結局、あの後、「蕗を取ろうなんて全然思ってないから、安心して。」なんて言った後、適当な言葉をいくつか続けて、教室に逃げ込んだ。

教室に入るなり、杏が不安そうな顔で何か言ってきたけど、何を言っているのか、全く耳に入ってこない。

杏が口をパクパクしてるのをしばらく眺めた後、「帰る。」って一言言って家に帰った。

家に帰るなり私は、すぐにお風呂を沸かし、お風呂場に篭った。

何も考えたくない。

何もかもが嫌になった。



翌日学校に行くと、席に座るなり、隣の席の男子が「なぁなぁ、」と声を掛けてきた。

コイツは、いつも私のことをからかってくるから、好きじゃない。

どうせ、また何か私の気分を悪くさせることを言ってくる気だと思う。

無視して、鞄をゴソゴソ弄っていると、

「おまえ、昨日山崎エリを泣かせたんだって?」

なんて、からかうように言ってきた。

それを聞いてカチン、ときた。ムカついた。

でも、ムキになって声を荒げて反応したら、ヤツの思う壺だって、今までの経験上分かっているから、極めて冷静を装って静かに言う。

「泣かせてない。」

「じゃ、なんで山崎エリは泣いてたんだよ?目撃者結構いるって話だけど?」

なんで泣いたか、なんて私にも分からない。

ただ、蕗と私は友達だ、と言っただけだったハズ。

昨日の事なんて、考えただけで気分が悪くなるから、出来れば思い出したくもないんだけど。

「・・・なんで無言なんだよー。何か言えよー。

皆、オマエが山崎エリに嫉妬して、苛めてたって言ってたぞ。」

「な・・何それ!苛めてなんか無い!!」

くやしいけど・・・嫉妬してるのは事実。でも、だからって苛めたりなんか絶対にしない。

「もうやだ・・・。」

これからも、ずっとそんな風に言われるのかな。

やだなぁ・・・。

なんか、頭痛くなってきた。

ガンガンする。

こめかみの部分を人差し指で強く押してみるけれど、相変わらず頭は痛いまま。

こんな状態じゃ、勉強なんて出来ないよ・・・。

家に帰りたい。

「私・・・具合悪いから、帰る・・・。」

「え?オイ!!」

鞄を掴んで、ふらふらと俯きながら廊下に向かって歩きだす。

でも、廊下に出るよりも前に、硬い誰かの胸に突っ込んでしまった。

ごめん、と相手の顔も見ず、直ぐに謝ると、上から聞きなれた声が降ってきた。

「ナニふらふらしてンの?」

蕗・・・だ。

謝ってソンした。てっきり、ウチのクラスの誰かかと思ったのに。

「・・・帰るからどいて。」

冷たくそう言い放ち、蕗を押しのけて、廊下に出る。

「来たばっかなのにもう帰るわけ?」

「具合悪い・・・の。」

そう言った途端、蕗は後ろから手を伸ばして、私の額に手を当てた。

「熱・・・ちょっとあるかもしれないな。」

蕗に触れられた部分に全神経が集中しているようで、おかしくなりそう。

触るのはホントやめて欲しい。蕗が好きだってこと、一瞬にしてバレそうになるから。

「・・だ、大丈夫だから!」

蕗の手を退かし、素早く蕗から離れる。

そして、足早に昇降口に向かって歩き始めた。

チャイムが鳴り、SHRが始まる。

廊下にはもうほとんど人が居ない。

それなのに、蕗は何故かずっと私の後をついて来る。

昇降口に来て靴を履きかえようとしても、蕗はまだついて来ていて、

私が靴を履き替えると、自分も靴を履き替え始めたから、驚いた。

「何で、蕗も靴履き替えるの?」

私がそう訊ねたら、キョトンとした顔で、

「え?だって、上履きのままじゃ、帰れないだろ。」

なんて言う。私は呆れて、

「何で、蕗も帰るの?」

蕗が帰る必要ないでしょ?という意味を込めていってみたところ、

「アキがちゃんと帰れるか心配だし。」

なんていう言葉が返ってきた。

それを聞いて、やっと理解した。送ってくれるつもりだったんだ。

でも、そんなのしなくていい。

「心配しなくてもいい。ちゃんと帰れるし。」

「でも・・・」

「いいって!!」

思わず大きな声が出てしまった。

それを聞いてか、蕗は一瞬悲しそうな顔をした。

一緒に帰ろうという誘いを断ったときと同じような顔を。

それを見て、直感でヤバイって感じたから、落ち着いた声で言い直す。

「いいから・・・。もう教室戻りなよ・・・。」

蕗を見ないようにして、帰ろうとしたら、いきなり蕗に左腕を掴まれた。

「・・・なんでそんなに避けるワケ?

最近ずっとじゃん。アキ、俺のこと避けてる。

俺が気づいて無いと思った?」

「避けてなんか・・・。」

目を合わせていたら、動揺がバレてたと思う。

もしかしたら、“避ける”というフレーズに僅かに反応したことで、もうすでにバレてるのかもしれないけれど。

「避けてるよ。俺、何かした?」

「・・・。」

蕗は何もしてない。

ただ、私が蕗と一緒に居るのが苦しくなっただけ。

蕗と居ると、必ずと言っていいほど、彼女の影がチラついて、嫉妬して・・・

そんな醜い姿を見られたくなかったの。

でも、そんなこと、口に出して言えないよ。

どうしていいか分からず、無言になるしかない。

そのとき、

「うわっ!」

遅れて登校してきたと思われる女の子がこっちを見て、小さく声を上げた。

蕗は掴んでた手をやっと放してくれて・・・その女の子に声をかけた。

「おはよ。」

「け・・・んもち君?おはよ。」

知り合い?蕗と同じクラスの子かな?見たことある気がするし。

その子は、蕗のクラスのエリアの靴箱で、靴を履きかえる。

やっぱり、同じクラスの子だったんだ。

「あまりにも静かだから人が居るなんて思わなくてビックりしたー。」

その子はそう言いながら、蕗と私を交互に見る。

・・・なんとなく、私の方を見る目がコワイ。

私のこと、嫌ってる?・・でもなんで?理由が分からない。初めて会ったっていうのに。

蕗は、そんな様子を気にするわけでもなく、

「こっちもビックリした。遅刻なら走ってくるはずなのに、音聞こえなかったし。」

なんて、淡々と話す。

「・・もう諦めてるからさ。どうせ遅刻なら、走る意味なんて無いし。ダルいし。

で、剣持君はナニやってんの?彼女と仲良く登校?」

私のことをちらりと見やり、そんな風に言う。

皮肉な言い方。

蕗の彼女が私じゃないって知ってるくせに。山崎エリと同じクラスなんでしょ?

「いや、登校じゃなくて下校。丁度いいや、俺、遅刻って先生に言っといて。」

蕗は特に顔色を変える様子もなく、やはり淡々と話す。

相手の子は、それが気に入らないのか、眉間にしわを寄せて

「なんで下校なわけ?」

って、怪訝そうに訊ねる。

「アキが具合悪いから送ってくる。」

蕗がそう言ったと同時に、その子は怒りを露にし始めた。

「何で?なんで剣持君がそんなことするの?意味わかんない!

そういうことやめたら?だからエリが気にするんじゃん。」

それを聞いて、初めて蕗が、意外だと言えるべき表情を見せた。

「エリ・・が?」

「・・・二人の事、すごく気にしてる。

周りから見ると、二人の方が付き合ってるみたいに見えるから。

でも違うんでしょ?違うんだよね?

だったらエリのこと、もっと大切にしてあげてよ。

そんなんじゃ、なんで付き合ってるのか、わからないよ!!」

そう蕗に早口で一気にまくし立てた後、矛先は私に向けられた。

「あなたも・・・オカシイって思わないの?

剣持君、エリの彼氏なんだよ?友達にしては行きすぎてるって、思わないの?

これ以上エリを苦しませるの、やめて。

エリが可哀想!

嫉妬するのは勝手だけど、だからってエリ苛めるなんてサイテーだよ!!」

「苛めてなんかない!苛めてなんか!!」

まただ。またその言葉。

なんでそんなこと、言われなきゃいけないの?

どうして・・・、どうして私ばっかりこんな目に遭うの。

悔しくって、情けなくて、涙が零れた。

泣いちゃ駄目って、頭の中では分かっているのに。

感情がコントロール出来ない。

「やめろよ。アキは関係ないだろ!」

蕗に一喝されて、その子は走ってその場を去る。

・・・悔しい。

・・・悔しいよ。

ぽろぽろと涙が零れる。

「呼び出しされて、泣かれて、苛めたって噂されて・・・

もうウンザリ!

なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないの!?

蕗と幼馴染だから?

そんなんだったら・・・

そんなんだったら、蕗と幼馴染になんてなりたくなかったよ!!」

私がそう叫ぶと、蕗は何も言わず、ぐっと私を引き寄せて、抱きしめた。

そして、耳元で、「ごめん。」と。

私は、そんな言葉聞きたくなかった。謝って欲しいわけじゃなかった。抱きしめて欲しかったわけでもない。

もがき、蕗の胸を両手で押し遣る。

「放してッ!もう・・・もう蕗と一緒にいるのイヤなの!」

私がそう言った瞬間、蕗はゆっくりと私を解放した。そして、今まで見たことないくらい悲しい顔を見せた。

傷ついたっていう顔。

その顔を見て、私は胸が締め付けられる思いがした。

そして

蕗はもう一度「ごめん。」と一言だけ言い、その場から離れた。

残された私は、蹲り、ただ泣いていた。

それが、長い絶交の始まりとなる。






  


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