「湯口さん!」
そう言われて振り返ると、小柄な女の子が一人、長い三つ編みをゆらゆら揺らしてこっちに走ってきた。
「追いついた」
ちょっと息を整えながら、そう小さく呟いて、顔を上げ、ニッコリと「おはよう」って言ってきた。
彼女の名前は、山科桃香さん。高校に入学して一番最初に出来た友達。
私も山科さんの笑顔に釣られてにっこり微笑んで、挨拶を返す。
おはよう、って。
春。
私は、念願の志望校に入学した。
家から歩いて20分ぐらいの近い学校。
私の成績では難しいかもって言われていたけれど、なんとか受かった。
ここは、蕗が目指していた学校でもある。
『蕗』
その言葉をどれくらいの間、口に出して言っていないんだろう。
中学のとき、昇降口で私が一方的に喚いてからというもの、蕗とは言葉を交わすことなく、目も合わさなくなった。
今だって、同じ学校に通っているというのに、一度も言葉を交わすこともなく、目も合わさない。
本当は、もうずっと前から、自分の言った言葉に後悔し、早く謝って元の関係に戻りたいって思っているのに
蕗なら、心を込めて謝れば許してくれるって、分かっているのに、
なかなか行動に移すことが出来なくて、その結果、ずるずると延ばして今に至っている。
ぼんやりとしていたら、山科さんが「大丈夫?」って声を掛けてきた。
はっとして、慌てて言葉を返す。
「大丈夫。ちょっと寝不足で・・・ぼーっとしてただけ。」
「寝不足?予習してたとか?」
「違う違う。本読んでたら続きが気になって、結局最後まで読んじゃったから・・・。」
「私もそういう時あるよ。」
そんな他愛無い話をしていたら、教室に入る前、廊下で、蕗の姿を見かけた。
いつものように廊下の窓のところに寄りかかって、友達と話していた。
同じクラスじゃないけど、蕗は隣のクラスで、しかも友達と廊下に居ることが多かったから、ほぼ毎日のように見かける。
蕗は、いつもきまってある男の子と女の子と一緒にいる。
男の方は入学する前から知ってた。だってその人、蕗が小学校の時からずっと仲良くしてた人だったから。
名前は佐渡影志。
もう何度もその人の名前を蕗の口から聞いていた。エイシ、エイシって。
写真を見ても、いつも、そのエイシってヤツが蕗と一緒に映ってたから、嫌でも覚える。
正直言って、私はこのエイシってヤツが嫌い。
蕗と遊ぶのを邪魔されたことがあったり、何度か会ったとき、偉そうな態度でムカついたし。
今、思えば、自分より蕗と仲良くしているエイシってヤツに嫉妬してたから、っていうのもあったかもしれないんだけれど。
女の子の方はよく知らない。
蕗が『マイ』って親しそうに呼ぶから、名前だけは何となく知ってたりする。
エイシってヤツも、その子のこと『マイ』って呼ぶから、もしかしたどちらかの彼女なのかもしれない。
蕗は、とっくの昔、彼女と別れていたし。
・・・うわ。嫌なこと思い出した。
気分悪い。
「湯口さん?どうしたの?」
「え?」
「知り合い?」
山科さんが、蕗をちらりと見て、聞いてくる。
もしかしたら、蕗の隣にいるエイシってやつを指して言ってるのかもしれないけど。
「ううん・・・。」
小さくそう否定して、教室に入る。
本当は蕗のこと、幼馴染なんだ、ってハッキリと言いたかった。
小さい頃からよく一緒にいたんだよ、って。キョウダイみたいに育ったんだ、って。
でも、今の私には、そんな風に蕗とのこと語れる資格がないと思ったから、言うのを止めた。
「よくあの人たち見てるから、知り合いかと思ってたけど、違うの?」
「・・・見てた?」
「よく、目で追ってる気がしたけど?」
山科さんて、洞察力あるんだ・・・。
侮れない。
「ゆ・・・有名な人だから見てただけ。ほら、クラスの子がよくカッコいいって噂してるし。」
それは本当のこと。
佐渡影志は、入学当初からカッコいいと有名だったし、蕗も今まで近くに居すぎていたから分からなかったけれど、結構モテるらしい。
「湯口さんも好きだったりするの?」
「ま!まさかっ!違うよっ!!」
否定しつつも、焦ったり顔が熱くなったりしてたから、そういった態度ですぐにそれが嘘だってバレたかもしれない。
・・・でも、蕗のこと、本当に好きなのか自分でも良く分からなくなってきていたりするんだ。
本当に好きだったら、蕗に一緒にいるのがイヤだなんて言わなかったと思うし、彼女がいたとしても好きだって言うと思うから。
私は嫉妬するばかりで、自分の気持ち、思ってること何も蕗に伝えてない。
いつからだろう、素直に蕗に何も言えなくなったのって。
意地張って、思ってることと反対のこと言っちゃって・・・。
こんな自分、だいっきらい。
もっと素敵な、蕗が好きになってくれるような女の子になりたいよ・・・。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||