『もう蕗と一緒にいるのイヤなの!』

好きな子に言われた拒絶の言葉がこれほどまでに深く心に傷をつけるものなのかと、初めて知った。

知りたくもなかったんだけど。

あの言葉は、アキの泣き顔と共に何度も俺の頭の中でリフレインし、その度に苦しくさせる。





ひみつ。




俺の幼馴染にアキって女の子がいる。

湯口明菜。

気まぐれに俺のことを突き放したり甘えてきたり、猫みたいな女の子。

多分それは計算とかじゃなくて素でやってるから怖い。

・・・でも、憎めないんだ。

俺はアキに頼られたらなんでもやってやりたいと思う。

面倒みたい、ってそう思わせる。

可愛くって仕方が無いんだ。

いつのまにか、好きって感情が芽生えて、そしたらアキの気持ちが気になってきた。

アキは俺のこと好き?

聞きたかったけど、恥ずかしくて聞けなくて。

でも、口に出しては来なくても、アキは俺に対する態度とか他の男たちとは違うから、俺のこと好きなんじゃないか、ってちょっと自惚れて思ってた。

中学の時、部活を引退してから、時間に余裕が出来てアキとの距離が更に近くなった気がして、はっきりとアキの気持ちが聞きたくなってきた。

曖昧な関係じゃ物足りなくて、ちゃんと人に言える関係になりたくて。

俺は行動を起こした。

告ってきた女を利用して、アキの気持ちを試そうとしたんだ。

「アキはさ、俺が誰かと付き合ってもいいと思ってる?」って、そう聞いてみた。

するとアキは、「付き合いたいなら付き合えばいいんじゃないの?それは蕗の好きでしょ。私がとやかく言うことじゃないじゃない」って。

ガン、って頭を殴られたような衝撃。

アキは俺のこと、好きじゃないの?

なんで、ヤダって言ってくれないんだ?

俺は勘違い・・・してたんだ。アキは俺のこと、好きじゃないんだ。

俺は無性に腹が立った。

思わせぶりなアキの態度も、それを鵜呑みにしてた俺の馬鹿さ加減にも。

自棄になって言う。

「あっそ。分かった。俺、付き合っちゃうからな。」

もういいよ。俺も疲れた。

片思いなんてもうやってられるか。

俯いてやるせない気持ちになっていたら、アキが

「じゃあね。」と言ってパタンと勢いよくアキん家の玄関のドアを閉め、その場から去っていった。

残された俺は、その場に呆然と立ち竦んだまま。

・・・なんだよ。

俺も、自分の家の玄関のドアを開けて、家に入る。

入るなり、玄関に倒れこんだ。

・・・最悪だ。

なんだよ俺、何やってんの?

自分が情けない。

・・・アキが好きなのに、なんで付き合っちゃう、なんて言っちゃったんだ?

やめだ、やめ。

アキに正直に言おう。

嘘だよって。

アキが好きなんだ、って。

他の女となんて付き合わないよ、って。

・・・でもそんなこと言ったらアキ、困るかな。

俺は荷物を下ろしと着替えを済ませ、アキん家に行く。

おじゃましまーす。

慣れた行為で階段を上り、アキの部屋に向かう。いつものようにノックも無しにドアを開けたら、ビックリした。

だってアキ、指から血が出ていて・・・でも焦っているわけでもなく、じっと傷口を見てるだけ。

血・・・血が出てるのに!

俺は焦った。

慌ててアキの側に寄り、アキの手を掴んで自分の口元に持っていった。

アキの指を口に含む。と同時に血の味が口の中に広がる。

「ち、ちょっと・・・っ。」

「何やってんだよ。」

「あっ・・・アルバムで・・・切っちゃって・・・。」

「オマエの悪い癖。自分の怪我なのに、他人事みたいに思うトコ。」

「待ってろ。今、救急箱取ってくるから。」

そう言って、俺は階段を急いで降りていった。

救急箱の場所は知ってる。それを手にし、アキの部屋に戻ると

相変わらずアキはボーっとしてた。

傷の手当てを済ませ、

「これでよし、っと。」

そう言ったら、やっぱりアキは心ここにあらずってカンジで虚空を見つめる。

「・・・アキ?」

「あっ、うん。ありがとう。」

「何考えてた?」

俺のこと?

付き合うのヤダ、って言ってくれる?

ちょっと期待をしつつ、聞いてみたら、返ってきたのは予定外の言葉。

「あっ、えと、もうすぐ模試だなーって。」

なんだよ、模試って・・・。

「模試・・・ね。」

ムカつく。

完璧俺のこと、何とも思ってないんだ。

ふーん、俺は模試以下なんだ。

ちょっとは俺のこと、考えてくれてもいいんじゃないの?

・・・もういいよ、ホント。

乱暴に救急箱に、出したものをしまいだす。

じゃあな、って言って、部屋から出る。

好きなんて言うもんか。



つまらない意地を張ったことで、俺は後々、ものすごく後悔することになる。



「ホントに好きなの。」

やっぱり付き合えないや、って告白してきた相手に一度は断ったんだけど、

必死にそう告白されて、俺は付き合うことをオッケーした。

そういう風に相手を思う気持ちは理解できたし、実は軽い気持ちで付き合ってみるのもいいかも、って思った部分もあったから。

別にたいしたことをするわけじゃない。

ただ、いっぱい話をして、休みの日に二人で会ってって、そんだけ。

家が彼女とは逆方向だったし、一緒に帰るのはアキと、って思ってたから、彼女とは一緒に帰らない。

受験生ってこともあって、彼女は塾に通っていたから平日の夕方は忙しくて、俺はその時間、アキと過ごす。

二股ってわけじゃない。

アキとは付き合ってるわけじゃないし、それ以前にアキは俺のこと、好きじゃないんだから。

ただ、今まで通り、曖昧な関係のまま。

キョウダイみたいなものだよ、ってアキが友達に説明するその言葉が一番相応しいかもしれない。

キョウダイなんかじゃないけどね。

だって俺等、キョウダイじゃしないようなこと、してんだから。

これはアキが知らない、俺だけの知る秘密、だけど。


・・・でも、俺に彼女が出来たことで、アキは明らかに変わった。

あまり俺を頼ってくれなくなったんだ。

甘えてもこない。

そんな、気を使うような間柄じゃないのに。

なに遠慮してるんだよ。

そして、いつからか、俺を避けるようになった。

理由をつけて何かと避ける。

なんでかは分からないけど、避けてくる。

正直辛い。



そして、俺にとって、一番最低最悪なあの日。

朝、アキに用事があって、アキの教室に行ったんだ。

その日は、ひそひそと聞き取れないけど、何かいいつつ俺を見てくるヤツが異様に多くて嫌な気がしたのを覚えてる。

アキの教室に入ろうとして直ぐ、アキがコッチにふらふらと歩いているのに気付き、あ、って思ってたらそのまま俺のところに突っ込んできた。

お、甘えてきてる?

なんて思ったら、

ごめん、て俺の顔も見ず謝る。俺と知ってて来たわけじゃないんだ。ちっ。

「ナニふらふらしてンの?」

そう言ったら

「・・・帰るからどいて。」

なんて冷たくそう言い放ち、俺を押しのけて、廊下に出た。

なんだよ、この気まぐれ猫め。

「来たばっかなのにもう帰るわけ?」

「具合悪い・・・の。」

え?

俺はとっさに手を伸ばして、額に手を当てた。

熱い・・・かも。

「熱・・・ちょっとあるかもしれないな。」

「・・だ、大丈夫だから!」

無理やり俺の手を退かし、素早く離れる。

なんだよ。あからさまに嫌がるなよ。傷つくだろ。

そして足早に歩き始めた。

チャイムが鳴り、SHRが始まる。

廊下にはもうほとんど人が居ない。

静かで、俺等の足音が大きく聞こえる。

昇降口に来て靴を履き替え始めようとしたら、何故かアキが驚く。

「何で、蕗も靴履き替えるの?」

は?

「え?だって、上履きのままじゃ、帰れないだろ。」

何言ってんの?熱でバカになった?

そう思ったら

「何で、蕗も帰るの?」

なんて言葉が返ってきた。

「アキがちゃんと帰れるか心配だし。」

送るに決まってるじゃん。

ふらふらしてるヤツをそのままに出来るわけがない。

ましてアキだし。

そう思っていたら、

「心配しなくてもいい。ちゃんと帰れるし。」

なんて強気な発言。

全くコイツは。

「でも・・・」

「いいって!!」

大きな声。

そんなに俺のこと嫌?

またそうやって俺を拒絶すんだ。アキは。

何でだよ。

「いいから・・・。もう教室戻りなよ・・・。」

コッチを見ないままそう言って帰ろうとしたアキを、俺はぎゅっと掴んだ。

「・・・なんでそんなに避けるワケ?

最近ずっとじゃん。アキ、俺のこと避けてる。

俺が気づいて無いと思った?」

「避けてなんか・・・。」

「避けてるよ。俺、何かした?」

「・・・。」

アキは何も言わない。

なんでだよ。

何で何も言わないの?

俺、わかんないよ。アキのこと、分かっているつもりで居たけど、わかんなくなってきた。

そのとき、

「うわっ!」

そんな声が聞こえ、俺はその声の相手を見た。

同じクラスの女の子だった。

俺はアキを掴んでた手を放し、声をかけた。

「おはよ。」

「け・・・んもち君?おはよ。」

「あまりにも静かだから人が居るなんて思わなくてビックりしたー。」

俺とアキを交互に見る。

正直早くどっか行って欲しい。俺はその子に早く行ってほしくて淡々と話す。

「こっちもビックリした。遅刻なら走ってくるはずなのに、音聞こえなかったし。」

「・・もう諦めてるからさ。どうせ遅刻なら、走る意味なんて無いし。ダルいし。

で、剣持君はナニやってんの?彼女と仲良く登校?」

「いや、登校じゃなくて下校。丁度いいや、俺、遅刻って先生に言っといて。」

俺がそう言うと、その子は眉間にしわを寄せて「なんで下校なわけ?」って、怪訝そうに訊ねる。

「アキが具合悪いから送ってくる。」

俺がそう言ったと同時に、何故か怒りを露にし始めた。

「何で?なんで剣持君がそんなことするの?意味わかんない!そういうことやめたら?だからエリが気にするんじゃん。」

それを聞いて、びっくりした。エリとは、俺の付き合ってる彼女のこと。エリは俺に、気にしてる、なんて素振り見せてなかったから。

「エリ・・が?」

「・・・二人の事、すごく気にしてる。周りから見ると、二人の方が付き合ってるみたいに見えるから。

でも違うんでしょ?違うんだよね?だったらエリのこと、もっと大切にしてあげてよ。

そんなんじゃ、なんで付き合ってるのか、わからないよ!!」

そう早口で一気にまくし立てた後、その子はアキに向かって言い始めた。

「あなたも・・・オカシイって思わないの?剣持君、エリの彼氏なんだよ?友達にしては行きすぎてるって、思わないの?

これ以上エリを苦しませるの、やめて。エリが可哀想!

嫉妬するのは勝手だけど、だからってエリ苛めるなんてサイテーだよ!!」

「苛めてなんかない!苛めてなんか!!」

そう、アキは何もしてない。嫉妬なんてしてない。・・・てか、関係ないだろ!

友人を思うその子に圧倒されて、一瞬黙ったけど、アキの目から涙が零れた瞬間、

カチン、てきた。

そして・・・抑え切れなくて大声で言ってる自分が居た。

「やめろよ。アキは関係ないだろ!」

びくっと驚いた様子で、エリの友達は慌てて走りその場を去っていった。

アキの目からは絶えず涙が零れる。

そして・・・

「呼び出しされて、泣かれて、苛めたって噂されて・・・

もうウンザリ!

なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?

蕗と幼馴染だから?

そんなんだったら・・・

そんなんだったら、蕗と幼馴染になんてなりたくなかったよ!!」

そんなことが・・・あったのか・・・。

辛そうなアキを見ていられなくて、俺はアキを引き寄せて、抱きしめた。

俺がいけないんだ。

俺が・・・軽い気持ちで彼女と付き合い始めたりしたから。

アキにとばっちりが来るなんて、全然思ってなかったんだ。

「ごめん。」

嫌な思いさせて・・・ごめんな。

でも、アキは俺の腕の中でじっとしてなくて、もがいて、俺の胸を両手で押し遣る。

「放してッ!もう・・・もう蕗と一緒にいるのイヤなの!」




・・・一緒にいるの、嫌か。




俺はゆっくりとアキを解放した。

そして

もう一度「ごめん。」と一言だけ言って、その場から離れた。

俺はもう・・・世界が終わったような、そんな気分で。

ふらふらと、教室に戻った。

泣きたい気分だ。

机に突っ伏して、ずっと考えていた。

もう、どうしたらいいか分からなくなって。

もうアキは俺と一緒にいるのイヤなんだって・・・。

俺、・・・これからどうしたらいいんだろう。

一時間中そうしていて、授業が終わったと同時に立ち上がり、エリに言う。

「もう無理。別れて。」

「な・・・なんで・・・蕗っ。もしかして・・・アキさんと?」

何故か怯えたような様子で。

「蕗を取ろうなんて全然思ってないから、安心してって・・・彼女、そう言ったのに。」

・・・何それ。

聞いてないんだけど。俺が居ないところで何があったわけ?

「エリ・・アキを呼び出して何か言ったんだ?」

「なんで・・・そう思うの?」

図星、か。

「だってアイツが自らエリのところに行って、そんなコトを言うわけがない。

もう疲れたんだ。やめよ。俺、もう無理だし。エリのこと好きになれない。」

俺はそう言い残し、教室を出た。

帰ろう。

帰って寝よう。

もう何もする気が起きないし、具合悪くなってきた気がするし。

俺は家に帰り、それから2,3日学校に行くことなく、ずっとベッドに潜っていた。


いい加減にしなさい、って母さんに怒られて、しぶしぶ学校に行く。

もうつまらない。

学校だって、家だって、アキと一緒に居られないなら、もう全部が終わってる。

やる気ない。

学校内でアキを見かけて声を掛けようにも、拒絶されるのが怖くて避ける。

俺がアキに慣れなれしくして、アキの俺に対する嫌悪感が増すのもイヤだったし。

俺は遠くから、アキを見ているだけ。

それで我慢するしか、もう道は無かったんだ。


+++


アキん家と母さん同士が仲がいいから、アキの情報は常に知ることが出来る。

隣の家だから、よくリビングに居たりするんだ。

最近ウチ来ないじゃない、アキと何かあったの、なんていわれたときには苦笑いするしかなかった。

で、ある日言われた。

高校、蕗君と同じトコロを目指してるみたいなのよね、って。

俺はそれを聞いてただ、ただ驚く。

俺、アキに昔言ったことがあったんだ。

同じ高校行こう、って。

そしたらアキ、「無理。」ってバッサリ言い切って。

私は女子高行くの、なんて言ってたのに。

なんだよ、ホントに・・・!

同じ高校に行きたいなんて一度も言わなかったのに。

・・・嬉しいじゃんか。

あ、でも、俺と同じ高校に行きたいからって言っても、俺の存在なんて関係なくて、

ただ、家から高校が近いとか、高校に魅力を感じてたり、そういうのが理由で目指してるんだろうな。

・・・バカだ、俺。またちょっと自惚れた。

でも・・・アキが目指してる理由なんて関係ない。

俺はアキと同じ高校に行けたら、いいんだから。

俺は高校に意欲が湧いてきた。

時間さえあれば勉強に打ち込む。

だって、勉強していれば、アキのこと、考えなくてすむし。

結果、合格。

アキも、合格。

晴れて二人とも、同じ高校へと進むことが出来た。


でも、同じクラスにはなれなかった。

隣のクラス。

俺はアキの存在が気になって、いつも廊下で様子を窺っていた。

困ったことは無い?

大丈夫かな?

ちょっかい出してくる嫌なヤツとか居ない?

心配で仕方が無くて。

でも、俺は一緒に居ることが出来ないし、ただ、見ているだけ。

本当は側に行きたくて仕方がないのに。

イライラしていると、友達の影志がよく言う。


「もうやめれば?」


って。

別にアキにこだわらなくてもいいだろ、って。

影志は俺がアキのこと、すごい好きなの知ってる。

アキに一緒に居るのヤダ、って言われたことは言ってないけど、それ以外の話は結構してる。

で、それを聞いた上で影志が言うんだ。

もうさ、来るもの拒まずでさ、色んなヤツと付き合って、経験積めば?って。

オマエ、アキばっかみてて周りが見えなさすぎなんだよ。

女はアキだけじゃねぇだろ。なんでそんなにアキに拘んの?

世の中にはさ、アキよりも蕗に合ってる女、いるかもしれないんだし、付き合っていい子見つければ?

何度も呪文のようにいわれて、そうかな、っていう気になってくる。

だから、影志の言うように、色んな女と付き合ってみた。

どうしてアキにこだわる必要がある?他の女でもいいだろ、と自分に言い聞かせて。

アキ以上の、惹かれる相手がどこかにいるって信じて、誰かを求めた。



・・・でも、誰と付き合っても、駄目で。どっかで、アキを追い求めていて。



だから誰かと付き合っても直ぐに終わる。

気持ち、彼女に向いてない、ってバレて。

俺は否定はしない。

だってホントのことだし。

結果、叩かれる。

最低、って言われる。

・・・そんなの全然何とも思わない。

俺はもっと辛いこと知ってるから。

アキから言われた言葉、心に残ってる傷は、何よりも痛いんだ。


+++


二年に進級し、アキとはクラスが思いっきり離れた。

もう簡単になんて見れない。

見守ることさえ出来ない。

俺は落ち込んだ。

でも・・・

これで吹っ切れるかな、とも思った。

離れていれば、アキの姿が見れないことが普通に思えるようになって、

段々とその状態に慣れていくかも、って。

でも、そんなの、無理だった。

辛かった。



クラスマッチ実行委員になったのは、アキがなったって聞いたから、だった。

アキのクラスの男が「湯口が実行委員なら、やってもよかったなー。」なんて話してるのを偶然聞いたんだ。

俺はアキを誰かに取られるかも、って心配になった。

めんどくさいことで有名な実行委員だったけど、このチャンス逃せない、って思った。

もう実行委員は決まっていたっていうのに、強引にやってやる、なんて言って代わってもらった。


初めての実行委員会の集まり、俺はドキドキして緊張しっぱなし。

自分のクラスで会議が行われる、っていうのに、トイレに行ったりしてて、始まるギリギリに教室に入った。

そしたら・・・

アキが俺の席に座ってたんだ。

なんていう幸運。

机の中からペンを取り出す為に、アキに話しかけようって思った。

理由があるなら、別に話しかけてもいいだろう。

拒絶されることはないし、慣れなれしくしないから、嫌悪感は増さないだろうし。

・・・久しぶりだな。

高鳴る胸を押さえ、自分の席に近づいていったら、アキが隣の男と親しそうにしてるのが見えた。

男が笑ってて、アキはそれを見て呆れた様子。

なんだ、この関係は。

良くわかんないけど、とにかくムカついた。

自分の席の前に立って、アキの隣に座っている男を睨む。

気にいらない、というように。

そして、アキに話しかけた。

「・・・ペン、取りたいんだけど。」

アキは、はっとして、椅子を思いっきり引く。

その行為がとても嫌だった。思いっきり椅子を引かなくても、って思った。

机の中からペンケースを取り出し、「どうも。」って言って、その場を離れ、席に座った。

・・・気に入らない。

何もかも。


それから何度か実行委員の集まりはあったけど、アキと特別何かあったわけじゃない。

何かあるかも、って期待してたのは俺だけで。

帰りが遅くなった時、アキがどうしよう、って顔してたときがあった。

俺は自転車で学校まで来てるけど、アキは歩きだから怖いんだろうな、って思った。

後ろ乗ってく?

話しかけようと思った。

でも、拒絶されるかな、って思って言えなかった。

アキが何か言ってこないかな、なんて淡い期待を持っていたら、

代わりに他の女の子達に、「暗くて怖いから途中まで一緒に帰らない?」って言われた。

固まって帰ればいいじゃん、皆は駅の方に行くんだろ?

「俺、チャリだし、方向違うからさ、他のヤツに声掛けて。ごめんね。」

そう言って、俺はアキの方を見る。

するとアキは、同じクラスの男に声を掛けられてた。

・・・うそ。

なに、一緒に帰るの?

するとアキは手をぶんぶんと振って断って、一人走って行った。

ほ、っとしたのもつかの間。

アキは一人で暗い道に入っていく。

こら、まて!危ないだろ!

俺は慌ててチャリをこいでアキの数メートル後ろに追いついた。

追いついてからチャリを下り、俺も歩く。

全く。なんなんだよ、危なくて仕方がない。

もう、見てられない。

アキが自分の家に入ったのを見届けて、俺も家に入る。

・・・もうヤダ。

俺、アキの側に居たい。

堂々とアキと帰りたいよ。ホント。


+++


クラスマッチ当日を迎え、俺はいいところを見せてアキに「蕗ってすごい!」って言わせたい、って思った。

だから、すごいやる気になってたんだけど・・・



女子のバレーのコートの所で、ざわざわしている。

何事かな。

俺には関係ないだろうな、って思ってたけど、周りの奴等の話を聞いて、顔面蒼白になった。

「すっげぇ大騒ぎだったな。」

「あぁ、E組のコがバレーで顔面くらって倒れて保健室送りになったんだ。」

「天草サンじゃなかった?あの顔に傷つけたら犯罪だよな。」

「あー天草さんじゃなかった。よく天草さんと一緒に居るコだったけどな。」






・・・まさか





まさか・・・アキ・・・?

俺はそれを聞いて直ぐに走り出した。

よく天草さんと一緒にいるコって言ったら二人しかいなくて、

その内の一人はアキで。

アキが倒れるなんて、今まで聞いたこともない。

でも、でも・・・


俺はめちゃくちゃ急いで保健室にたどり着き、勢いよくドアを開けた。

保健室の先生は何事かと驚いてコッチをみてたけど、そんなのお構いナシ。

乱れた息を整えつつ、先生に尋ねた。

「せんっ・・・せえ。今、誰か運ばれて来たって・・・聞いたんだけど。」

「あぁ。湯口さんのこと?彼女と同じクラスなの?」

!!

やっぱり・・・アキ!!

「あ・・・アキ、頭とか、打ってない?大丈夫?」

アキにもしものことがあったらどうしよう。アキっ・・・。

俺は、嫌なことばっかり考えて、青ざめる。

すると、先生は俺の肩に手を乗せ、「落ち着きなさい。」と一言。

そして、

「大丈夫よ。今、ベッドで寝てるわ。寝不足っていうこともあったみたい。」

そう言われてすぐ、俺はベッドに近づいた。

カーテンを少しだけ開けて、中を覗くと、そこにはアキの寝顔があった。

この寝顔を見るのは、本当に久しぶりだ。

アキのすぅすぅ、という規則正しい寝息を聞いて、俺はやっとほっと一息つく。

良かった・・・。

トントン、と保健の先生に肩を叩かれて、冷たいタオルを渡された。

「顔、少し冷やしておいてあげて。私、今から湯口さんの親御さんに電話して迎えに来てもらうから、ちょっとここ見ていてくれる?」

そう言われて、俺はコクンと頷いた。

そっとタオルを顔にあてる。

赤くなってるところを中心に。

大丈夫かな。

痛いのかな。



髪をそっと撫でる。

サラサラだ。

・・・変わらないな、アキは。

可愛い寝顔。

俺はアキのこと、愛しくってたまらない。

誰にも渡したくないって思う。

それは無理な話なんだけど。

どんなに俺がアキのこと想ってても、アキは俺のこと・・・嫌いなんだよな。

もう・・・俺のこと嫌わないで。

俺、アキのこと誰よりも好きなんだよ。

親指でそっと唇を撫でて、その後、どうしようもなく口付けしたい衝動に駆られた。

実は・・・俺、アキともう数えられないほどキスしているんだ。

いつもアキの意向を無視し、寝てる間、勝手にしてた。

だから、してる本人さえ知らない、俺だけが知ってる秘密。

いけない、と思いつつも、そっと、唇を重ねる。

これでまた秘密が増えた。

ちょっと笑みを零し、余韻に浸っていたら

急に、誰かの気配を感じ、カーテンをバッと勢い良く開けた。

するとそこに居たのは、一人の男。

たしか、アキと同じクラスの男だった。

ヤツの名前は知らない。覚える気なんて更々ナイ。

ただ、実行委員で一緒だったっていうことは知ってる。

アキと一緒にいるのを見て、ムカついたから思いっきり睨んだことがあった気がする。

そいつがちょっと顔を赤くして、呆然と立ってるから、その姿で読めた。

コイツ、俺がアキにキスしてるの、見てたな、って。

俺は、秘密を見られて、ちょっと不機嫌な気持ちになった。

「何か用?」

「アンタこそ・・・なっ・・・何してんだよ!」

「何って・・・見てたなら分かるだろ?キスだよ。」

「湯口さん・・・寝てる・・んじゃないのか!」

「・・・なぁ。オマエ、アキのこと好きなの?」

「ちっ・・・違う!」

「あ、そ。」

一先ず安心。こんなヤツ、アキの男に相応しくないし。

「じゃ、なんでも無いなら出てってくれない?俺、今、ものすごく邪魔されたくないから。」

「・・・邪魔って。」

「アキと二人になりたいんだけど。」

「アンタ・・・湯口さんの何なの?前に友達?って聞いたら違うって首振ってたけど。」

友達じゃない・・・ね。

確かに俺等の関係って、イマイチよくわかんないもんな。

それにしても、コイツ・・・嫌なこと聞くな。

でも俺はそんな思いをしてるというのを相手に微塵も感じさせないように、ニッコリと笑って演じた。

「確かに友達じゃないね。俺、アキの彼氏だから。でも、付き合ってんの内緒にしてるんだから、言うなよ。

アキにも、今、見たこと、ナイショな。

アイツ、恥ずかしがって学校来れなくなっちゃうだろうし。オマエは何も知らない、見なかったフリしてくれよ。

もしバラしたら・・・思いっきり後悔させてやるからな。」

本気だ、っていう意味を込めて睨んだら、そいつはちょっとビビった様子。


その後直ぐにタイミング良く、というか、悪いというか・・・先生が戻ってきてしまい、結局俺がアキと二人で過ごせたのは数分だけ。

少しだけでも、幸せな時間を過ごす事が出来たのは、良かったんだけど、

こういう風に、一度味を占めたら、もっと、もっと、と底なしにアキを求めたくなる。

もっと一緒にいたい、って思ってしまう。

昔みたいに、一緒に居たい。

でも・・・アキはもう俺と一緒に居るのイヤだって・・・・・・・・・。

俺が一緒にいたいなんて言ったら、また嫌な言葉で拒絶されるかもしれない。

俺は臆病で、傷つくのが怖くて。

アキのこと、好きで仕方が無いのに。

何も言えない。

だからまた今までと同じような日々が続いていくんだと思う。

ただ、見ているだけの日々が。

・・・でも、

だからこそ、、

今だけは、もうちょっと幸せな気分に浸っていたい。

俺は目を閉じ、グッと手を握り締めると、唇で自分の左手の薬指にそっと、触れた。

秘密の感触をずっと覚えていられるように、って。






END





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