First date



「・・・遅い。」

腕時計を何度も見て藍莉はそう呟いた。

今日は、初めて影志と外で待ち合わせをして出かける予定。

以前にも、幾度と無く外で待ち合わせをして出かけるという約束はしたけれど、

体調不良とか、学校のこととか、そういったことでキャンセル続き。

やっと今日、二人で出かけることになって、影志はいつになく浮かれて、喜んで、

『俺、すっげー早く待ち合わせ場所行っちゃうかも!』なんて発言もしてた。

・・・それなのに、待ち合わせの時間にいつになっても来ない。

どういうこと?

私、時間間違えたかな?

不安になって、影志から送られてきた、待ち合わせの詳細が書いてあるメールを見直す。

・・・間違ってない。

いつまで待っても来ないから、帰ろうかな・・・って思った。

でも、もしかしたらもうすぐ来るかもしれない、そう思って帰れなかった。

最初、携帯で連絡を取ろうと電話したけど、

電波が届かないところに居るか、電源が入ってない・・・っていうお決まりのフレーズを女の人に言われた。

電波が届いてなかったり、電源が入って無いのであれば、メールが届くわけがない。

メールを打つのもやめにして、携帯を見て、ため息をついた。

こんなことになるなら、カフェとかで待ち合わせすればよかった。

冬空の下、外で待ち続けるのは正直辛い。

風が冷たくて、頬と足がピリリとなる。

ミニスカートとブーツ姿で来たのが失敗だった。

手袋なんて持ってないから、手が冷たくてたまらない。

手にはぁーっと、息を吹きかけてみるも、温かいのは一瞬だけで。

途方に暮れて、澄んでいる空を見上げる。

さて、どうするか。

取りあえず、待ち合わせ場所にしていた時計台の側にあるブロックに座った。

下を向いて、影志来てくれないかな、なんて思っていたその時、

「ねぇねぇ。」

誰かに話しかけられ、顔を上げると、変な男が立っていた。

スーツ着てて・・・なんだか怪しい雰囲気をかもし出してる。

「ちょっと時間ない?俺、出張で此処にきててさー、ここら辺良くわかんないの。案内してくれない?」

「人待ってるから。」

そう言って、何か言ってくるその男を徹底的に無視し、携帯を弄り始めた。

暫らくしてそいつは諦めて、どこかに行く。

「ねぇ!」

今度はさっきと違う声。

顔を上げると、いかにも軽そうな男が立っていた。

「俺、美容師やってんだけどさー。」

無視。

俯いてまた携帯を弄る。えーっと、ニュースでも見ようかな・・・と。

「俺のこと知らない?結構雑誌にも出てんだよ。」

「知らない。」

顔を上げずにそう言うと、「こっち見て無いじゃん。ちゃんと見てから言って。」ってちょっと強く言われた。

こわ。

今度は顔を上げて、そいつの顔を睨みつけるように「知らない。」って、答えた。

「雑誌とか見ないの?」

「見ない。」

ホントは見るけどね。

つーかアンタ何。もうどっか行って。

ちょっと本気で嫌になってきて、俯いて何度目か分からないため息を吐いたら、

ウルサク話しかけて来た男の声がふと止まった。

良かった。やっとどっか行ってくれた。

そう思って、油断したら、急に手をひっぱられて立たされた。

ちょっと!・・強引すぎ。

ムカっときて顔を上げたら、そこに居たのは、待ち人の姿。

影志だった。

「ごめん。」

影志はそう言って、圧し掛かるように私の身体に抱きついてきた。

私はそれまでちょっと不機嫌だったはずなのに、

影志を見て、声を聞いて、怒りなんて全く無くなってしまった。

そして・・・ちょっとほっとした。

だって、なるべく考えないようにしてたけど、

もしかしたら事故にでもあったんじゃないかっていう悪い考えも浮かんできていたから。

影志は、ぱっと抱きしめていた腕を開放し、

今度は私の顔を見て、謝り続けた。

「悪いっ・・・ホントにごめん。寝坊して・・・慌てて家出て、連絡しようとしたら

携帯の・・・充電切れて・・・連絡取れなくて・・・。」

走ってきたみたいで、ちょっと息が切れ気味。

必死な顔。

嘘をついているわけじゃないみたい。

「もうマジ失敗したっ。昨日ずっと、どこ行こうか考えてて・・・結局寝たの朝だったんだ。」

「どこ行こうか考えててあんまり寝れなかったって・・・コドモ?デートが初めてでもないだろうし。」

私がそう言うと、急に真顔になって、

「お前とは初めてだ。」

なんて言うからビックリした。

「・・・そりゃそうだけど。」

「二人で出かけるの・・・初めてなんだし、いい日にしたいじゃん。それより・・・

・・・ごめんな。寒かっただろ。」

影志は私の頬に手を当てた。

そして一言、

「・・・冷たい。」

そう言って、少し悲しそうな眼をした。

影志の手は温かかくて、本当ならば、その温もりに温めてもらいたいと思うのに、

私は寒がってた事実を知られたくなくて、手をどかそうとした。

多分、影志に悲しそうな・・・申し訳なさそうな顔をさせていたくなかったから。

でも、私がそう思って、手をどかそうとしているというのに、影志は私の手を楽々と掴んで、触って、「氷みてぇ。」と言う。

そしていつの間にか手を包み込むように繋がれて、逃げられなくなってしまった。

横目でチラリと影志を見ると、一瞬、僅かに片目を閉じて、冷たさを我慢しているように見えた。

私は申し訳なく思えて、手を放そうとする。でも、影志は離してくれない。

「繋がなくていいって。冷たいでしょ?」

「・・俺が繋ぎたいの。」

そんな風に言われたら、もうそれ以上言えなくなる。

話を変えようと、本日の行き先を訊ねる。

「・・・どこに行くか、決めたの?」

私の問いを聞いて、影志はニコっとする。

「海!」

「冬に?寒くない?」

私が思わずそう返すと、眉間にシワをよせて、

「・・・だってお前、遊園地とかヤダって言ったじゃん。」と言う。

「だからって海で何すんの?」

「見る・・・とか。」

「ふーん。」

そうなんだ。

それはそれでいいかもしれないなぁ・・・なんて思っていたのに、

影志は私の顔色を窺って、急に予定を変えようとしてきた。

「・・・カラオケとかボーリングにする?」

「定番コースだね。」

それでもいいけど。

そう思っていたら、影志は怒り出した。

「・・・じゃあどこがいいんだよっ!」

「どこでもいいよ。影志が俺に任せろって言ったじゃん。」

「言ったけど・・・あんま乗り気じゃないっぽいし。」

「そんなことないって。」

「じゃあなんで文句言うんだよ。」

「文句なんて言ってない。」

「言ってるように聞こえる!」

そう影志は言い放った後、はっとして、私と手を繋いでない方の手で口を押えた。

そして、ちょっと伏せ目がちに言った。

「ごめん、俺が悪かった。

ケンカしたく・・・ない。

取りあえず・・・電車乗ろうぜ。」

そう言って影志は私の顔をあんまり見ずに、手を引いて改札に向かった。

沈黙の中、私は影志の顔を窺いつつ、ちょっと反省した。

折角プランを考えてきてくれたというのに、余計なことを言ってしまったと。


+++


電車の中は、満員とは言わないが、わりと人が多かった。

ドアに近い場所に立って、銀色の手すりを持った。

電車通学を経験したことがなく、電車を使って移動をする機会があまり無い私にとって、

電車は苦痛の乗り物だ。

密閉された空間。

何十人もの人に押しつぶされそうになる感覚。

ちょっと嫌になってくる。

俯いて黙っていると、影志が頭にポン、と手を当てた。

ふと、顔を上げると、機嫌を伺うような顔。

「怒ってンの?」

首を振る。

「電車・・・あんまり好きじゃないから。」

「そう言うのなんで言わないんだよ・・・。」

影志は怒ってるわけではなく、困ったような顔をしてそう言った。

そんなこと言ったってどうしようもないでしょ、と言いたくなる気持ちもあったけれど、

ぐっと飲み込んで、影志に訊ねる。

「・・・楽しい?毎日電車に乗って。」

私の質問に、影志は少し驚いたようす。

「そんなこと考えた事もなかったな。楽しいっーか、それしか交通手段無いから。

チャリだと学校着いた時点でバテるからなー。」

「経験あるの?」

「まぁ・・・何度か。

あ・・・そーだ。藍莉、外見て。」

影志は窓の外に指を指した。

現在電車が通っている場所は、大きな川の橋の上。

「ここにアヒルの親子が居るんだよ。たまに電車からでも見れるんだ。

今日は残念。居ないみたいだ。寒いから隠れてるのかもしれないな。」

「野生のアヒル?」

「いや・・・多分、誰かが飼ってたのを放したんだよ。」

放した、なんていえば聞こえはいいけれど、結局は捨てられたのだろう。

人間の勝手に振り回された動物の末路。

なんだか可哀想だ。

「なぁ藍莉、次の駅で降りよ。」

「え?海行かないの?」

「予定変更。」

影志はそう言うと、目をキラキラ輝かせて、私の手を引いて次の駅で降りた。

改札を抜けて、商店街を慣れたように歩く。

「ここ知ってるの?」

「俺、家がこの近くだもん。」

「そうなんだ。」

ここが影志が住んでいる街か・・・

なんて、ぼーっと辺りを見回していたら、影志がある店へ入った。

100円均一と書かれたショップ。

そして、影志は私を玩具が集まっているコーナーに連れて行った。

「何で遊ぶ?好きなの選べー!」

笑顔でそんなこと言われても・・・。

「どこで遊ぶの?」

「土手!」

土手って・・・まさかアヒルを見に行くの?

・・・なんかそれも面白いかもしれないけど。

土手でするもの・・・何がいいんだろう。

悩んでも、100円均一の玩具なんて種類は少なくて、

私は適当に重ねてあったバドミントンセットを指差す。

「じゃあ・・・バドミントン。」

私がそう言うと、影志は「お、いいじゃん。」といって、バトミントンセットを手にし、

今度はお菓子のコーナーへ。

「好きなの選べー!」

またまた笑顔。

「俺は、これ食いたい。」

いつの間にか手にしていたカゴに影志はポンポンとお菓子を入れていく。

私も適当にカゴに食べたいお菓子を入れたら、

「これでオッケ?」

と訊ねてくる。

コクン、と頷いて影志の後に続いてレジへ向かった。

遊ぶものと、お菓子を手にした私たちは、

他愛無い話をしながら、土手へ向かった。

途中、コーヒーショップにも寄って、

温かいコーヒーとベーグルサンドも手に入れていて、

それを乾いた草の上に座って、二人で並んで食べた。

食事を終えてのんびりとしていると、

とあるカップルが手を繋いで目の前を通り過ぎた。

つい、目で追っていたら、カップルもコッチをみて、お互いに目があった。

私はもちろん、その人達のことを知らなかったけれど、

突然、カップルの男の子の方が大声で「影志!!」と呼んだ。

影志の知り合いだったのか、と私は驚いて慌てて首に巻いていたストールを深く巻きなおした。

顔の半分を覆うように。

学校の友達だったら、知られたくないから。

でも影志が、「大丈夫、中学ン時の知り合いだから。」と言ってくれたから、安心した。

影志が立ち上がるから、私も立ち上がる。

「久しぶりだな、影志。」

「珍しいなー、こんなとこ歩いてるの。」

「お前だって珍しいじゃん。・・・彼女?」

私を向いて、その彼が問う。

影志はにこやかに微笑んで、「そう。」と言った。

「なんだそのツラ。アホっぽい。」

「うっせー。」

「大丈夫なのかよ、こっち連れてきて。

・・・遭ったらヤバイんじゃねぇの?」

急に少しトーンを落として言うから、なんだか少し気になった。

影志は、「大丈夫。」と彼に明るく答えていたけれど、

その会話から察するに、私は此処に来るべきではなかったみたい。

理由は全くわからないけれど。

それから、影志の友達は「ばいばい」と言って手をひらひらさせて彼女と歩いていった。

「またなー。」

「おー。」

影志の友達が離れたところで、影志に問う。

「・・・遭ったらヤバイって誰?」

「・・・え?」

影志はなんだか焦った様子。

だけど、なんで焦っているのか分からない。

付き合ってる人がいるとか・・・かな。

だったら納得がいく。

鉢合わせをしたらマズイって思っているんだろう。

「・・・ここら辺に住んでる彼女がいるとか?」

そう聞いた途端、影志は怒り出す。

「バカじゃねぇの!お前以外に女がいるわけねぇだろ。」

「そう?居そうだけど。」

「そんなこと平然と言うこと自体信じらんねぇ・・・。

それ以前にさ、明らかにお前と居る時間が多いのに

どうやって他の女と付き合うんだよ。」

「それは・・・裏ワザとか使って。」

「裏ワザだぁ?」

「なんかそういうのありそう。場数踏んでるし。」

「・・・バカ!んなのあるわけねぇだろ!」

「浮気は別にいいけど、分からないようにやって。」

「んなことするか!!」

なんだか本当に怒ってるみたいだ。

「普通喜ぶトコじゃない?

浮気オッケーって言ってるんだよ?」

「裏を返せば、それって俺のことどうでもいいってことだろ。」

「違うって。影志はモノじゃないから、付き合ったからって色々縛りたくないの。」

私がそう言うと、影志は少し声のトーンを落として静かに言った。

「・・・俺はヤダな。藍莉が俺以外の誰かと付き合うなんて。

浮気とかってホント無理。

俺は浮気されたく無いから、自分でもしない。

・・・ま、それ以前に藍莉以外の女に興味ないんだけどな。」

「ふーん。」

「普通喜ぶトコじゃない?」

「そう?じゃあ喜んでおくよ。」

遭ったらヤバイ相手が誰か、聞きたかったけれど、結局は聞けなかった。

しつこく聞くのも気が引けたし。

「あ!藍莉!向こう岸にアヒルがいる。」

急に影志が明るい声を出し、指差した其処には、確かにアヒルが居た。

「ホントだ・・・。」

「な、ホントに居ただろ!!

こっち泳いでこねぇのかな。

アヒルー。」

「・・・アヒルーって呼んだって来るわけ無いじゃん。

絶対呼ばれてることに気付いて無いって。」

「何て名前なんだろ。

アヒー?

ヒルー?

・・・おかしいな。反応しねぇ。

藍莉もなんか言ってみろって。」

「えー・・・じゃあ・・・。

アー!」

「!!何それ。発声練習かよ?全然反応してねぇし。」

影志はくくくっとお腹を抱えて笑ってる。

「・・・アヒーより、センスあると思うけど。

じゃあ・・・ルー!」

偶然かもしれないけど、アヒルの首がこっちを向いた。

「うそだろ・・・。」

「こっち見たね。」

「ルー?」

またまたこっちを見る。

「・・・マジかよ!!俺、今度からルーって呼ぼう。

ルー、ルー!こっちこいー。」

・・・今度は完璧無視された。

「あっ!ムカつく!」

アヒルに馬鹿にされている影志がおかしくて、

私はさっきの影志のように、くくくっとお腹を抱えて笑った。

「なんだよー。」

影志はそう言いつつも、私と一緒に笑った。



「そろそろバドミントンするか!何回ぐらいラリー続ける?100回?」

「・・・そんなに出来る?」

「俺上手いもん。」

「・・・ふーん。じゃあミスしたらどうする?」

「ダッシュでゴールポストタッチで戻ってくる。」

影志が指差した先には、グラウンドの中に置いてあるサッカーのゴールポスト。

結構距離あるから、タッチして戻ってくるなんて、疲れそう。

「絶対やるんだからね。」

「いいよ。言っとくけど、藍莉もだからな。」

「はぁ?酷くない?」

「いーち。」

「うっそ。もう始まってるの!?ズルイっ!」

影志は本当に上手くて、私が打ちやすいようにしてくれているからか、

ラリーは続くんだけど、

回数が多くなっていくほど私の腕は重くなっていく。

結局、私が92回目でミスをして、ゴールポストにタッチしてくることになった。

「ヒドイ!私、やるなんて言って無いじゃん!」

「藍莉ー、ファイトー。」

しょうがないから、嫌々ながらもラケットを置いて、ダッシュ。

きっちりやって戻ってきたら、影志はニコニコ顔。

「・・・その顔・・・ムカ・・・つく・・・んですけど!」

疲れて息が切れる。

「頑張ったなー。エライ。」

ポンポン、って頭を叩く。

悔しくて、絶対に影志にやらせたくて、もう一度勝負を持ちかける。

「今度は・・・しりとりでラリーね。

ラリーをミスしても、しりとりが出来なくてもダッシュだからね。」

「はいはい。」

「絶対やるんだよ?」

「わかってる、って。」

2回戦は私の勝利。

影志がしりとりに失敗したから。

「しょーがねぇなぁ・・・行ってくるか。」

そうは言うけど、あんまり嫌そうじゃなくて、

影志はラケットを私に渡した後、

軽々とゴールポストにタッチして戻ってきた。

「・・・なんかムカつく!なんでそんなに平然としてるの!?」

「鍛えてるから?」

「部活やってないじゃん!」

「やんなくても鍛えられるんだよ。」

「じゃあもう一回!今度は古今東西しながら!」

「お題は?」

「動物!」

「いいよ。じゃ、俺からな。アヒルー!」

「ずるいっ!今、私が最初に言おうと思ってたのにー!」



その後、何度かバドミントンで遊んだ後、

疲れて、二人でバタンと草の上に倒れた。

いつの間にか、空はもう暗くなりつつあった。

「こんなデート初めて。」

「俺も。」

そう言われて、私は身体を起こし、横目で影志に言う。

「・・・嘘だ。付き合っていた人いっぱい居たのに?」

影志も身体を起こして、答える。

「ホントだって。定番コースしか行ったことない。

こんな無計画で疲れるデートは初めてだ。」

「疲れたけど楽しかった。」

私がそう言って、微笑むと、

影志も微笑んだ。

そして私の左手に影志の右手を重ねた後、

・・・私の左頬に、軽くキスをした。

「?」

なんで頬に?

不思議に思っていたら、

「ほっぺにチュウってファーストデートっぽくない?」と影志が言う。

「そう?」

なんだか今更だなぁと思ったけれど、

少し嬉しいような、恥ずかしいような気分になった。

それから、頬の感触を気にしつつ、ぼんやりと遠くを見ていたら、

影志が覗き込むように私の顔を見てきた。

「何?」

そう訊ねたら、影志は何も言わず、唇にそっとキスをした。

「・・・なんか、ベタな展開。」

私が照れ隠しで俯いてそう言うと、

影志は何も言わず、私の頭をそっと撫でた。






END







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