「そうだ。俺、今日告られたんだー。」
突然言われて、一瞬、なんて言われたのか理解が出来なかった。
学校の帰り道、いつものように蕗が私のクラスまで迎えに来て、一緒に帰っていた。
部活を引退してからは、クラスが違えど、二人とも帰る時間が殆ど同じだから、頻繁に一緒に帰るようになっていた。
あと少しで家に着くという時、急に蕗が思い出したように言ったのだ。
告白された、と。
ビックリして、言葉を失った。
「アキ、聞いてる?俺、告られたの。同じのクラスの山崎ってコに。付き合ってください、って。」
聞いてる。何度も言わなくてもいいって。
「返事、どうしたらいいと思う?」
どうしたらって・・・そんなの聞かれても。
「・・し・・知らない。自分で決めたら?」
何て言ったらいいのかよく分からなくて、やっと浮かんだ言葉がこんな言葉。
すると蕗は少し間を置いて、「アキはさ、俺が誰かと付き合ってもいいと思ってる?」って聞き返してきた。
蕗が誰かと付き合う?
・・そんなの、いや・・・かも。
なんでかよく分からないけど、とにかくヤダ。
でも、そんなの口に出して言うのなんて、恥ずかしいし、ワザと平気なフリをして、蕗の顔も見ないで答えた。
「付き合いたいなら付き合えばいいんじゃないの?それは蕗の好きでしょ。私がとやかく言うことじゃないじゃない」って。
すると蕗はまた少しの間を置いて、「あっそ。分かった。俺、付き合っちゃうからな。」って言ってきた。
蕗のその言葉を聞いて、少し呆然としてしまった。
付き合う・・の?蕗が・・・女の子、と?
嘘でしょ?
そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
だって・・・だって、そんなこと、ありえない。
当然、断るものだと思ってた。
蕗が、そのコを好きだ、なんて聞いたこともなかったし。
よかったね、とか言うべきだったかもしれないのに、その一言が中々言えなくて「じゃあね。」と言ってパタンと勢いよく玄関のドアを閉め、家に逃げ込んだ。
家の中に入った私は暫らく玄関から動けないでいた。
呆然としちゃって、泣きそうになった。
・・・何で私、こんなに泣きそうになってるんだろう。
・・・何でこんなに嫌な気持ちになってるんだろう。
階段を上り、自分の部屋に戻っても、何もする気になれなくて、ボーっとしていた。
ふと、棚に閉まってあったアルバムに手を伸ばしたら、一気にバラバラとアルバムの束が落ちてきた。
散乱したアルバムたちを見て、情け無い気持ちになりつつも、ひとつひとつアルバムを集めていく。
ふと、その一冊を開くと、そこには蕗と私の子どもの頃の姿が納められていた。
3歳ぐらいかな、砂場で一緒に遊んでいる写真。
一緒にお昼寝している写真。
海で遊んでいて、二人して海水を飲んじゃって、大泣きしている写真。
他にも数え切れないほど、蕗と一緒に映っている写真があった。
大きくなったんだな、なんて、一枚一枚眺めながら、思い出に浸って、なんだか目に涙が滲んできた。
やめよう、もうアルバム見るのオシマイ。
そう思って、片付けようとしたら、急に左手の人差し指に痛みを感じた。
どうやらアルバムの淵で指を切ってしまったらしい。
たいしたことはないって思ったのに、結構深く切ってしまったらしくて、血がすぐに傷口の上に丸く盛り上がり、やがてそれがフローリングの床に落ちた。
ぽた、ぽた、と。
茶色のフローリングの板に、斑点が生まれた。
あ、どうしよう。
そう思いつつも、どこか他人事のように思えて、傷口を眺めるだけで、何かしようとは思わなかった。
そのとき、蕗がいつものようにノックも無しに、いきなり部屋のドアを開けてきた。
ビクっとして、蕗の顔を見上げると、何故か蕗の顔が見る見るうちに顔面蒼白になっていって・・・
蕗がいきなり、私の左手を掴んで自分の口元に持っていった。
そして
私の指 を口に含んだ。
「ち、ちょっと・・・っ。」
やだ、何やってんの、って言いたかったけど、反対に蕗に言われてしまった。
「何やってんだよ。」と。
「あっ・・・アルバムで・・・切っちゃって・・・。」
蕗に対して妙にドキドキしちゃって、蕗の顔がマトモにみれない。
「オマエの悪い癖。自分の怪我なのに、他人事みたいに思うトコ。」
さすが蕗。分かってる。
私は怪我をしても、それを自分のことと思えなくて他人事のように傷を眺める癖がある。
「待ってろ。今、救急箱取ってくるから。」
そう言って、蕗は階段を急いで降りていった。
・・・やだ・・・まだ蕗の 、の感触が残ってる。
・・・心臓がバクバクして、脈がちょっと速くなっちゃってる気がしなくもない。
耳がスゴク熱くて、
頬も熱くなって、
・・・やだ、何か、オカシイんだけど。
暫らくして、蕗が救急箱と共に戻ってきて、傷の手当てをしてくれた。
傷の手当てをされてる間もやっぱりドキドキしちゃって、それを沈めるために、数学の公式とか必死に思い出してたりした。
数学の公式とか、勉強の事を考えていたら、自然とドキドキは収まっていく。
「これでよし、っと。・・・アキ?」
「あっ、うん。ありがとう。」
「何考えてた?」
「あっ、えと、もうすぐ模試だなーって。」
「模試・・・ね。」
何故かイライラした様子で、乱暴に救急箱に、出したものをしまいだす。
そして、じゃあな、って言って、直ぐに部屋から出て行ってしまった。
・・・何しに来たんだろう?
意味がわからないんだけど。
ベッドにバタ、っと倒れこみ、蕗が手当てしてくれた左手の人差し指を見つめた。
ガーゼをあてて、包帯でグルグルまきにされたから、たいした怪我じゃないのに、大げさに見える。
「・・・大げさだなぁ。」
自分にだけ聞こえるだけの大きさでそう呟いた。
あ、そういえば、前にも蕗に手当てしてもらったことがあったっけ。
私がアスファルトで思いっきり転んじゃって、膝がタイヘンな事になったとき、蕗は血相を変えて慌てて手当てをしてくれたんだ。
絆創膏をしてもすぐに血が滲むから、何枚も絆創膏がダメになっちゃって・・・、蕗は「どうしよう、どうしよう」って泣きそうになってて
私はなんで蕗が泣きそうになってるの?って不思議でたまらなかった。
最終的には、絆創膏じゃだめだってことになってガーゼをあてて包帯をすることになったんだけれど、包帯を巻く機会なんて今まで無かったから、蕗は包帯相手
に苦労してた。
やっと巻き終わったって言われて、膝を見ると、すごい有様。
これでもかってくらい巻かれていて、ちょっと不恰好。
「何コレ。」って蕗の苦労も知らず言い放っちゃった。
それを聞いた蕗はしゅん、としちゃって・・・悪いこと言っちゃったなって思った。
だから直ぐに笑って蕗に「ありがと」って言って、また二人で遊び出した記憶がある。
改めて思う。
蕗は優しい、って。
私のこと、よく分かってくれているし、
一緒に居るとスゴク楽しいし、、、
これからもずっと一緒に居るんだろうなって勝手に思ってたけど、それは違うのかもしれない。
彼女が出来るってことは、多分、蕗は私よりもそのコを優しくして、
私と居るよりも、そのコと居るようになって、
私と一緒に出かけることも、一緒に遊ぶこともしなくなって、
家にも来なくなって、、、
・・・いっぱいあった当たり前が無くなろうとしている。
そう思ったらすごく悲しくなってきて、泣きそうになった。
私は、スゴク寂しくて、
蕗に捨てられたような気分になって、
・・・辛くて辛くてたまらなかった。
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