム、財布、定期、キーケース、

そして・・・袋に入ったリンゴ5個と食パン一斤。

チョコレートは全く見当たらなかった。

しかしそれよりも気になることが何点かある。

影志は今日、そのバック以外には何も持っていなかったので、その中身が影志の持ち物全て。

それなのに教科書、ノートが一切見当たらない。

ペンの一本さえも。

本当に学校帰りなのかと疑いたくなる。

藍莉は色々言いたいことがあったが、まず一つだけ質問をした。

「リンゴは何?」

「家にいっぱいあったから持ってきた。」

影志はそう言うと、ハイ、と藍莉にリンゴの入った袋を渡した。

うん、わかった。

じゃあ次。

「食パンは?」

なんで丸々一斤が入っているのか不思議でしょうがない。

訊ねると、影志はニッと笑って、

「ホットサンドが食いたかったから買ってきた。作って。」

そう言うと、ハイ、と藍莉に渡した。

納得。

じゃあ次。

「・・・あんた学校に何しに行ってるの?勉強道具は?」

「全部ガッコーのロッカーん中。」

「・・・宿題とか無いの?」

「あったけど授業中に終わらせた。」

影志はそう答えると、次の質問は?と言いたげな顔をし、ダルそうにソファに寝転がった。

暫らく藍莉が何も言わないで居ると、影志は顔を上げて「藍莉。」と呼んで手招きをした。

藍莉は、影志の居るソファの直ぐ下の床にペタンと座り、影志を見上げる。

「なに?」

すると、影志に手を差し出された。

「何この手。」

藍莉がそう言って指を指したら、そのままその手を引っ張られ、ソファの上に引き上げられた。

そして同じ目線になった後、影志は藍莉に訊ねた。

「チョコは?」

「は?」

「今日は2月の14日なんだけど。」

「知ってるよ。皆、大騒ぎだったし。」

「俺にチョコは?」

「この前いらないって言ったじゃん。」

「・・・あの時はそう言いたい気分だったの。」

影志はそう言って、ぷくぅと頬を膨らませてみたが、

藍莉はそんな顔しても駄目、と頬を両方の手でつついた。

「チョコ、他の女の子に貰ったんじゃなかったの?

・・・貰ったチョコはどうしたの?」

そう訊ねると、影志は相変わらず拗ねたように、

「・・・貰ってねぇよ。全部返した。」と言う。

「え?なんで?」

藍莉が心底不思議そうにそう訊ねると、影志は声を荒げて怒る。

「お前が居るからに決まってンだろ!!」

普通はそう言われて喜ぶところかもしれなかったが、藍莉は喜べなかった。

「・・・あー、そう。」とだけ言うと、大きくため息を一つ吐いた。

「はぁ!?なんだその態度。まるで貰わなかったのがいけないっていう感じだな!」

「・・・そういうわけじゃないけど。一つぐらい分けて貰えるかな、ってちょっと思ってて。」

藍莉がちょっと寂しそうにそう言うと、影志は唖然とした後、

「ば・・・っかじゃねーの?あったとしても、他の女からのだぞ!?」とまた声を荒げて返す。

しかし藍莉は淡々と言う。

「でもチョコはチョコでしょ。手作りは食べたくないけど、買ったチョコだったら食べれるじゃん。」

「・・・なんだよ!折角俺が断ったっていうのに!

こんなんだったら貰っとけばよかった!!藍莉はくれないみたいだしな!」

影志はそう言うと、完璧拗ねたようでクッションを抱きしめながらソファに顔を伏せた。

藍莉は困ったなぁ、と思いつつ影志の機嫌を取ろうと頭を撫でた。

「・・・ねぇ、そんなにチョコ欲しかったの?」

「・・・欲しかった。」

「甘いもの好きじゃないのに?」

「それでも。」

藍莉はため息を一つ吐き、立ち上がった。

「・・・わかった。なんとかするよ。ちょっと待ってて。」

藍莉はそう言うと、腕まくりをしてキッチンへと消えていった。

影志はチラリとその様子を見て、一瞬にして機嫌を良くした。

そして、早く出来ないかなーと思いつつソファの上でゴロゴロすることにした。

暫らくして部屋にコーヒーのいい香りが立ち込める。

何を作ってくれるんだろ。

影志の期待は高鳴るばかり。

そして数分後、

影志は、自分の目の前に置かれたものを見て、呆然となった。

「チョコは?」

どこを見渡しても、チョコレートは見当たらない。

あるのはコーヒーカップただ一つだけ。

ただ、そのコーヒーはいつもと違って、コーヒーの上にクリームが浮いていた。

「何これ?」

「いいからそれを飲んで。」

いいからって言われても、どうみたってこれはチョコレートじゃない。

影志は文句を言いたかったが、喉が渇いていたし、まぁいいかとカップを口に運んだ。

そして一口飲んだ後、一瞬にして顔を変え、思わず「ウマイ。」と呟いた。

「コーヒーとチョコを合わせたの。

こういうチョコって駄目?駄目なら今から買ってくる。

買ったチョコの方がラッピングも綺麗だし・・・」

そう言いかけた藍莉の言葉を影志は遮った。

「コレでいい!いいじゃん、これ。ウマイし。

こういうの貰ったのって初めてだ。こういうのもアリだな。」

へへ。と言いながら影志は嬉しそうにカップを両手で包み込んだ。

「ありがとな。」

そう言って微笑む影志に、藍莉はなんだか申し訳ない気持ちになった。

・・・やっぱりちゃんとしたチョコを望んでいたんだろうなぁと思って。

藍莉は、影志の隣に立ち膝になって座り、横からぎゅっと影志を抱きしめた。

そして耳元で、小さく「ゴメンネ。」と謝る。

「なにが?」

「ちゃんとしたチョコじゃなくて。」

「なんで?これいいじゃん。

こういうカタチのチョコって、一緒にいないと貰えないモンじゃん?

そういうのって特別って感じがして俺、嬉しいけど。」

影志は微笑んでそう言うと、藍莉の方に少し寄りかかった。

藍莉は影志の優しさを感じつつ、影志と同じように微笑を浮かべた。


+++


「ご飯できたよー。」

キッチンから藍莉の声が聞こえた。

「今日は何ー?」

影志は手に持っていた雑誌をパタンと閉じ、藍莉に訊ねる。

「オムライス。」

藍莉はそう言いながらオムライスを両手に持ち、それらをテーブルに置いた。

影志はオムライス好きー!と言いながら、テーブルに着く。

すると、置いてあったオムライスを見て、思わず笑みが零れた。

オムライスの上にはケチャップで描かれたハート。

可愛すぎる・・・

「バレンタインだからって特別?」

オムライスを指で指しつつ、正面に居る藍莉に訊ねると、

藍莉は、「・・・描きたくなったから描いただけ。」と、影志の方を見ないで答えた。

「うっそつけ!・・・何この演出。お前超可愛いんだけど。」

影志はそう言って、口に手を当てて感動に浸っている。

藍莉は影志に「いいから!早く食べよ。」と急かし、

いただきまーすと言うと、先にご飯を食べ始めた。

影志も遅れつつ、スプーンを手にし、オムライスを食べ始めた。

「バレンタイン・・・最高だな。」

満面の笑みを浮かべていた影志に、藍莉は一言。

「バレンタインてさ、聖バレンティヌスって人が処刑された日じゃなかった?」

それを聞いて影志は固まった。

そして藍莉を睨んで言う。

「・・・知らないけど、今、そういうこと言うのやめてくんない?」

藍莉は意地悪そうにニヤリと笑うとスプーンを口に運んだ。





END






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