5時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、辺りはシンとしてくる。

1階の理科室の廊下のところでやっと蕗に追いついて、正面に回りこんだ。

そして、頭を深く下げる。

「ご・・・ごめんなさい。」

一瞬の間を置いて、蕗が心の篭っていないような声で一言だけ言う。

「何が?」

なんだか泣きそうだ。

こんな態度を取る蕗。自分が知らない人みたい。

「迷惑かけて・・・ごめんなさい。」

「別に謝られても。」

・・・そうか、謝るんじゃない。お礼を言わなきゃいけないんだ。

「助けてくれて・・・ありがとう。」

「どういたしまして。」

その言葉にさえ、心が篭ってない気がする。

恐る恐る顔を上げ、蕗の顔色を窺いつつ、「い・・痛いところ・・・無い?」と訊ねたところ、

「別に。それより教室行くんじゃないの?早く行けば?」

なんて、冷たい声で・・・跳ね除けるような、そんなカンジで返事が返ってきた。

その声に一瞬怯んだ。・・・でも、負けずに言い返した。

「腕、痛いんじゃないの?」

「痛くないって言ってンじゃん。」

「だって絶対さっき左手ついたときに痛いって顔してたもん!」

「してねぇよ。もうほっといて。」

・・・ほっといて。

コッチの領域に入ってこないで。

俺とオマエはもうなんでもないんだから。

・・・そう言われてるみたいだ。

でも、そう言われても私は退くことが出来ないでいた。

だって、心配だったから。

「ほっとけない。蕗のこと、気になるんだもん。」

そう言った途端、蕗は顔を僅かに変えた。

そして、じっと、私の目を見てくる。

真意を探ろうとするように。

「何それ。なんで気になるの?」

なんでって・・・理由なんてひとつしか無い。

「私、蕗のこと、好き・・だから。」

言ってからとっさに俯く。

蕗の反応が怖いから、顔を上げられなくて、ずっと足元を見ながら言葉を続ける。

「・・・ホントに、ホントに好きなの。

おかしいくらい・・・蕗のことばっかり考えてる。」

少しの沈黙の後、蕗が言った。

「俺と一緒に居るのヤダって言ったじゃん。・・・それなのに?」

「お・・・覚えてたんだ。」

記憶力がいい・・・。

「忘れられるわけないだろ。」

怒鳴りつけるように言うわけじゃなくて、静かに、しっかりとした声でいうから、その言葉がとても重く感じる。

「ご・・・ごめん。う・・嘘、吐いた。」

深々と頭を下げる。

こんなことで許して貰えるとは思えないけれど、

せめてもの償いの意味を込めて。

もし自分が蕗に同じような言葉を言われたら、耐えられない。

自分がされて嫌なことを、他人にするなんて、絶対にやってはいけないことなのに、

私はそれをした。

つーっ、と涙が零れる。

ヤバイ。泣くつもりなかったのに。

ポタ、ポタと何滴か床に落ちた。

ホントヤバイから。顔、上げられない。

泣き顔なんて、見られたくないのに。

「嘘ってなんだよ、それ・・・。」

「うっ・・・。」

「もぅ・・・。いろいろいってやりたいことあったのに、どうでもよくなった・・・。」

蕗はそう言うと、ぐっと私を抱き寄せて、ぎゅーってしてくれた。

蕗の胸はあったかくて、いい匂いがして、なんかもう居心地がスゴク良くて・・・。

やっと、謝る事が出来た。

よかった・・・。

「なぁ・・・いつから?」

「いつって・・・。」

「いつから好きなの?」

聞く?ふつう・・・。

「・・・・・・ちゅうさんの・・なつ。」

そう言った途端、蕗はバッと私を抱きしめていた手を放し、驚いた顔でこっちをみてくる。

「?!そんな前?!」

「だって・・・。」

「・・・なんだよ・・それ。あの時期のアキの態度、あれ絶対好きって態度じゃなかったぞ。

避けて避けて・・・最後には一緒に居るのヤダ、とまで言って。」

何もいえなくなる。気まずい・・・。過去の話は止めて欲しい。

「でも・・・言ってくれて嬉しかった。俺、ずっとアキが俺のこと嫌ってるって思ってたし。」

「私こそ・・・蕗に嫌われたって思ってた。」

「え?!」

「だ・・・だってさっきとか。言い方冷たかったし。目・・・合わせてくれないし。」

「それは・・・嫌いなやつに慣れなれしくされてもアキが嫌な気持ちになると思ったから。

あと・・・実は、アキにまた拒絶されたらヤダなっていうのがあって・・距離取ろうと必死だった。」

「ごめん。本当にごめん。」

「もういいよ。

俺も・・・俺もずっとアキのこと、好きだったんだ。好きだって言おうって何度も思った。

でも、俺は傷つくのが怖くて、ずっと言えなかった。

アキ・・・ありがと。俺もアキのこと、好きだから。」

蕗はそう言うと、またぎゅって抱きしめてくれた。

・・うそ。信じられない。蕗が・・・私のこと・・・好き?!

呆然としていたら、ちょっと抱きしめていた手を緩められ、蕗が顔を近づけてくる感じがして、反射的に蕗の身体を手で押した。

「ち・・・ちょっと待って!今、何しようとした?」

蕗は、はぁ?って顔してる。

「何って・・・言わなくても分かるでしょ?察して。」

「キ・・スしようとしなかった?」

「そうだけど?」

さらっと言われたけど、そんなのって・・・!

「だ。だめっ!そ・・・そういうことは、彼女にするものなのに!」

蕗は呆れた顔。

「・・・何言ってんの?」

「私は無理だよ。彼女になれないっ!!」

そういった途端、蕗の顔がみるみるうちに怪訝そうな顔になる。

「なんで?」

「だって・・・。」

「だって何?」

蕗、なんか機嫌悪い。声が・・・ちょっと怖いかも。

「私・・・蕗の彼女になる自信・・・ないから。」

「・・・何それ。」

呆れたような蕗の声を振り切って、精一杯明るい声を出して言ってみる。

「つ・・・付き合わなくても一緒に居たりすればいいじゃん。

昔みたいに!ね?」

でも、蕗は相変わらず機嫌が悪いままで、「ヤだね。」とだけ言う。

なんで・・・嫌なんだろう。なんで昔みたいに過ごす事が嫌なの?

震える声で訊ねる。どうして?、って。

そしたら蕗は

「俺はもう昔みたいな曖昧な関係になりたくない。俺はアキと友達で居たいわけじゃないんだ。」って答えた。

そして

「俺は、アキに一番近い存在になりたい。一番側に居たい。

友達じゃ駄目。付き合いたい。付き合って、俺のものだ、って独占したい。アキはそういうの望まない?」

・・・一番側に居たい、独占したいっていうのはあるけど、、

でもね・・・付き合わない方がいい気がする。

付き合うってことは終わりもあるんでしょ?

怖いよ、そんなの。

蕗はすぐ、私のこと嫌になって、別れるって言い出すかもしれない。

私が蕗を嫌いになることはありえないけど、その逆はありえる。

「・・・私だって蕗の側にいたい。蕗の・・・一番側に居たいよ。

蕗が誰かと付き合うの見るの・・・もうヤダ。蕗のこと、独り占めしたい。

・・・でも、でもね、私、どうやったって蕗が好きになるようなオンナノコになれないんだよ。

私、素直じゃないし、しっかりしてもいない。

藍莉みたいな・・・素敵な女の子になれないんだもん!」

涙が零れてくる。

手で拭っても、拭ってもぽたぽた零れる。

すると、蕗ははぁ、とため息を小さく吐いて、またぎゅっと私を抱きしめる。

「バ・・カ。」

「うっ・・・。」

「何でそこで藍莉ちゃんが出てくるわけ?俺がいつ、藍莉ちゃんが好きって言った?」

「・・・だって、藍莉と・・・いるとき・・・蕗、すっごい・・・笑ってたもん。」

「笑っちゃ駄目なの?」

何故か蕗は半笑。呆れてる?

「駄目じゃないけど・・・。でも、でも!憧れてるって聞いたことあるし!!」

「憧れてるって言った事あるかもしれないけど、好きだ、って言った覚えは無いけど?」

「・・・で、でも、憧れから好きになるって聞いたことあるし。」

蕗が急に抱きしめていた手を放して、じっとこっちを見つめる。

そして、

「アキは俺と藍莉ちゃんがくっついて欲しいわけ?」

なんて言う。

それを聞いて、私は慌てた。

「やだっ・・・。」

想像しただけでも嫌になる。

苦しくなる。

「やだよ、そんなのやだ。

藍莉が、蕗に相応しいっていうの分かってる。

綺麗だし、頭もいいし、いい子だし・・・

でも・・・

それでも、やだ・・・。ンっ!!」

イキナリ唇を塞がれた。

何が起こったのか分からないほどの、一瞬の出来事。

唇が離れて、蕗は何事も無かったように、「教室に戻るか。」と一言。

蕗は平然としてるけど、私の心中は穏やかじゃない。

口を手で押さえ、その場で蹲る。

そして、信じられない、という気持ちで蕗を見上げる。

「い・・・今っ・・・!」

「ナニ?」

「今、キっ・・・キスし・・・たっ!」

「だから?初めてってわけでもないんだし、そう騒がなくても・・・。」

「は・・・初めてだよ!」

私がそういうと、蕗ははぁ?っていうヘンな顔した。

でもすぐに何かを思い出したようで・・・

「・・・あ。アキが起きてるときはこれが初めてだったっけ。」

なんて、あっさりと言い放った。


・・・今、何ていった?

『起きてるとき』とか聞こえたんだけど。。


私は唖然となる。

「今、起きてるとき・・・とか何とか言わなかった?」

蕗は一瞬、マズイ!というような顔をして、視線を泳がせる。

「ちゃんと教えて!どういうこと!?」

蕗は諦めたようでポツリ、ポツリと話し出す。

「もうこの際だから白状するけど、アキが寝てる時に・・・何度かキスはしてました。

でも・・・今更・・・。関係なく・・ない?」

信じられない!!

「バカ!!関係なくなんか無い!勝手にしないでよ!」

蕗は困ったような表情。

「・・・ごめん。ごめんて、アキ。」

「蕗にとっては軽い気持ちのモノでも私にとってはそうじゃないんだからっ!!

蕗は誰とでもドコでも直ぐにキスしちゃうんだもんね。

見たもん、女の子と教室でしてるの!」

それを言った後、蕗はちょっと固まった。

そして・・段々と怪訝そうな顔をしていった。

「それ、いつの話?」

いつの話って・・・

「そうなんだ・・覚えてないくらいいっぱいしてるんだっ!?私が見たのはクラスマッチの直ぐあとだよっ!」

蕗はそれを聞いてはぁ、とため息を吐く。

「・・・あれは俺からしてないじゃん。

勝手にされたんだ。

・・・俺、あの時怒っただろ、あの女に。」

「知らないよっ。そこまで見てないもん。見てられなかったもん。」

私が後ろを向いて俯いてそう言うと、蕗は後ろからぎゅーっと痛いくらいに抱きしめてきた。

「そっか・・・。ごめんな、アキ。もうアキとしかしないから。」

「ホント?」

「ホント。」

蕗がそう言ってくれて、私はうん、って小さく頷いた。

「ね、アキ。特別なキス、しよっか。」

「・・・とくべつ?」

顔だけ振り向いて、そう訊ねたら、イキナリ口を塞がれて・・・

長くて、苦しい、キスをした。






  

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