hurt
部屋で勉強をしていたら、ノックも無しに、いきなり部屋のドアを開けられて、誰かが入ってきた。
「アキー。古語辞典借して。」
その、入ってきた“誰か”は見なくても、声と雰囲気で誰なのかすぐ分かる。
その人物は、よく家に出入りをしている、お隣の剣持家の長男、蕗。
黒々としたつやつやの髪に茶色の綺麗な瞳が印象的な男の子。
成長期なのか、背がニョキニョキ伸びて、いつの間にか声も聞きなれない変な声に変わった。
同じ年だっていうのに、何かいっぱい差がつけられてる気がする。
蕗の両親と私の両親が昔から仲が良かったため、私達は幼い頃から仲が良かった。
蕗の一家は以前、電車で二駅ほど先の駅近くのマンションに住んでいて、会うのは月に1、2回ってとこだったけど、
去年の春、ウチの隣の家が売りに出されたのを知り、其処に越してきてからは、毎日のように顔をつき合わせている。
別にそれは嫌じゃないんだけど、私が勉強をしてるときぐらいは遠慮してくれてもいいんじゃないか、って思ってる。
成績優秀の蕗は、余裕で志望校に入れるかもしれないけれど、私はそうはいかないのだ。
蕗と同じ高校に進むにはそれなりの努力をしなければいけない。
私は持っていたシャーペンを置き、蕗の方を向いた。
「勝手に部屋に入ってこないで。っていうか、それ以前に人の家に勝手に入ってこないでくれない?不法侵入です。」
もう何度目か分からない、おなじみの文句を蕗にぶつける。
すると、蕗も「ちゃんとアキの母さんに、断ってから入ってきました。不法侵入じゃないです。」と、おなじみの文句でかえす。
蕗は勝手に本箱から古語辞典を取り出し、ついでにその近くに収められていた小説にも手を伸ばした。
そして小説をぱらぱらとめくり、ついには部屋の真ん中に寝転んで読書を始めた。
・・・どうやら勘違いしているらしい。
ここを自分の部屋だと。
そのキモチは分からないでもない。
だって、この部屋は、女の子の部屋とは言いがたい部屋だから。
女の子っぽいものは全くと言っていいほど無いし、なにより、蕗の私物がそこら中に置いてある。
良く分からないアーティストのCD、少年コミック、雑誌、“俺の”なんて書かれてるタイトルのビデオ・・・。
数えればキリが無い。
「此処が誰の部屋か分かってる?」
「うん。湯口さんちの一人娘、明菜ちゃんの部屋。」
「私の部屋なのに、どうして蕗のモノがいっぱいあるのかなぁ?」
「不思議だね。」
本から目を放すこと無く、淡々と言葉を返す。
不思議だね、じゃないよ、全く。
「今日こそは荷物持って行ってよね。」
「ハイハイ。」
絶対嘘。同じセリフを何度聞いたことか。
「なんで其処で本を読み始めるの?」
「読みたくなったから。」
「読みたいなら、自分の部屋で読んで。私、勉強してるんだから。」
「静かにしてるからいいじゃん。」
「・・・気が散るからヤダ。」
「散らない。」
それは私が決める事だよ。
どうやら、意地でも其処にいるつもりみたい。
それなら・・・。
「・・・蕗。今、ひまー?」
ワザと声色を変えてそう訊ね、蕗の隣にペタンと座った。
「ううん、今、コレ読んでて忙しい。」
「暇でしょ?暇だよね?暇ならこれ教えて。」
蕗の持っている本を取り上げ、代わりに英語のテキストを差し出す。
「おい、今読んでるんだって。」
不機嫌な顔して、本を返せと手を伸ばす。
「これ教えてくれたら、続き読んでいいよ。」
「えー。」
蕗は、嫌がりながらも、どれ?と聞いてきた。
いつものパターン。
蕗は何に対しても、最初は嫌だと言っても、最後には絶対手伝ってくれる。
「このカッコの中、何が入るの?」
私がそう訊ねると、顔つきが真剣になり、テキストを眺め、すぐに説明をし始めてくれた。
蕗は教え方が上手だから、すごく頼りになる。
答えを教えるだけじゃ理解したことにならないから、ってちゃんと道筋立てて教えてくれる。
次からは自分の力で出来るように、って。
「ちゃんと聞いてる?1回しか説明しないからな。」
「うん。」
+++
「明菜ぁー。これ分かる?」
友達の杏が泣きそうな顔をして、英語のテキストの一部を指差してきた。
「どれどれ?」と見たら、そこは丁度、蕗に教えてもらったところ。
ちゃんと理解して覚えてたから嬉しくて、喜んで杏に教えた。
「あ、こうなるんだ。ありがとー。」
「私もそこね、分からなくて蕗に教えて貰ったんだよ。」
嬉しくて顔を綻ばせながらそう言うと、杏が頬杖をついて呆れ顔でコッチを見る。
「まーた蕗くん、か。いいなー、明菜は。素敵な彼氏さんが居て。」
「は?彼氏?」
何を言われているのか良く分からなくて、聞き返す。
すると杏はビックリしたような顔をしてとんでもないことを言いだした。
「蕗くんと付き合ってるんじゃないの?」って。
それを聞いて私は、一瞬驚いたものの、つい笑ってしまった。
「あたしが蕗と?あははっ。何言ってんのー?」
「だって。部活引退した頃から、よく一緒に帰ったりとかしてるじゃない。」
「うん。だってお隣さんだもん。」
「いくらお隣さんだって言ったって・・・。なんだか特別仲いいみたいだし。」
「そりゃ昔からよく一緒にいるからね。キョウダイみたいなものだよ。」
「ふーん。キョウダイねぇ・・・?」
杏は疑いの眼差しで見てくる。全く。何を考えてるんだか。
「じゃあさ。明菜は蕗くんに恋愛感情とかって無いわけ?」
蕗に恋愛感情?
そんなこと考えた事もなかったなぁ。
「うん。別に。」
私がそう言うと、杏は小さい声で「変なの。」と呟いた。
「何が?」
私が気になってそう聞き返すと、杏は「別にー。」って言って、他の話の話題をふってきた。
受験の話とか、そういうのを。
他愛無い話をしつつも、私はさっき杏が言った「変なの。」っていう言葉の意味を考えていた。
何が変なんだろう。
・・・うーん、良く分からない。
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