私の蕗に対する想いは募るばかりで、発展はしなかった。
蕗に会う機会も無く、だからといって自分から会いに行く勇気も、無かったから。
ボーっと、なんとなく過ごす日々が続く。
その中で、あることが起こった。
友達との関係が変わる、大きな出来事が。
その日は、朝から天草さんの様子がおかしかった。
どうしたのかな、って思っていたけど、なんでもない、っていうからそれを信じているフリをしていた。
帰り支度をしていると、天草さんから声を掛けられた。
「少し時間いいかな?話したいことがあるの。」
「いいけれど・・・。」
なんかオカシイ。
天草さん、やっぱりいつもとちょっと違うカンジがする。
びっくりしつつも、とりあえず頷く。
すると
「じゃあ、二人とも、付いてきて。」
天草さんは私と山科さんに向かってそう言って、教室を出て行った。
私たちは目を交わし、慌てて天草さんの後を追った。
そして連れてこられたのは、屋上へと向かう階段の前。
天草さんは周りに人が居ないことを確かめると、さっと立ち入り禁止の札をくぐりぬけ、階段を駆け上がっていく。
「えっ・・・えっ?」
私は天草さんの意外な行動に驚くばかり。
山科さんとも顔を見合わせていたら、天草さんはしーっと右手の人差し指を口元にあて、左手で手招きした。
こっちへこい、ってこと。
立ち入り禁止なのにいいのかな、ってちょっと思って、迷ったりもしたけど、もうどうでもいいや、と思って階段を駆け上がった。
階段を駆け上がって開かれた屋上の扉の奥を見て、思わず小さな歓声をあげてしまった。
目に映ったのは、見事な夕焼け。
最後に、こんな夕焼けを見たのはいつのことだったっけ。
空なんて見る余裕もなくて、ずっと忘れていた。
こんな綺麗な夕焼けが見れることを。
「・・・綺麗。」
思わず声が零れる。
「ここ、わたしのお気に入りの場所。ホントは立ち入り禁止だし、いけないんだけど。」
天草さんはそう言うと、苦笑してみせた。そして、静かに話し始めた。
「わたし、今まで本当の自分を隠して、生活してたの。
真面目なフリしてたんだ・・・。
嫌われたくなくて・・・二人にホントの自分を曝け出せなかった。
・・今まで・・ごめんなさい。」
天草さんはそう言った後、深々と頭を下げた。
私は、そんなことを言う天草さんに驚いて、何も言えなかった。
だって、嫌われたくなくて、ホントの自分を曝け出せなかったなんて・・・。
それって、誰だってそうなんじゃないの?
私だって、ホントの自分、曝け出してなんかいないよ。
何で謝るの?謝る必要なんて無いのに。
こんな天草さん、初めて見た。
ボーっとしてたら、山科さんがポツリと呟いた。
「やっぱりそうだったんだ・・・。」
「え?」
天草さんは慌てて顔を上げ、山科さんを見る。
私もびっくりして山科さんを見る。
山科さんは、天草さんの驚いている様子を見て、にこりと微笑んだ。
「なんとなくだよ?なんとなく。」
山科さんは手を口元に当て、うん、うんと納得したように頷いた。
「湯口さんはっ?気付いてた?」
急に振られて驚いた。
そんなこと言われるなんて思っていなかったし。
でも、とりあえずコクンと軽く頷いた。
気付いてた、って言い方はちょっと違うかもしれないけど、
イメージと違う人かも・・・って思うことはあったから。
「本当に、なんとなく・・・だけど、行動がイメージと違うことをするときがあったから・・・。」
私がそう言った途端、天草さんはぺたんとその場に座り込んだ。
「天草・・・さん?」
心配して天草さんを見ると、俯いたまま、じっとしている。
大丈夫かな?どうかしたのかな?
そう思っていたら、急に顔を上げて、こっちを見つめてる。
とりあえず、
「制服汚れちゃうよ?」
そう言って手を出したら、同じタイミングで山科さんも手を差し出した。
私たちの手を使って、天草さんは立ち上がると、
「どうしてわたしが本性隠してるって分かっていたのに、今までと変わらず接してくれてたの?」
そんな質問を投げかけてきた。
すると、山科さんが即答した。
「だって、天草さんは天草さんじゃない。」、と。
「私に・・・湯口さんにもだけど、優しく接してくれたのは偽りじゃないって思ってるし・・・。
皆が気に欠けないことにだって、気を配れるし、人が見てないところで色々やってくれているの、私達知ってたよ。ね?」
「うん。」
「本当のこと、言ってくれて、嬉しかった。なんか、天草さんに一歩近づけたって感じかな?」
言いたいことをすべて山科さんが言ってくれたから、私から言う言葉は特にない。
だから、
「これからもよろしくね、天草さん。」
そう言って、ニコっと微笑んだ。
すると天草さんは、すごく素敵な微笑みを見せてくれて、よろしくね、と言った。
そして、
「これから・・・天草さん・・・じゃなくて、名前で・・・藍莉って呼んで?実は、さん付けで呼ばれるの、あんまり好きじゃなくて・・・。」
そんな風に言ってきた。
名前で呼べるって思ったら、嬉しくて、「じゃあ私も、名前で呼んで!桃香って。」そう山科さんが言った後に、
1テンポ遅れて「私も・・・明菜って・・・。」と、言った。
何か嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしくて、照れながらそう言った。
私は、天草さんの・・違う一面というか、本当の姿を見て、改めて私の憧れの人だ、って思った。
こんな、素敵な人に、私もなりたい。
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