それは杏の一言から始まった。

「制服、交換してみない?」

今日は、久しぶりに杏と二人で会って色々話そうとしてたんだ。

それなのに、杏ってば、会うなり制服を交換しようと提案してきた。



change uniform



「ち、ちょっと待ってよ!!」

あまりに乗り気な杏に私は押されモード。

なんでそんなにキラキラした眼でコッチを見てるの!?

「明菜んとこの着てみたいよー!」

着てみたいって言われても・・・。

「友達がね、他の学校の子と制服交換して一日過ごしたら面白かったって言うんだもん。

これは試さないと、って思って!」

「試さなくてイイ!!」

どこの誰!?杏に変なことを吹き込んだのは!

「ねぇ、明菜ぁー。」

甘えた声出しても駄目だってば!

「・・・杏がこれを着ている間、私は杏のそのミニスカート穿かなきゃいけないんでしょ?」

そんなの無理に決まってる!

恥ずかしいもん!

「そうだけど、いいでしょー?ね、一回だけでいいから〜!」

「ヤダよっ!恥ずかしいよ!」

無理無理、と手と首を必死で振っても、杏は諦めてくれる様子が一向に無い。

「お願い明菜〜!今日一日だけでいいから〜!」

困った。

正直言うと、杏のお願い〜には弱いんだ。

でも、このミニは・・・。

私はじーっと杏のミニスカートを見つめた。

・・・キツい。

正直、これはキツい。

テニスで着るような、スコート並の短さ。

ま、スコートよりはちょっとは丈があるけれど、

でも、でも・・・

屈んだらすぐにパンツが見えちゃう!!

あたしこんなの着たことないよ!

普段だってあんまりスカート着ないのに。

「・・・無理だって。」

そう言い続けてはみたけれど、根負けして制服の交換をする羽目になった。

近くのデパートのトイレで交換を済ませてはみたものの、スカートが短すぎてなんだか落ち着かない。

「杏、これでよく毎日過ごしてられるね。」

「普通だよ?駅の階段とかはちょっと気をつけないといけないけどさ。」

杏は私の制服を着て、スゴク嬉しそう。

大きな姿鏡の前でクルリと回ってみたり、楽しんでる。

スカート長いなー、なんていいながら、ウエストの部分を何度も折って自分のいいと思う長さに調節してる。

・・・私はあんな長さ、絶対に出来ないなって位に短くしちゃった。

「ね、明菜。ちょっとさ、お化粧、しようよ?」

私はちょっと嫌で後ずさりしたんだけど、杏はすかさず腕を掴んだ。

・・・もう。

「はいはい。また練習台・・・ね。」

「違うよー。はい、そこに座って。」

トイレの横にあるパウダールームに連れて行かれ、そこの椅子に座らされた。

「今日はー、どうしますー?」

「おまかせしまーす。」

もうゴッコ遊び状態。

ま、いいけどね。

・・・ただ、これで家に帰るのが嫌なだけ。母さんが「いつもと違う顔ねー」って言って笑うから。

それから杏の持っていた化粧道具で化粧をされ、髪もいじられた。

「おーわり!」

杏の満足気な声を聞いて、鏡を見たら・・・

そこに映る人は私では無い人のようだった。

誰、この人・・・。

化粧をするといつもそう思う。

私は、自分じゃない、誰かになったような気がするんだ。

「変じゃない?」

「だいじょーぶ!可愛いよー!」

・・・ホントかな、ま、今更変えられないから、今日はこれで過ごさなきゃいけないんだけど。

「さてと、あたしもー。」

杏は今度は自分自身の化粧に取り掛かる。

その間、私はどうやってスカートを長く見せるか、必死に考えた。

結局、何の術も見つからなかったんだけど。

杏の用意も終わり、パウダールームを出て、外に出る。

自意識過剰かもしれないけど、人がこっちを見て笑ってる気がする。

絶対変て思われてんだよ、きっと。

もう帰りたくなってきた。

「杏ー。もう無理。」

「無理って言ったって、駄目だよ!まだ何もしてないもーん。」

ガクッ。

杏に引っ張っていかれ、デパートを出て、近くにあるゲームセンターに向かう。

杏がプリクラ撮ろう、って騒ぐ。

正直、好きじゃないんだよ、写真撮るの・・・。

それでも、杏の巧みな話術に誤魔化され、何枚か撮った後、近くのドーナツショップのお店に入った。

「友達がバイトしててさ、ここのシェイクの割引券貰ったんだー。明菜ここのシェイク好きだよねー?」

「好きだけど・・・。」

ここのカプチーノシェイクは最高の一品。

でも、今そんな気分じゃ・・・。

店内は混んでいて、座れるかちょっと微妙なカンジ。

「あたし席取ってくるからさ、レジお願いね。

あたしは、ストロベリーシェイクと、チョコの掛かったドーナツで!

はい、お金と割引券♪」

杏はそう言い残し、ウキウキと席を探しに行ってしまった。

やっとレジの順番が来て、会計を済ませてトレイを持ち、杏の姿を探してウロウロしていたら杏が階段のところで立っているのが見えた。

あ、居た。そう思って近づいたら、杏の前に男の子が一人立っているのも見えてきて・・・。

正直、びっくりした。

だってその人、私と同じ学校の人だったんだもん。

・・・どうしてそんな人と杏が一緒に居るの??

杏が私の姿に気付き、こっちに指を指して「友達来たから。」なんて言う。

それを聞いて、男の子は今度、私に向かって言ってくる。

「席、無いみたいだからさ、一緒にどうって誘ってたんだけど・・・?」

私は慌てて手を振る、首を振る。

「もしかして警戒してる?大丈夫だって、女の子もいるよ?」

・・・警戒するに決まってる。よく知らない相手と相席なんて私には無理。

「ほら、同じ学校なんだしさ、もしかしたら見たことがあるヤツとかもいるかもしれないし、ちょっとだけ、おいでよ。」

杏に向かってそう言ってる。

制服の所為で、杏を同じ学校のコだと思ってるんだ。

ま、いいけど。

ずっと断っていたんだけど、その人と少し話をしていたら、

悪い人じゃないかも、って思いだして、

彼の言うとおり、女の子も居るっていうのなら、知ってるコが一人くらい居るかもしれない

席もないし・・・しょうがない

なんて、自分にそう言い聞かせて、ちょっと迷いながらも、その男の子の後に付いていった。

男の子が進んで行ったのは、お店の二階にある大きなテーブルが並んだグループ席。

大抵ここにはいつも杏と二人で来ているから、座るのは一階の二人がけの席ばかり。

二階に来るなんて滅多にないから、いつもとお店の雰囲気が違う。

「あっちだよ。右奥のテーブル。」

誘導されて進んだ先には、確かに私と同じ学校の制服を着た人達のグループがあって・・・

そのグループを見た私は、直ぐに回れ右をした。

一瞬だけ見ただけだけど、間違いない。グループの中には蕗の姿があった。

杏はそんな私の行動を不審に思ってか、コッチを見てくる。

「どうしたの?」って。

あたしは、小声で言う。

「蕗が居た・・・。」

「え!?うっそ!じゃあ良くない?一緒に座らせて・・・」

「やだよ!蕗に、この姿見られたら、絶対笑われる。

ホント、杏、許して。無理だから!恥ずかしくて無理!

お店出よう?袋貰ってドーナツ入れてもらうから、私先に行くね。杏、適当になんか言って出てきて。」

「え、あ、う・・・うん!」

今来た道を戻ろうとしたら、後ろから、聞きなれた声が飛んできた。

「アキ、何してんの?」

ピタ。その声に反応して、私の足が止まった。

紛れも無く蕗の声。

なんだか、ちょっと不機嫌?な、声・・・に聞こえなくも無い。

・・・って、ちょっと待って。気付くの早すぎじゃない?

もしかして、適当に言ってるだけだったりして?

聞こえなかったフリをして、歩こうとしたら、「オイ。」と強い声。

その声で、また立ち止まってしまった。

しまった。これじゃ、私だって認めてるようなもの。だから

「・・・人違いでは?」

そう、蕗から顔を逸らしたまま、声をちょっと変えて言ってみたけど、効果無し。

「何言ってんの?アキ。」

なんて言う、冷めた声が返ってきた。

私は諦めて、俯きつつクルリと回り、恐る恐る顔を上げた。

蕗はソファーの端に座っていて、腕を組んでこっちを睨むようにして見てくる。

やっぱり不機嫌だ。

「化粧したって、違う制服着てたって、分かるに決まってんだろ?」

淡々とそう言われ、こっちに来いとばかりに指で自分の前を指す。

私は、渋々蕗の前に立った。

「偶然だね。」

「ホントにね。」

相変わらず冷めた声で言うから、なんかヤなカンジ。

ふと、自分の方に向けられる多くの視線に気づく。

・・・なんか皆、私と蕗を交互に見てるみたい。

な・・・なんか、気まずい。

知ってる人なんて、蕗と・・・その隣に座ってる蕗の友達、佐渡影志しかいないし!

・・・あーっ、サワタリエイシのやつめ、笑ってる。ムカつく。

ここの席まで連れて来た男の子があっけらかんと言う。

「あれー?蕗と知り合い?じゃあさ、ちょうどいいじゃん。

ね、皆。席無いっていうから、連れてきちゃったんだけど、いいよねー?」

「いーよー。」

皆、肯定の返事をしてくれるんだけど、正直、こっちが良くないから!

「いや!いいの!邪魔しちゃ悪いし、帰ります!」

「邪魔じゃないって。蕗と知り合いなんでしょ?」

そう言って、その子が蕗と私を交互に指差す。

あー、うん・・・まぁ知り合いですけど。

なんて答えたらいいのかな・・なんて一瞬迷った隙に、蕗が横から口を出してきた。




「・・・知り合いっていうか、俺の彼女。」




それを聞いて、皆が黙りこくった。

目がテン。

そりゃそうだよね、目がテンにもなるよね。気持ちはすごくわかります。

蕗にこんな女が、なんて思ってんだよね。うんうん、わかる。

分かってるよ、蕗に似合わない女ってことくらい。

ため息を一つ吐いて、

蕗がこれ以上余計なことを言わないように、口を押さえようと、持っていたトレイを一旦テーブルに置いて・・・

と、

その時、蕗がイキナリ私をぐいっと引き寄せてきた。

うまくバランスを取れなかった私は、蕗の胸に倒れこんでしまう。

「ひゃぁっ!」

「アキさ、今日、杏ちゃんと遊ぶって言ってたじゃん。なんでこんなことになってんの?」

蕗は私を抱きかかえ、右太ももの上に座らせながらそんなことを言う。

「・・・えぇ?な、なんでこんなこと?意味がちょっとわかんない。」

「どうして、こんなカッコで、ヤマトについて来たのかってこと。」

「は?!」

ヤマトって何?宅急便・・・なわけないよね。

「杏ちゃんは?」

「あっち。」

あたしはそう言って、杏の方を見る。

すると、杏はにひひ、と笑って、手をひらひら振りながら「久しぶり、蕗君。」なんて言ってきた。

蕗は、私には見せなかった笑顔を見せて、杏に挨拶をした。

「変わったね。可愛くなったんじゃない?」

蕗にそう言われて、杏は珍しく照れて、「恥ずかしいなぁ。」って。

むぅ。

ちょっと、ムカついた。

なんで杏に、可愛いとか、そういった褒め言葉、さらっと言うの?

私には、言ってくれないのに。

・・・どうせ、可愛くないですよーダ。素直じゃないし。

なんだか、ちょっと不機嫌になって、ぷいっと、影志の横を見たら、

サワタリエイシが笑みを浮かべて「パンツ見えそ。」なんて言う。

私は慌ててスカートに手を当てて、

「バっ・・・バッカじゃない!!?」

そう言いながら思いっきりサワタリエイシを睨んだ。

「もう帰る。」

そう言って、立ち上がったら、蕗はちょっと席をずれて、サワタリエイシと蕗の席の間を開け、そこに強引に私を座らせた。

・・・挟まれて出られなくなった。

しかも、蕗、テーブルの下で私の右手握ってきて、放してくれないし。

「杏ちゃんも座りなよ。」

蕗にそう言われて、「はい、椅子」と誰かが用意してくれた席を足して、杏はお礼を言いつつ席についた。

「杏ちゃんとはね、同じ中学だったんだ。」

・・・そんな説明から始まり、蕗が杏を皆に紹介していく。

そしていつの間にか話は膨らみ、何だか盛り上がっていって、ちょっとあたしは疎外感感じちゃったりした。

本当は、蕗の友達なんだし、私も仲良くなりたいな、って思ったけど、どうもついていけなくて。

蕗の彼女、って紹介されたのに、彼女らしく振舞えなくて。

外見は蕗に似合わない女って思われるのはいいとしても、他の部分で好印象を持たれたいと思っていたのに、

全然愛想良く出来なくて・・・

そんな自分が本当に嫌になってきた。

多分、蕗の今までの彼女は、こうやって友達に紹介された時、可愛く振舞って、好印象をもたれたんじゃないかな、なんて想像してみる。

・・・自分で想像しておいてなんだけど、すごく気分が悪くなってきた。

ホントにもう嫌だ。

帰りたい。

なんでこんなに疎外感感じちゃうんだろう。

杏の高校の制服を・・・皆と違う高校の制服を着てるから?

イロイロと勝手に考えを巡らせてはみたものの、その状況が耐えられないほど嫌になって、

なんとか気を紛らわせようと、シェイクを手にし、ストローでちゅーっと飲んだ。

ドーナツを食べようとはしたものの、左手だけじゃ食べにくくて、断念する。

蕗、右手しっかり握っててまだまだ放してくれそうにないんだもん。

はぁ、と小さくため息をついていたら、ふと、横から視線を感じる。

見ると、サワタリエイシが頬杖をついてこっちを見てた。

「何?」

「いや、お前、化粧すると変わるんだなーって思って。」

「はいはい、どうせ化粧しても藍莉みたいに綺麗にはなれないですけどね。」

藍莉、ってとこだけは小さな声で言う。

だって、藍莉とサワタリエイシが付き合ってること、皆にはナイショだから。

脹れていたら、サワタリエイシは「バーカ。」って。

「バカ!?確かに私はあんたよりバカですけどねぇ・・・」

「そういうこと言ってんじゃねーの。オマエは・・・まぁ、綺麗より可愛いってカンジじゃねぇの?

てか、それ以前にさ、人と比べンなって。」



あたしはサワタリエイシのセリフに一瞬ドキっとした。

か、可愛いって・・・言われた。

人と比べンな、って、励まし?

こいつ、優しいの・・・かな。

そう思ってちょっとぼーっとしてたんだけど、

「オマエさー・・騙されやすいっていうか・・・見ててアブナイ。蕗も心配するわけだな。」

そんなことを言われて、カチンと来た。

「すっごい失礼!騙されやすいなんて!あたしこれでもしっかりしてきて・・・」

「・・・しっかりしてないから。全然。」

サワタリエイシは、しれっとそう言い、アイスコーヒーをコクっと口に入れた。

何この態度!ムカつく!

さっき一瞬でもコイツにドキっとした自分が恥ずかしい。

「信じられない。みんな、こいつのどこがいいんだろ。」

小さく呟いたつもりが、聞こえてたらしく、サワタリエイシは、頬杖を付きながら冷めた目でコッチを見る。

「そりゃ、オマエみたいなオコチャマにはわからないトコだろ。」

「オコチャマ!?」

「そうそう、オコチャマ。」

そういうサワタリエイシに腹が立ちすぎて、ほっぺたでもぎゅーってひっぱってやろうかと思って手を挙げたら、

その手を蕗に掴まれた。

「ストーップ。」

「なんで!」

「なんででも。影志も・・・あんまアキをいじめンな。」

蕗にそう言われて、サワタリエイシは急に二ヤっとした顔になった。

「コイツ面白いんだもん。」

お・・・面白いって!

あたし、からかわれてた?

もう帰りたいよ。こんなトコに居ても楽しくない。

「と・・・トイレ行ってくる。」

そう言って、席の外に出してもらい、のろのろとトイレに行く。

本当はトイレに行きたくて来たわけじゃなかったから、ただ手を洗って、鏡を見た。

なんて顔、してんだろう。

私、最低だ。

全然可愛くないし。

愛想よく出来ない。

杏みたいに、盛り上がっている話の中に入ってくことも出来ない。

いくら化粧したって、制服交換したって別に中身が変わるわけじゃない。

それなのに、私は疎外感を感じた理由を“皆と違う高校の制服を着てるから”なんて思っちゃった。

そんなの、違うのに。

疎外感感じたのは、私がその場の雰囲気に馴染もうと努力しなかっただけなのに。

杏は、その場の雰囲気に馴染もうとしたから、あんなに違和感なく皆と話すことが出来たんだと思う。

そういえば昔、杏に聞いたことがある。

私が杏が羨ましくて、「杏は人見知りしなくていいね。」って言ったら、

杏言ってた。

「あたしだって人見知りするよ。初対面の人と話すのって緊張する。でも、勇気を出して話すことにしてるんだ。

ちょっと勇気出すだけで、あとは自然に話しができるようになるし。

ずーっと緊張して何も話さないより、ちょっとの勇気出すだけで話せるようになるなら、そっちの方がいいでしょ?」って。

私、それを聞いて杏ってすごいな、って思った。

そっちの方がいいでしょ?って言ったって、私には簡単にマネ出来ない。

あぁ、杏と制服交換したとき、中身も交換出来たらよかったのにな。

・・・なんて、出来もしないこと、バカみたいに考えたりした。

もうホント帰りたい。

・・・帰っちゃおうかな。

荷物は蕗に頼めば持って帰ってきてくれるだろうし、杏の制服は明日休みだから明日帰せばいいだろうし。

ポケットに唯一入ってる携帯に手を伸ばし、二人にメールをしようと、メールを作りながらトイレから出たら

人とぶつかった。

「すみませんっ!」

相手の顔も見ずにそう言う。

あたしは人にぶつかってばっかりだ。

もういい加減、学習して・・・なんてボーっとしてたら、その人に携帯を持ってる方の手を掴まれた。

へ?

そう思って、顔を見上げると、蕗だった。

「何してんの?」

「なに・・・って。」

メール、って答えようかと思ってたら

携帯の画面を見られて、「俺にメール?」って言われた。

アドレスが蕗のだから、否定のしようもない。

本文はまだ書いてないから、言い訳利くといえば利くけど。

・・・なんで言い訳しようとしてるんだろう。

後ろめたいことしてるわけじゃないけど。・・・してるのかな。

「メールしなくても此処にいるでしょ?聞くからドウゾ。」

ドウゾって・・・。

腕組みされて、そんな態度で言われると、言いにくいのが更に言いにくくなる。

それにしても、蕗・・・何で怒ってるんだろう?

疑問を抱きつつも、ぼそぼそとメールしようとした内容を伝えた。

「あ、の・・・。あたしの荷物を持って帰ってくれない・・・かな。」

俯いてそう言ったから、蕗の表情は分からない。

でも、ちょっと怒り気味?の声で「なんで?」って、言う言葉が返ってきた。

「先に帰るから。」

そう言ったら、蕗は大げさにため息を吐いた。そしてぽつりと一言。

「・・・なんで俺から逃げんの?」

それを聞き、私はとっさに顔を上げて、慌てて否定する。

「別に逃げてるわけじゃないよ!」


私は昔、蕗から逃げたり、避けたりしたことによって蕗を傷つけたことがあった。

もう二度と、蕗を傷つけない。

嫌な思いをさせない、って思ってたのに。

私の態度は、また、蕗に嫌な思いをさせてしまったみたい。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。ただ、さっきは・・・恥ずかしくて・・・。

蕗、気付いてないと思ってたし。。

蕗が嫌とか、そういうんじゃないから。

私、蕗のこと、ホントに好きだもん!」

恥ずかしいけど“好き”という言葉をハッキリ口にした。

思ってることを素直に伝えると蕗、喜ぶし。

口にした言葉は、偽りの言葉じゃないって信じて欲しくて、蕗の制服をぎゅって握ってじーって蕗の顔を見つめた。

顔が熱い。多分、赤くなってると思う。

でも、蕗にちゃんと信じて欲しいから、頑張った。

そしたら蕗は怪訝そうだった顔を和らげて、わかった、と言って、私の頭を撫でた。

私は、蕗の向けてくれた優しい笑顔と、頭を撫でられたことで、胸がいっぱいになった。

「帰るなら一緒に帰るよ。」

ぎゅっと手を握られて、私もぎゅっと握り返す。

「杏ちゃんはイイの?一緒に帰らなくて。」

「・・・楽しんでるみたいだから、先に帰ろうかな、って思って。

メールすればいいよね?」

私がそう言うと、蕗は首を横に振る。

「駄目。顔見てちゃんと言ってきな。」

私は、元の席に戻ることを考えると、嫌な気分になった。

「・・・あそこ行きたくない。」

そうぽつりと零した言葉を、蕗は聞き逃さない。

「俺の友達キライ?だから帰りたいの?」

私は慌てて首を振る。

違うよ、って。

「そうじゃない・・。あたしあの中で絶対浮いてるから・・・。

蕗の彼女、って知られたなら、感じのいい子に思われたかったのに、愛想良く出来ないし・・・

なんかもう自分が嫌になっちゃって。」

蕗と手を繋いでない方の手を額にあて、俯く。

ごめんね、蕗。恥ずかしいよね、こんな彼女で。

そう思っていたら、蕗がそっと私の頭を包み込んだ。

「そんなこと、思ってたんだ・・・。」

普通にしてていいんだよ、って蕗は言ってくれた。

「蕗・・。」

「彼女って紹介する以前に、もう皆、俺等が付き合ってんの知ってたんだし、今更飾る必要なんてない。」

私はそれを聞いてビックリする。

だって、そんなの初耳。

付き合っているのをもう既に知られてた?

蕗と一緒に登下校する姿を見られても、休み時間に会ってる姿を見られても、

それは中学の時と同じで、周りから見れば、私達はタダの友達に見える、って勝手に思ってたから。

そりゃ・・・ふざけて蕗が抱きついてくることもあったけど・・・

でもでも!人前では手を繋がないし、当たり前だけどキスしてる姿だって人に見られたことないんだから、付き合ってる、なんて分からないと思ってたのに。

顔を思いっきり逸らして蕗の顔を見る。

「なんで知ってるの?」

私の問いに対し、蕗は呆れ顔。

「何を今更言ってんの?俺、皆に言ったし。っーか、言わなくてもバレバレでしょ。」

「うそ。じゃあ、なんでさっき皆驚いてたの?蕗が「俺の彼女」って言った時、明らかに皆、目がテンだったよ!」

私がそう言うと、蕗は少し苦笑して言った。

「それはアキがいつもと違うカッコしてるからでしょ。

さっき、アキがトイレに立った時、皆が『ホントに湯口さん?』って聞いてきたよ。

っーか、なんで制服交換なんてしてんの?いつもそんなことしてたの?」

それを聞いてバッと蕗から離れる。

「してない!今日が初めてだよ!」

「俺あんまりそのカッコして欲しくないんだけど。」

え?

蕗が呟いた言葉に唖然とする。

蕗、短いスカートとか好きなハズなのに!

私、知ってるんだよ。

蕗の部屋にあった雑誌見たもん。雑誌の女の子は皆、短いスカート履いてたり、際どい服着てた。

『アキはスカート履かないの?制服以外見たことない。』

そう言われて、蕗が私の、制服以外のスカート姿見たいって思ってるのを知ったけど、

なんだか恥ずかしいし、着慣れないから緊張するしでスカートを履くことはなかった。

でも、次に二人で出かけるときは、スカートで、って心の中で決めてたんだ。だからって、こんな姿を見せたかったわけじゃないんだけど。

「蕗・・・制服以外のスカート姿見てみたそうだったじゃん。」

そう言うと、蕗は驚いたように言う。

「え?あー、それはそうだけど・・・。でも、杏ちゃんの制服でスカート姿、っていうのは嫌だな。」

「な、なんで?」

聞き返したら、蕗の様子がちょっと変になってきた。

「・・・イロイロあんの。」

蕗が頭をガシガシ掻いて、気まずそうに目線を逸らす。

色々って何?そう言われると気になる。

「何?言って。」

覗き込んでそう言うと、蕗は子どもっぽい顔で、ぽつりと言った。

「・・・アキが違う高校に行ったみたいでヤなんだよ。」

私はそれを聞いて、びっくりした。

そんなこと、思ってたの?

そんな蕗がちょっと可愛く思えて「バカ・・・。」っていいながら、笑った。

そしたら、蕗は少しむっ、として・・・でも直ぐにいつもの余裕のある態度を取り戻して言ってきた。

「その短いスカート、パンツ見えそうなんですけどー。それは見てください、って言ってるわけ?」

私は慌ててスカートを手で押さえる。

無駄だってわかってはいるんだけど・・・。

「・・・誰かに声掛けられて、そのままフラフラ〜っとついていかないでよね。」

「なっ!何それ!」

「だってヤマトについてきたでしょ。」

ヤマトっていうのは、さっき声掛けてきた人のコトだったらしい。

さっき、蕗の友達が“ヤマト”って呼んでたの聞いて知った。

「あれは・・・ついていったっていうんじゃなくて・・・その・・・。」

「何?」

言い分があるなら言え、と痛いくらい伝わってくるけど、ウマク言えなくて・・・。

「杏だって居たし・・・。」

「杏ちゃんが居れば知らない男についてってもいいって言うの?」

「そんな言い方しなくたって!・・・というか、心配しなくたって何も無い。どーせ、あたしは杏みたいに可愛くないですしー。」

「何言ってンの?」

「蕗だってそう思ってるくせに。杏には可愛いとか言うもんね。」

そっぽを向いたら、直ぐにクイっと顎を掴まれ、蕗の方へ顔を向き直された。

「さっき杏ちゃんに言ったから?アキにはいつも言ってるじゃん。」

「言ってません。」

「可愛いって言って欲しかったの?」

「違うよ。そう言うことを言ってるんじゃなくて!」

「アキは可愛いよ。今更言わなくたって分かってることじゃん。」

そんなことサラっと真顔で言わないで。言われたら言われたで恥ずかしいし。

「・・・つーか、いい加減自分で自覚して。アキはね、アブナイの。」

「それ、サワタリエイシにも言われた。何でそう言うこというの?あたしこれでもしっかりしてきてる!

さっきだってね、ちゃんと警戒してたの!」

「警戒・・・ね。」

急に視界が暗くなった。

イキナリ蕗が、私を壁に押さえつけ、上から見下ろす形を取って店の蛍光灯の光を遮ったからだ。

「ちょっ・・・と・・・。」

何すんの・・・。

そう言おうとしたら、急に真剣な蕗の顔が近づいてきて・・・反射的に顔を逸らしたら、耳元で言われた。

「どうするの?こうされたら。」

押さえつけられた両手が動かない。

力・・・強い。本気?

「警戒してたって言ったって、男の力って強いんだよ。押さえつけるなんて簡単。」

そう言われたら何も言い返せない。

押さえつけるなんて簡単、なんて経験済み。

今までに何度蕗に押さえつけられたか・・・。

力強いから押しのけられないし。

・・・押さえつけられたら次に来るのはキス。

分かってる。

ホラ来た。

思ったとおり、蕗が唇を重ねてくる。

こんなトコで、なんて嫌なのに。

苦しくて、涙目になる。

ふっと手の力を緩めたその一瞬に、蕗は私の両手を片手で掴んだ。

そして、空いた方の手で・・・

その時、蕗の後ろから、声が聞こえてきた。

「そんなとこで盛ってんじゃねぇよ。」

サワタリエイシの呆れたような声。

蕗はゆっくり唇を放し、嫌そうに後ろを振り向いた。

私は恥ずかしくて顔向けられない。

見られた?見られた?

よりによってサワタリエイシに・・・。

「何だよ。」

蕗は不機嫌な感じ。

「そろそろ移動しよっかってなってンだけど。オマエどーする?」

「行かないー。」

「そうだと思った。明菜も、だろ?」

「う・・ん。」

「じゃ、友達どうにかしろ。彼女、困ってんゾ。」

サワタリエイシの後ろから、杏がおずおずと顔を覗かせる。

杏・・もしかして見てた!?いやぁー!

杏は気まずそうに、「き・・着替えよっか?」と提案してきた。

私は、それにただ頷いた。



トイレの個室に二人で入り、着替えを済ませる。

私も・・・だけど、杏は何も言わなくて、なんだか少し気まずいかんじ。

でも、いつまでもこの空気を続けたくない、という思いもあって、勇気を出して話かけた。

「み・・・見てた?」

すると杏は少し恥ずかしそうに笑って

「蕗君に明菜が隠れてたから、はっきりとは・・・。でもまぁ・・何があったかなんとなく想像出来る・・・かな。」と。

それを聞いて、もう私は恥ずかしくて思わず顔を覆わずには居られなかった。

今すぐ杏の頭からさっきの記憶を削除して欲しいって、切実に願う。

杏は、そんな私を見てか、声を出して笑った。

その後、すぐに個室から出て、鏡の前に二人で立つ。

お互い、いつもの姿。

・・・まぁ、化粧をしてるし、いつもの、っていうのとちょっと違うかもしれないけど、

取りあえず、制服は自分のモノに戻った。

鏡を見ながら、杏がぽつりと言う。

「もうちょっとあのままで居たい気持ちもあったけど・・、やっぱり私はこっちの制服がいいか。」

自分に言ってるみたい。

なんだかいつもの杏とちょっと雰囲気が違くて、しゅんとしながら、今度は鏡越しに私と目を合わせて言った。

「制服換えても、中身が換えられるわけじゃないんだよね。

私・・・明菜が羨ましくてさ、レベルの高い高校行けて、彼氏が居て、って・・・

それを、ちょっとでも味わってみたかったんだ。

でも、なんか違うって思った。違和感すごい感じちゃった。ごめんね、わがまま言って。」

謝られて、慌てて首を振る。

「いいよ別に。私だって、杏が羨ましくて、杏の制服着てみたい、って思ったことあったし。

杏の学校好きだし・・・友達だって・・。杏と同じ学校に行ってれば良かったな、って何度も思ってたし。」

それを聞いて、杏は微笑んだ。

「良かった。」と。

そして急にいつもの元気な杏に戻り、言った。

「明菜さ、もうちょっとスカート短くすれば?蕗君喜ぶよ、きっと。」

喜ぶ・・・。

蕗、短いスカート好き・・・だもんね。

意を決して、さっき杏がしてたみたいに、ウエストの部分を数回折った。

「み・・短いかな。」

杏に訊ねると、杏は笑って首を振る。



トイレから出ると、そこには蕗が壁に寄りかかって待っていた。

「ごめんね、待たせちゃって。」

杏は蕗にそう謝った後、「じゃ、またね!」と直ぐに手を振りつつ、お店を出て行った。

残された私は、なんだか慣れない自分の制服での短いスカートにドキドキしつつ、

蕗の制服の裾をちょっと握り、

「蕗・・・スカートこのくらいが・・好き?」

そう、窺うように訊ねた。

蕗は、「え・・?」と言いながら、口元に手を当て、目を逸らした。

ガンっ。

目・・逸らすなんて。

俯いて、あー失敗したと、自分の行動に後悔する。

「戻してきます・・・。」

蕗の目の前で、上着を捲ってスカートを元に戻すなんて恥ずかしいから、

トイレに戻って直してこようと、Uターンした私を蕗は慌てて止めた。

「別にいい!」

「え?」

「帰ろ。早く帰りたい。」

蕗がそう言うから、わかったと頷いて、蕗に手を引かれて帰路につく。

それから何があったかは・・・

ご想像におまかせします。







END




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