Lady





運転免許を持たない僕は、彼女の隣に座らせてもらってばかりいる。

ホントだったら僕が運転して、隣に彼女を乗せてあげたいのに、それは出来ない。

僕は未だ、免許を持てない年齢だから。

彼女の横顔を見つめる。

真剣な顔。でも、その顔が急に和らいだ。僕が見ていることに気付いたらしい。

「なぁに?」

「別に。」

僕はぶすっとした態度で外を見やる。

とてもじゃないけど、今の気分じゃ笑えなかった。

無言で流れる景色を見続ける。

彼女との会話は無し。

カーオーディオから、彼女の好きな外国のアーティストの曲が流れ続けているのを何となく聞いていた。

いつの間にか景色が見慣れないところへと移り変わっていく。

「・・・まだ怒ってるの?」

彼女は沈黙を破って、僕にそう訊ねてきた。

「そう言うわけじゃないけど。」

口ではそう返したけど、ホントは怒っている。

だって、つい先ほど、彼女が連絡も無く、僕の学校の近くで車を止めて待っていて、

しかもクラクションと僕の名を呼ぶ声で、学校付近にいた生徒の注目を集めたから。

車で送り迎えしてもらうことは、度々あったけど

いつも目立たないところで乗り降りして、なるべく周囲に気付かれないようにしていたのに、

彼女は一瞬の内に日頃の努力を消してくれたんだ。

明後日学校に行ったら、知り合いにネタにされること間違いない。

「・・・家に迎えに来る約束だったのに。」

ボソっと呟いた言葉を彼女は聞き逃さなかった。

「やっぱり怒ってる。」

「・・・怒りたくもなるよ。約束が違う。」

「だって、私は土曜日授業無いんだもの。早く会いたくて来ちゃったの。

ねぇ、どうして第二と第四土曜日だけ学校あるの?

もう、いっそのこと他の学校みたいに週休二日にしちゃえばいいのにね。」

「・・・知らないよ、そんなこと。

それよりさ、学校前で待つなら待つで、携帯に連絡くれてもいいんじゃない、って思うんだけど?」

僕がそう言うと彼女は、忘れてたという反応を返した。

そして、しゅん、とした声で「ごめんね。」と言ってきた。

そんな風に言われたら、僕は、しょうがないな、という気分になってくる。

でも、許しの言葉を返す前に一言。

「僕、着替え持ってきて無いんだよ。制服のままで出かけたくない。」

このまま過ごさなきゃいけないと思うと嫌で嫌でしょうがなかった。

制服のままで彼女の隣を歩くなんて、耐えられない。

でも、そんな僕の憂鬱な気分を彼女は一気に吹き飛ばした。

「多分そう言うと思って、着替え持ってきてあるんだ。後ろにあるよ。」

後部座席を見ると、ちゃっかり紙袋が置いてあった。

なんていう用意周到さなんだ・・・。

こういうことに気を回せるのなら、電話の一本くらい・・・。

また文句を言おうとしたけど、彼女が嬉しそうに微笑むから、

僕はもう何も言わず後部座席に移り、着替えを始めた。


+++


「どこへ行くの?」

「ナイショ。」

車を降り、僕は彼女に連れられて岬の公園内を歩いていた。

僕が聞いているのは、いつまで歩くの、って意味だったのに、彼女は教える気が無いらしく、

さっきからウキウキしながら、軽快に歩いていく。

反面、僕は足取りが重い。

何故なら僕は中身の知らされない重い荷物を持たされ、歩いていたから。

チャポン、チャポン、という音が聞こえてくるから、中身が何か大体は予想がつく。

水筒だ。

でも、それだけじゃない。まだ何かある。

普通、水筒と共にあるものと言えば・・・お弁当。

多分この荷物の中身は、今日の昼食だ。

そう考えたら、空いていたお腹が更に空いてきた。

「まだー?早くご飯食べようよ。」

僕はうんざりして前を歩く彼女にそう言うと、彼女はとても驚いていた。

「え!なんで知ってるの?!見た?中身見た?」

「・・・見て無いけど、察しがつく。」

・・・分からないはずがないじゃないか。

本気で僕が気付かないと思っていたんだろうか。

「そっか。バレちゃったならしょうがないな。驚く顔が見たかったのに。

あともう少し歩いたところにいい景色が見えるベンチがあるの。そこでご飯食べようと思って。」

彼女はそう言って、暑い、暑いと手をパタパタと扇ぎながら歩く。

「着いた!」

彼女の言葉が聞こえたと同時に見えた景色は・・・本当に素晴らしいものだった。

何色もの青色がグラデーションを作る海、

僕等の周りに広がる青々とした木々。

絵葉書を、見ているような気分だ。

「綺麗でしょ。一度来たことがあって、すごく素敵な景色だったのを思い出してね・・。」

僕に見せたかったのだと、彼女は言った。

それを聞いて僕は嬉しくて頬が緩む。

「じゃあ、お腹も空いたし、お弁当広げようか。私が作ったんだよー。」

「え?買ったんじゃなくて?」

僕が心底驚いてそう言うと、彼女はぷくぅっと頬を膨らませた。

「違います。つくったの!」

大丈夫かなぁ・・・。。

彼女の料理の腕はお世辞にも上手いとは言えなくて。

というか、料理に慣れていないのだ。

作る必要にも迫られて無いし。

反面、僕は家庭の事情で自分の食事を作ることが度々あるから、料理には慣れていて、

そこそこ食べれるものは作れる。

数少ない彼女よりも優位に立てるところだ。

でも、頑張ってくれた、っていうことが嬉しくて、期待せずに弁当を口にしたら、

意外に美味しくてまたまた驚かされた。

「美味しい・・・。」

僕が呆然としながらそう言うと、「その言葉と表情が合って無い!」と怒られた。

でも、口ではそう言いつつ、彼女の表情は満足気だった。

僕としては、優位に立てるところが無くなっていくようで、ちょっと寂しかったのだけれど。



食事を終えて、

他愛も無い今日一日(正確に言うと半日だったけれど。)を報告するような会話をしていたら、

なんだか眠くなってきた。

ちょっと彼女に寄りかかる。

ふわっと、彼女の香水の匂いが広がった。

「眠い?」

彼女はそう訊ねつつ、僕の髪を撫でた。

「ん・・・眠いけど寝ない。折角一緒に居るのに、寝ちゃうのはもったいない。

久しぶりに会えたんだから・・・。」

「それはそうだけど・・・。」

「ねぇ、もっと話、聞かせて。」

僕は目を閉じつつ、彼女の声に耳を傾けた。

声が聞きたい。

何か話をして。

彼女の手に触れ、彼女の指を僕の指で撫でる。

そんな僕の指を彼女は好きなようにさせておいた。

少しの間、話を聞きつつ、そうしていると、

ふと、彼女の声が止まった。

僕は目を開け、彼女を見て訊ねる。

「どうしたの?」

「・・・音楽が、聞こえてきた。」

音楽?

僕は波の音と、彼女の声以外、特に気にしていなかったが、

確かに音楽は聞こえてきていた。

「この曲、聞いたことある。」

僕がそう言うと、彼女は、微笑んで言う。

「『主よ、人の望みよ喜びを』って言うのよ。

どこから聞こえてくるんだろう・・・。」

「行ってみようか?」

僕は立ち上がり、彼女に手を差し出す。

そして、彼女を引っ張り上げたその手をそのままにして、

手を繋ぎながら音のする方へと歩いた。

少し足を進める毎に、段々と音が大きくなっている。

そして、行き着いた先には、大きな階段があった。

どうやら音の聞こえてくるのは、その階段の上みたいで。

教会でもあるのかな・・?

でも、外観は木々に隠れて全くと言っていいほど見えない。

そこで帰っても良かったけれど、隠れているところに何があるのか気になって

僕は彼女の手を引いて、階段を昇った。

階段を昇りきったところで、初めてその建物の全貌が見えた。

やっぱりそこは教会だった。

だけど、その教会は僕のイメージしていたゴシックやバロック式の教会じゃなくて、

ガラスで出来た教会だった。

中の様子を見て、そこでたった今、結婚式が行われていることに気付いた。

「・・・綺麗だね。」

ふと、彼女から漏れた言葉に、僕は素直に頷き、繋いでいた手を改めて強く握った。

横目で彼女を見ると、ちょっと目を潤ませている。

ガラスの教会に感動しているのか、結婚式に感動しているのか・・・。

僕達も、いつかこんなところで結婚式を挙げたいね、なんて

言いたいところだけれど、そんなこと、軽々しく言えない。

もしかしたら彼女はそういう言葉を待ってるかもしれないけど、

僕は、結婚する資格とか、彼女を幸せにする自信とか、そういうものが持てたときに、

“結婚”という言葉を口にしたいと思うんだ。

それだけ、彼女に対して真剣だというわけ。

教会から、また曲が聞こえてきた。

さっきと違う。

参列者がおそらく歌詞が書いてある紙を持ち、歌い始める。

この曲も聞いたことがあった。

でも以前聞いたときは、キリスト教式のお葬式の時に・・・。

「この曲、お葬式に使う曲なんじゃないの?」

「・・・この曲?賛美歌ね。『いつくしみ深き』

この曲は結婚式でも、お葬式でも、どっちにも使われるのよ。」

「歌える?」

「もちろん。」

彼女はミッション系のハイスクール出身で、賛美歌が日常に溢れている中にいた。

参列者に混じって、僕の側から聞こえてくる彼女の歌声を聞いて僕は目を閉じる。



慈しみ深き 友なるイエスは

われらの弱気を 知りて憐れむ

悩み悲しみに 沈める時も

祈りに応えて 慰め給わん



彼女が歌った歌詞は僕の心に残った。

『どんな状況であろうと、イエスは祈りに応えて慰め励ましてくれる』

僕はキリスト教徒ではないし、正確な解釈はわからないのだけれど、

僕の勝手な解釈としては、

祈れば、イエスさまは慰め励ましてくれる、つまりいい状況に変えてくれる、ってことなのかな、って思った。

僕は無性に神さまに祈りたくなった。

彼女とずっと一緒にいられますように、って。

何故なら僕の置かれている状況は今、とても良くないものだったから。

良くないもの、と言っても、彼女とケンカをしているわけでもなく、

愛情が冷めてるわけでもない。

ただ、一方的に僕が、彼女との関係に不安を持っているだけ。

今年の春、彼女が大学生になり、なんだか僕は置いていかれたような気持ちになっていた。

それでなくても、彼女はいつも僕の上を行くのに。

歳の差があるからしょうがないかもしれないけれど、

僕は彼女よりも出来ない事が多くて、

やってあげたいことは沢山あるのに、僕の手を必要としなくても彼女は自分一人で難なくこなせることが多くて、

たとえ出来ない事があっても努力して、僕が優位に立っていたことにも追いついてしまう勢いで、

僕は彼女に何をしてあげられるのかわからなくて、

年下だからいつまで経っても同じ位置に立てなくて・・・。

そんな僕だから、

いつか僕の元を彼女が去ってしまうんじゃないか、っていう不安がいつもついて回るんだ。


なんでもっと早く生まれてこなかったんだろ?


何度も、何度も、何度も・・・そう考えてしまう。

今更そう思ったところで、何も変わらないと分かっていても、

彼女と同年齢だったならば、

僕達は今よりももっといい関係になっていたんじゃないかと思って・・・

つい考えてしまうんだ。

「ごめんね。」

僕は思わず彼女に謝った。

「何が?」

結婚式は着々と進行し、誓いの言葉が交わされている頃、僕がそんなことを急に言ったから、

当たり前だけど彼女は驚いた。

だから聞いてきたんだ。何に対して謝っているんだろう、と。

僕としては、色んな意味を含んでの“ごめんね”だったわけだけど、

うまく説明できなくて、「・・・何も出来なくて。」とだけ返した。

「ふふっ。何言ってるの?」

彼女は笑ったけど、僕は笑ってなかった。真剣だった。

「もっとしっかりした人間になりたいんだ。早く大人になりたい。早く近づきたい。」

―キミに。

認めたくないけどやっぱり僕はまだ子どもで、彼女よりも劣っているのだ。

僕が俯いていたら、彼女はそっと僕の頬に手を当て、自分の方に向かせると優しく微笑んで言った。

「ゆっくりでいいよ。自分のペースで、出来ることを一つ一つ増やしていけばいいんだよ。

それが大人になる、ってことなんじゃないかな、多分。

もしかして・・・私が側に居る所為で焦らせてる?」

首を振る。

「・・・違うよ。そうじゃない。」

そうは言ってみても、僕が彼女に影響されていることは多くて、

彼女が側に居るから、もっとしっかりした人間になりたいと、早く大人になりたいと思うのだ。

彼女もきっと、僕がそう思ってるってことに気付いてる。

「・・・僕がもっと大人だったら、

してあげられることが増えるんじゃないか、今よりもっと幸せなんじゃないか、って思うから。」

僕がそう言うと、彼女は僕に言い聞かせるように名前を呼んだ。そして

僕を抱きしめた。

「今だって、充分幸せだよ。今よりもっと、なんて考えなくていいんだよ。」

「だって・・・。」

今以上の幸せを得られなかったら、キミが離れてしまうような気がして。

怖いんだよ・・・。

こんなに好きだから、離れたくないんだ。

僕は彼女の背に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。

ハナレタクナイ、という気持ちをこめて。

「僕はいつもキミに何かをしてもらうばかりで、何も返してない。

何かしたいんだ。どうしたら嬉しい?僕に何をして欲しい?」

僕がそう言うと、彼女は僕の焦る気持ちとは正反対で、

落ち着いて答えた。

「・・・私は何かをして欲しくて、付き合ってるわけじゃないんだよ?

好きだから。一緒にいたいから。

一緒に居て、色々な経験をして、一緒に成長していきたいと思ってるから、

側にいるんだよ。

私に“何かをしなきゃ”なんて、思わなくていいの。」

「でも・・・。」

僕が黙っていると、彼女は・・・いい加減分かってくれないかなぁ・・・なんて言って、

小さな声で言い始めた。

「・・・私が辛い時、一緒に居てくれたのは誰?

一緒に居て、笑顔にさせてくれたのは誰?

全部あなたでしょ。

あなたが居たから、私は今まで、辛いことも乗り越えて頑張ってこれたんだよ。

あなたが居なかったら、今の私は絶対にない。

何かをしなきゃ、って思わなくても、あなたは多くのことを私にしてくれているわ。」

だから・・・大丈夫。

彼女はそう言って、僕の背中をポンポン、と叩いた。

僕は自然と心に留まっていたモヤモヤがすぅーっと消えていくようだった。

なんで彼女の言葉は、僕の心をこんなにも動かす事が出来るんだろう。

年上だから?

僕よりも数年長く生きて、僕よりも多くのことを経験しているから?

・・・違う。そうじゃない。

彼女だから。

他の誰でもない、僕の愛する彼女だから・・・なんだと思う。

やっぱり僕は彼女が好きで。

彼女とこれからもずっと一緒に居たいと思う。

彼女が僕の不安な気持ちを解って、落ち着かせてくれたように、

僕も彼女に、そう出来る人でありたい。

今は未だ出来ない事は多いけれど、

彼女が言ってくれたように、

自分のペースで出来ることを一つ一つ増やしていこう。

それはきっと、彼女を幸せにする自信にも繋がっていくはずだ。



「・・・ねぇ、もうすぐ結婚式終わりそう。もう行かないと、邪魔になっちゃうよ。」

彼女はそう言って、僕から身体を離した。

そして僕の手を取り、歩き出そうとしたけれど、僕はそれを止めた。

「・・・?どうしたの?」

コクっと首を傾げた彼女に、僕は何も言わずキスをした。

唇を離してから、一言。

「誓いのキス。」

色々な意味を込めての・・・。





END




話の中に出てくる聖歌『慈しみ深き』は、私が好きな聖歌のひとつでもあります。
この歌には、
「例え、最愛の人と離れる事があっても、神がその運命を引き離そうとしても、
自分の相手に対する思いは変わらずに、永遠である」
という想いが込められているらしい。

タイトルはすっごい悩んだ。
いつもならぱぱぱって決まっちゃうのに、
これは候補が5,6個あった。
最終的には、年上の彼女をメインにした話なので、Ladyにしたんだ。



これ、実はある小説とリンクさせてあります。
その小説の隠された話として元々考えていたものなのですが、
サイトにあげることはないだろうなぁーと思っていました。
ウチのサイトの小説を読んだ事がある人ならば、
人物の話し方で、誰だか分かった・・・かな?

知りたい人だけ反転してください⇒Canonシリーズの亮太と元彼女の話なのでした。

最初、これを、短編かシリーズの中、どっちに置こうかスゴク悩んだ。
最終的には、人物の名前を一切出さず、“僕”と“彼女”、“キミ”と“あなた”を使って、
これだけでも読めるように短編モノの中に入れることにしたんだけれど。
もしかしたら今後、場所が変わるかも・・・しれないなぁ。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




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