一応覚悟を決めてきたけど、どうしよう・・・本当に今日言おうかな?

登校して机に突っ伏し、悩んでいると、前から花梨が声を掛けてきた。

「どうした?さくら。元気ないみたいだけど。」

私は起き上がり、花梨に簡潔に今までのことを話した。

今日、告白するつもりだということも。

すると、花梨は口をあんぐりと開けて呆然とした後、私の肩をがしっと掴んだ。

「いつの間にそんなことになってんの!?」

「あたしにも何がなんだか・・・。」

頬杖をついて外を見つめる。

あ、雨が降ってきた。

「雨・・・。」

私は外を指差し、雨ということを花梨に伝えた。

と、そのとき、隣に本城君が来た。

「おはよう。」

本城君がいつもとは違った様子で挨拶をしてきたけれど、なんか気まずくて、目を逸らしてオハヨ、と言ってしまった。

花梨が、また後で、と言って自分の席に着く。

教室内は何かとざわついていたけれど、私と本城君の周りだけは、静かで、皆と同じ空間にいるのに隔離されているみたいだった。

いつもなら何かと話し始める私達だったけれど、今日に限ってどちらも話しかけることをしなかった。

授業が始まっても、沈黙が続く。

沈黙。

沈黙・・・。

沈黙・・・・・・。

その沈黙に耐えかねたのか、本城君が小声で話し始めた。

「・・・この間は、ごめん。」

「えっ?」

急に声を出したから変な声が出てしまった。

「な・・・なに、この間って。」

私も小声で言葉を返す。

すると、本城君は困ったような表情を見せ、本当に小さな声で言った。

「・・・そのっ・・・キス・・・した・・・こと。」

え?なんで謝るの?

謝らないでよ・・・。あたし、ビックリはしたけど、嫌じゃなかったんだよ。

そう・・・嫌じゃなかった。

不思議なことに、嫌じゃなかったんだ。

あたし、ファーストキスは好きな人と、夕暮れ時の砂浜で、とか・・・そういう素敵なシチュエーションでしたいってずっと思ってた。

葉にそれを言ったら、そんな夢みたいなこと起こらないよって笑われたけど、本気だったんだ。

だから、イメージと違うファーストキスでがっかりするかとも思ったけど、全然そうじゃなかった。

キスされた日の夜、本城君が好きって自覚した後に、キスのこと思い出したら、なんか嬉しいキモチだったんだよ。

好きな人とキスできたんだもん。嬉しかったの。

それなのに・・・。

「・・・なんで謝るの?」

搾り出すように声を出し、本城君に尋ねる。すると本城君が驚いたような顔をしてコッチを見る。

なにを言い出すんだって言いたげな表情。

「なんでって・・。」

「謝って欲しくない。あたし・・・あたし、嬉しかったんだからっ!!」

周りの生徒の視線が私に突き刺さる。でも、そんなこと、構わない。

「う・・・嬉かった??」

本城君が持っていたシャーペンをぽとりと落し、ビックリした表情で私を見た。

「そうだよ・・・。嬉しかったんだよ・・・。」

なんだか泣きそうだ。

昨日の夜もあれだけ泣いたのに、まだ涙は出足りないのだろうか。

ポトリ。ノートの上に涙が一つ落ちた。

ポト・・ポト。

ノートに涙の跡が3つついた。

まるで降り始めの雨のように涙がノートの上に跡を残していく。

ヤバイ。止まらなくなりそう。

ここから逃げたい。

そう思ったと同時に手を挙げ、先生に言った。

「先生。ぐ・・・具合が悪いので・・・保健室に行ってもいいですか?」

先生は、ハイ、と簡単に言うと、授業を再開させた。

机に手をつき、勢いよく立ち上がると、なんだか軽い眩暈を感じた。

昨日寝てない所為だと思う。

朝食もあんまり食べなかったのも原因の一つだろうな・・・。



クルリと横を向き、一歩歩き出した途端、視界が大きく揺れた。

え・・・?

焦点が合わない・・・。

世界が揺れてる・・・・・・。

そう思った瞬間、私は意識を手放した。



+++



ぼんやりと目を開けると、そこは見慣れないところだった。

それもそのはず、其処は入学してから一度もお世話になったことのない、高校の保健室だったからだ。

あれ。なんで此処にいるんだろう?

いつの間に来たのかな?

「あたし、自分で歩いてきたのかな?それってスゴイかも・・・。」

「それだったらスゴイって言わなくて、コワイって言うのが普通なんじゃない?」

「!」

頭の中で思ってたことが、つい口に出てたみたいで、本城君に聞かれてしまった。

え・・・?本城君?

「ほ・・・本城君!?」

ベッド脇に、本城君が居たということにやっと気付き、ビックリして飛び起きる。

しかし、本城君が「・・・寝てなよ。」と一言言って、私の肩をベッドに軽く押しつけた為、再び寝る羽目になった。

「・・・えーと・・。ど、どうして此処に?・・・も・・しかして・・・運んでくれたり・・・?」

「そんなことはどーでもいいよ。さっきの話・・・“嬉しかった”ってどういう意味?」

そうか、教室でした会話が気になってたんだ・・・。

どうしよう・・・今、誰も周りに居ないし・・・キモチ伝えようかな・・・。

俯いて悩んでいると、本城君が勘違いをしたらしく、ぽつりと言い放った。

「・・・俺のこと、からかってる?」

「・・・え?」

何を言ってるの?なんで??

私が困った顔をしていると、本城くんは、はぁ・・・とため息を一つ吐いて、ベッドの端に座った。

「俺が友季のこと好きって知ってて、からかってる?」

「え?す・・・好き?あ・・・あたしを?ほ・・・本城くんが?」

私は思わず、また飛び起きてしまった。

「・・・だって、本城君、彼女いるのに。」

「・・・え?」

本城君は、怪訝そうな顔をして、こっちを見つめてきた。

「居ないけど。」

「・・・だって、あたし、昨日見たんだよ。本城君が女の子と一緒にご飯食べてるトコ。」

「あー・・・あれ・・・。」

本城君は、額に手を当てて、苦笑した。そして、「妹。」と一言言った。

「い・・・妹?・・・だって、一緒にいた子、津本菜々ちゃんって言うんでしょ?苗字違うじゃない。」

「なんで菜々を知って・・・。」

本城君が不思議そうに私を見つめてきた。その仕草に、すごく照れちゃって、私は俯いてポツリと呟いた。

「葉が教えてくれたの。葉と同じクラスなんだって・・・あ、葉ってあたしの弟ね。」

「俺の家、親が離婚して、それぞれ再婚してるから菜々の苗字は違うんだ。菜々はホントに俺の妹。」

「う・・・うそー。」

本城君がウソをついているようには思えない。

ホントなんだ・・・。

・・・だったら、あたしってば、なんていう勘違いをしてたんだろ。

うわー。バカー!!あたしの昨日の涙を返せー。

多分、今、私の顔、恥ずかしくて真っ赤だ。

うぅ・・・。

本城君、呆れてるかも。恐る恐る本城君の顔を見ると、呆れた様子もなく、真面目な顔をしていた。

そして、その真面目な顔のまま、一言呟いた。

「・・・昨日、俺も友季見た。」

「え?」

いつ見られたんだろ?あたしが本城君を見たときは一度も目が合ってないし・・・。

「・・・男と居たよな?・・・あれ、彼氏?」

「か・・・彼氏?なにそれ!居ないよ!昨日は一日中、葉と出かけてたの。弟と出かけてたよ。だから一緒に居た子の名前だって分かったんだし・・・。」

「え?」

本城君は、一瞬、目を大きく開けて驚いた様子だった。それから見る見るうちに顔が薄っすら赤くなっていった。

右腕で顔を少し隠す。

多分、勘違いをして、恥ずかしがってるみたい。

・・・カワイイ。

「じゃ・・・じゃあ、つ、付き合ってるヤツ、居ないの?」

「あっ・・・うん、居ないです・・・。」

本城君は、まっすぐ私の目を見て、言った。

「俺と付き合ってほしい・・・。」



―俺と付き合ってほしい―



嬉しかった。

嬉しいなんていうもんじゃない。嬉しすぎて、涙が頬を伝った。

私、ここ数日で涙は出し切ったって思ってたのに・・・変なの。

でも、今日のは昨日までの涙と違う。嬉しくて涙が出たんだもん。

私は、涙を手で拭いながら、うん、と頷いて言った。

そしたら、本城君、ニコって微笑んでくれた。

「良かった。」

本城君はそう言うと、私の左瞼にキスをし、今度は唇に。

そして唇を離した後、ぎゅっと抱きしめてくれた。

ドキドキする。

でも、なんか、嬉しい。

ふっと私を抱きしめていた力が緩み、私が彼を見ると、少し顔が赤いように見えた。

「この前は驚いた。まさか、友季が俺のこと好きでいてくれたなんて思わなかったから・・・。」

「・・・こ、この前?」

「・・・き・・キスした日。」

え?あたし、本城君のこと好きだなんて言ってないんだけど。

「・・・あ、あたし言ってないよ、言ってない。だって、本城君のこと好きだって自覚したの、あの日の夜だもん。」

「・・・まさか・・まだ気付いてない・・・の?」

ウソだろ?と言いたげに、本城君は驚いた表情をした。

「何が?何のこと?」

私には、意味がさっぱりわからない。

思わず本城君の腕を掴んで問い詰めるようにすると、彼はボソリと言った。

「友季に傘を貸したのが俺ってこと。」

「え?あたし、本城君に傘借りたことあった?」

急にそんなことを言われて焦る。高校に入って、誰かにモノを借りたと言う記憶は無かったから。

しかも、傘だなんて・・・。

うーん・・・。

考え込み、俯いていると、本城君の手が私の頬にそっと触れ、俯いていた顔をそっと上に上げさせた。

そして本城君が、強い眼差しで私の目を見つめ、しっかりとした声で言う。

「中学の時。」

「中学・・・。ん?」

ま・・まさか・・・。



中学の時、傘を貸してくれた人。

銀河鉄道の夜。



いくらニブイ私でも、分かった。

本城君=傘の人・・・だ。

・・・でも、信じられない。眼鏡だってかけてないし・・・。

「う・・・うそ・・・。うそでしょ?だって眼鏡・・・。」

「コンタクト。」

あ、あたしってば・・・本城君に、本城君の話をしてたのー!?

・・・恥ずかしい。あたし、あの日、傘の人(=本城君)が、どんなに素敵な人だったかとか語ってなかった?

あぁ・・・穴があったら入りたい・・・。

顔が段々、熱くなっていく。

多分、私の顔、真っ赤だ。

「ど・・・どうも・・・あの・・・お久しぶりです・・・。その節は・・・どうも・・・。」

慌ててベッドの上に正座し、深々と頭を下げてみる。

私の焦りぶりを見て、本城君は笑いを必死に押し殺しながら

「・・・毎日のように、顔あわせているけどね。」

と言う。

「あのですね・・・。あたし、ずっとあなたが好きでして・・・。」

「・・・うん、この前聞いた。」

ニッコリと微笑んで嬉しそうな表情。

あぁ・・・。あたし、知らないうちに告白を・・・。

「・・・わ・・・忘れて。あたしがあの日に話したこと・・・。お願い。聞かなかったことに!」

「いや、忘れない。・・・いつも見ているだけで幸せになれた、同じ電車に乗れた日は、毎日が幸せだったんだっけ?」

「・・・や・・・やめてー!」

恥ずかしい。

恥ずかしすぎる!

「他にはなんて言ってたかな・・・。」

「も・・・もう!」

私は思わず本城君の口を手で覆った。

そして、涙目になりつつも、本城君を睨んだ。

本城君は、私の手をそっと動かし、ごめん、ごめんと苦笑しながら誤った。

「俺、すごく嬉しかった。振られたと思い込んでたし・・・。」

私、その言葉を最後まで聞かないうちに、本城君に抱きついた。

「ずっと会いたかったの。ずっと。」

「・・・・・うん。」

「本当に・・・本当に好きだったの。」

「・・・うん。」

「会えて嬉しい。」

「うん。」



私、すごく幸せ!

一生分の幸せ使っちゃったんじゃないかって、不安になるほど、幸せだよ。



「ねぇ、本城くん。」

「ん?」

「今度、雨の日に一緒に出かけよ?」

「いいよ。でも・・・どうして??」

「雨の日の、いい思い出が作りたいから!!」

これから雨を見たとき、いい思い出を思い出すことが出来ますように。







END

続編が少しだけあります。
気になる方は、次のページにお進みください。



  


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