いつの間に家に帰ってきていたのだろう。気がつくと私は、自分の部屋のベッドの上で寝ていた。
もう頭の中ぐちゃぐちゃ・・・。
本城君は・・・どういうつもりで私にキスしたんだろう・・・。
本城君、好きな人居るって言ってたのに。
わかんないよ、もう・・・。
唇に僅かに残る、彼の唇の感触が、先ほどキスを経験したということを思い出させた。
家は静まり返っていた。家の中には私一人しかいなかったから。両親が居ないのは、いつものことだけど、葉も居ないなんて・・・。
葉には居てほしかった。
側にいて、話をしてほしかった。
葉は一つ年下の弟で、いつも私の相談に乗ってくれる。
葉、お願い、早く帰ってきて。
「ただいま。」
玄関のドアが開く音と同時に誰かの声が耳に入ってきた。
葉だ。
私の祈りが通じたんだ。きっと。
葉が階段を上がり、部屋に入ろうとした瞬間、私は自分の部屋へと葉を連れ込んだ。
葉は怪訝そうな顔をして、私の顔を見た。
「何?急に。」
「葉、お願い・・・。話聞いて!」
「聞く。・・・聞くから、まず着替えさせてくんない?」
「今すぐ、聞いて欲しいの!!」
「・・・・・・。」
葉はため息を一つ付くと、私のベッドに座り、あきらめたように言った。
「・・・わかった。で、何?」
私は床に正座で座り、俯きながら言った。
「ねぇ、葉・・・。あたし・・・今日、キスしたの。」
「は?」
もう・・・。一回で理解してよ。言うの恥ずかしいんだよ?
「・・・だから・・キスしました。」
「・・・例の片思いのヤツと?」
「・・・ううん・・。同じクラスの本城君。」
「誰それ?さくらちゃん、その、本城ってヤツと付き合ってたっけ?」
「・・付き合ってない。」
「じゃあなんでキスしたの?」
「した・・・というかされました。」
「つまり・・・無理やりやられたってわけ?」
葉が冷めた口調でそういったのを聞き、私はバッと勢い良く顔を上げ、葉の顔を見た。
「違う。無理やりじゃなかった。ん・・・無理やりなのかな?でも強引じゃなかったし。
・・・ねぇ、葉。本城君はどんなつもりで私にキスしたのかな・・・。」
「好きだったからでしょ。」
葉は、そんなの分かりきってることだ、と言いたげな顔をして、そう答えた。
でも、ホントにそうなのかな?
今日、偶然聞いてしまった言葉が頭を巡る。
―俺、好きな人がいるんだ。中学のときから好きな人で・・・その子のこと、今でも好きだから―
「本城君、中学の時から好きな子いるんだって。だから私のこと、好きじゃないと思う・・・。」
「それがさくらちゃんなんじゃないの?」
「違う。中学違うし、会ったことないし。」
「俺なら好きじゃない子とキスするのって、気が進まないけど。」
「・・・つまり?」
「好きなんじゃない?さくらちゃんのこと。」
「うーん・・・。」
「で?」
「で・・・とは?」
「さくらちゃん、本城のこと好きなんだ?」
「うー・・・。」
好き・・・なのかな?
「傘のヤツはもういいんだ?」
「良くない、良くない・・・。」
「じゃあ、その・・本城のこと好きってワケじゃないんだ?」
「うーん・・・。あのね、今日ね、本城君が告白されてるところみたの。
でね、すごくね、悲しくて・・・。なんか、いやだった。」
「・・・さくらちゃん、それって本城のこと好きだからじゃないの?」
「・・・やっぱりそうなのかな。」
「そうでしょ。」
「どうしよう、葉。私、どうしたらいいんだろ。傘の人も好きだけど、本城君も好きだなんて駄目だよ。どうすればいいの・・・。」
「・・・本城にすれば?」
「え?」
「もう傘のヤツのこと忘れて、本城にした方がいいんじゃない?傘のヤツと全然会ってないから、自分で理想を作り上げてるんだよ。それよりも、今、側に居る本城にした方がいいと思うけど。その方が幸せになれる。・・・きっと。」
葉の言っていることは、もっともだ。
私は、勝手に理想の男性像を作り上げ、それを傘の人に重ねているのかもしれない。
もし、会って、自分の作り上げてた姿と違っていたらどうする?
・・・それに、傘の人はもう、私のこと忘れて他の人と幸せになってるかもしれない。
私が傘の人を忘れればいい。
忘れればいいんだ。
「葉・・・あたし、傘の人のこと、忘れる。」
私は、そう葉にきっぱりと宣言した。
葉は、一瞬目を見開いて、驚いているようにみえた。
そりゃ、そうだよね。あたし、あんなに傘の人のこと好きって言ってたのに、忘れるって言ったんだもん。でもね、いい加減なキモチでそう言ったんじゃないんだよ。ちゃんと考えて、そう決めたの。
葉は、少し目を伏せて、何か考えた後、こっちをじっと見つめて言ってきた。
「・・・じゃあ本城に好きって言うの?」
「こ・・・告白?告白するの?」
「だって、本城のこと好きなんでしょ?付き合いたいんでしょ?」
「そ・・・そこまで言ってない!」
「ふーん?俺は、好きなら付き合いたいけどね。」
「・・・こ・・・告白か・・・。」
「される側じゃなくて、する側になってみれば?」
「・・な、なんて言おう・・・。」
「好きです、って。」
葉は、頬杖をついて冷たく言い放った。
「そ・・・そんなこと分かってるよ!!」
「分かってないかと思った。」
葉は、しれっと言いながら、ベッドに横になった。
なんか、今日の葉は、少し冷たい。
「葉、いつもと違う。」
「・・・何が?別に、いつもと同じだと思うけど。」
「違う。何かあった?」
葉は、長い沈黙の後、ポツリと呟いた。
「・・・・・・彼女と別れた。」
「またぁ?」
「またって言わないで。」
葉はそう言うと、私と反対側の方向に身体を向けた。
葉は、彼女が絶えない。
別れては、誰かと付き合い、別れては、誰かと付き合うということを繰り返す。
それも、特別好きではない女の子と。
ただ、なんとなく誰かと付き合うってことばかり。それって楽しいの?
「別れてショック?」
「・・・全然。」
「じゃあなんで、そんなにイライラしてるの?」
「なんかアイツの態度にムカついただけ。わざとらしく泣きやがった。」
「最初から付き合わなきゃいいのに。」
「顔がまぁまぁ良かったから付き合った。でも、付き合ってみて良く分かった。アイツ、性格サイアク。」
「・・・葉、元気だしな。次があるよ。」
「・・・さくらちゃん、毎回同じセリフ言う。もう飽きたよ。」
こいつ・・・人が折角慰めてあげてるっていうのに。
「だったら飽きるまで言わせないでよ!葉は相手を見極めるべき!!」
私がそう叫ぶと、葉はこちらをちらりと横目で見、そしてまた私に背を向けて言った。
「誰とも付き合ったことない人に言われても・・・。」
「・・・悪かったわね。」
全くこの弟は・・・!!
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