蕗に迎えをお願いした駅まで、家から歩いて30分位かかる。

蕗の足だったらもっと早いかもしれないけど、

直ぐ来てくれるっていう保証は無いから、屋根がついている駅のロータリーのベンチで、気長に待つ事にした。

雨はまだ降ったままだ。

クラスメイトのうち、約半数の人が残り組で、次のお店へ行くと意気揚々に話していて、誘われたけれど、

蕗に迎えをお願いしていたし、早く蕗に会いたかった、ってこともあったから断った。

桃香は親が既に車で迎えに来てて、早々と帰ってしまい、

暫らく一緒に居た藍莉もさっきサワタリエイシから電話が来て、帽子を目深に被った、

多分サワタリエイシらしい人物の傘の中にすっと入って、消えるように帰って行ってしまったし、

数人居た、同じくロータリーで待っていた子たちも、それぞれ迎えが来て、皆帰ってしまった。

私は一人、ベンチに座って、携帯とにらめっこ。

相変わらず連絡ナシ・・・か。

もう直ぐ着くよ、とか、一言連絡くれても・・・いいんじゃ・・・ないかな。

・・・やっぱり機嫌悪いのかな。

私が今朝あんなこと言ったから。

はぁ・・・。

大きくため息を吐いていたら、後ろの方からひそひそと、

「・・・約束すっぽかされたんだよ、きっと。」

「かわいそー。」なんていう声が聞こえてきた。

・・・多分それは私に向けられた言葉のような気がする。

だって周りに居るのって、年配の人と数人の高校生ぐらいの5〜6人のグループで、

どっちも約束をすっぽかされた図にはどうしても見えなくて、

そうなると、どう考えても携帯を見てため息を吐いてしまっていた私が、

約束をすっぽかされた、という言葉が相応しい。

私はそう見られたのがなんだか切なくて、

違う!って否定したかったけど、知らない人に説明したってしょうがないから、心の中で反論をする。

約束すっぽかされたわけじゃないもん!

迎えに来てくれるんだもん。

・・・くる・・・はず。

来るよね?

周りの声に感化されて、

なんだか自分でも蕗がちゃんと来てくれるのか、不安になってきた。

もしかしたら未だ怒ってて、気が変わったかも。

私は直ぐに携帯を手にして、リダイヤルの一覧を開き、蕗に電話を掛けた。

でも蕗は中々出てくれなくて、私は電話口に蕗が出てないのにも関わらず蕗に向かって、「ふきぃ・・・。」と呼びかけてしまった。

すると電話越しじゃなく、直接耳に「なに?」と蕗の声が。

振り向くと其処には蕗の姿があった。

私は嬉しくて立ち上がり、思わず蕗に抱きつきそうになったけど、踏みとどまって、

蕗の服をぎゅうっっと掴むだけにしておいた。

「・・・来てくれた。」

思わずそう呟いたら、蕗は「何それ。」と呆れ顔。

「・・・行くって言ったじゃん。信じてなかったわけ?」

「・・・だって怒ってて、来てくれないかもって・・・。」

「怒ってても、約束は守るよ。」

蕗が不機嫌そうにそう言うから、私は焦り始めた。

・・・まだ怒ってるんだ・・・どうしよう。

どうしたら機嫌直してくれるんだろう。

「ごめんね。未だ怒ってる・・・よね?」

「怒ってない。いいから・・・早く帰るよ。」

蕗はそう言って、一本のビニール傘を私に押し付けるように渡した後、自分の持っていた傘を開き、

いつもより少し早めの速度で歩き始めた。

なんだかその行為が、まだ怒ってるって表しているような気がして、私は不安になった。

どうしよう。このまま蕗がずっと怒ったままだったら・・・。

嫌な思い出が過ぎる中、私は渡された傘も差さずに慌てて蕗の後を追った。

ちょっと雨が当たってくるけどお構いなし。

雨なんかどうでも良い。

私が蕗の腕を掴んで、待ってと言うと、

蕗は傘を差さずにいた私に傘を傾けて、困った顔をして、

「濡れたら迎えに来た意味無くなるじゃん。」と言ってきた。

私は俯いて、心の中で言い返してた。

迎えに来た意味無くないもん。

私が蕗に早く会いたかったから、一緒に帰る時間を共有したかったから、

迎えに来てってお願いしたんだもん。

「・・・ホントは濡れたっていいもん。

・・・蕗に迎えに来て欲しかっただけ。」

言葉に出して言うつもりは無かったのに、はっとした時にはもう時既に遅し。

言葉が零れ出ていた。

ヤバイ。何口走ってんの私!!

迎えに来て欲しかっただけ、とか言っちゃって、

絶対蕗、呆れてる。

いや、それよりも怒りが増してるかも!!

こわいよ。

顔上げられない。

少しの間があって、蕗が私の肩に触れて反射的にビクッっとなった。

「ご・・・めんなさい。」

少しでも怒りを和らげるようにと、咄嗟に謝ってみたけれど、

意外にも蕗は怒っていないようで、

返って来た言葉は柔らかい口調だった。

「・・・ねぇ、何で俺に迎えに来て欲しかったの?

今日はアキん家お父さんもお母さんも居たよね?迎えに来てもらえたはずでしょ?

車だったら濡れる事もないし、こんなに待つ事も無かったと思うし。」

何で?

何でって・・・

だからそれは・・・

なんて言ったらいいんだろう。

やっぱり正直に言うべきじゃない・・・よね。

そう思っていたら、急に顎に手を添えられ、強引に顔を上げられた。

「アキ、正直に言わないと、どうなるか分かってる?」

め・・・目がコワイ!!

「言う!言う!言うから!!」

「どうぞ。」

ニッコリ微笑んでそう言うけど、正直怖いから!

私はもう自棄になり、目を瞑って、思っていたことを口にした。

「蕗に会いたかったの!

一緒に帰る時間も欲しかったの!

家に帰っても、二人だけで居られるかなんてわからないし・・・。」

言い終わらないうちに蕗の手が私の背中に回り、

私はいつの間にか蕗に抱きしめられていた。

そして・・・蕗はボソリと呟くように言った。

「・・・アキはズルイ。」

「・・・え?」

「アキは、どうやったら俺が機嫌よくなるかって分かっててやってるんでしょ。

・・・俺がどんなに怒ってたって、いつだってどうでもよくさせちゃうんだから。」

「・・・なに・・・それ。どうやったら機嫌よくなるかなんてわかんないよ・・・。」

分かってたらこんなに苦労はしない。

蕗の機嫌の取り方のマニュアルがあるなら教えて欲しいよ。

そんなことを考えていたら、耳元で小さなため息が一つ聞こえた。

蕗はゆっくりと抱きしめていた手を放し、身体を離すと、私に開いていた傘をそのままくれて、

自分は私が手に持っていた傘を開いて、何も言わずに歩き出した。

でも、どうやら怒っているわけではないらしい。

だって、今度は私が充分についていける、いつもの速度で歩いていたから。

蕗はため息混じりに常に前を向きつつ言い始めた。

「・・・アキはさ、俺の気持ちを簡単に動かす力を持ってんだよ。

一瞬で嬉しくもさせるし、悲しくもさせる・・・。」

私はそれを聞いて思わず蕗の腕を掴み、足を止めさせた。

今の発言、自分ばっかりそんな思いをしているような言い方に聞こえた。

私だって同じ思いをしているのに、わかってくれてないの?

「そんなの私だって同じ!蕗の言葉で一喜一憂してるんだよ!」

私が蕗の目をジッと見て、そう言ったら蕗は驚いた表情を見せた。

なんで驚くの!?おかしいんだけど!

「今日だって蕗が言った事、ずっと考えちゃって、

皆と居るのに蕗のことばっか考えてて、全然楽しめなかったんだから!!」

考えないようにしてたけど、実は何度も、

こんなことなら家に居ればよかったって、思ってたんだよ。

私の気持ちもわかってよ。

私は真剣な顔で、寧ろ怒りながら言っていたのに、

蕗は私の声を聞いて、逆に柔和な雰囲気で微笑んできた。

蕗が私の頬に手を伸ばしてきて、私の頬に蕗の冷たい手が触れた。

冷たさに思わず触られた側の目が一瞬閉じる。

蕗は優しく、聞いてきた。

「ねぇ、それホント?」

「え?」

何に対して、ホント?って訊ねているのか良く分からない。

「・・・俺のコト、ずっと考えてたの?」

「考えてた・・・けど。」

何?

そう思ったと同時に、蕗が一瞬だけ、私の傘の中に入ってきて、

唇に、そっと触れるだけのキスをした。

あっという間の出来事で、私はただ呆然となった。

でもハッとして、周りの目が気になって思わず俯いた。

恥ずかしすぎる!!

公衆の面前で何をするの!!

知ってる人に見られてたらどうしよう!!

「・・・なんでこんなとこでするの!」

小さな声で俯きながら責めると、蕗は「アキが嬉しいこと言うから。」

なんて、よく分からない返しをされた。

「意味がわからないんだけど!!」

「わからなくてもいいよ。」

蕗は上機嫌な声で、そう言ったかと思ったら、私の手を取って、歩き始めた。

まだ心臓がバクバクしてる。

顔も熱い。

「もうやめてよね・・・人前で・・・その・・・するの。」

「何を?」

「だから・・・その・・・アレ。」

「アレって?はっきり言わないとしちゃうかもー?」

「だから!!・・・キス・・・だよ。」

小さな声でそういったからか、蕗は「聞こえなーい。」と言ってくる。

でもそんなの信じられない。

こんな近い距離で、聞こえないハズがない。

きっとまたいつものイジワルだ。

「絶対聞こえてたでしょ。」

「ううん。アキ、はっきり言ってみて。」

「やだ。もう言わない!!」

いつも蕗の思い通りになると思ったら大間違いなんだから!

そう思ってはいたんだけど・・・。

大通りの横断歩道の前で、信号が変わるのを待っている時、

「ねぇ、アキ。」

蕗がそう声を掛けてきて「何?」と、蕗の方を振り向いた瞬間、

また唇にキスをされた。

唇が離れた後、蕗はしてやったりとほくそ笑み、

目の前の信号を見つめ始めた。

・・・悔しすぎる!!

そして、蕗に翻弄されてばっかりの自分にも腹が立つ!!

私の心臓は相変わらずドキドキしっぱなしで、

自分では制御できない。

私は恥ずかしさで俯きながら、

せめてもの仕返しとして、繋いでいた手を力いっぱいぎゅーっと握り締めた。

イタイイタイ、って言われると思ったのに、横目でチラリと蕗を見ると、蕗は平然としてて、

全然痛みを感じていないらしかった。

私はまたもや悔しくなった。

・・・突然、蕗が言った。

「今日、山村と何かあった?」

「なんで急に山村君が出てくるの?」

「なんとなく。」

「あのね、何度も言うようだけど、蕗が心配するような事は何も無い。

しかも今日ちゃんと山村君に聞いてみた。『私のこと友達って思ってくれてる?』って。」

「そしたら?」

「友達だと思ってる、って。ほら、心配しなくて良かったじゃん。」

「ふーん。」

まだ納得してないの?

もう・・・いい加減わかってよ。

「・・・・・もし、もしもだよ?こんなこと有り得ないけど、山村君が私を好きでも・・・。」

私は蕗の目をじっと見て言った。

「私は蕗じゃないと駄目だから・・・

私の一番は蕗なんだから。信じて。」

蕗はそれを聞き、本当に嬉しそうな表情をして、うん、と言った。

私はその表情を見て、胸がいっぱいになった。

長かった横断歩道の信号が丁度変わって、渡ろうとしたのに、

蕗はその場から動かない。

そして、

「アキ、寄り道して帰ろ。」

そう言ったかと思ったら回れ右をして、家から離れた方向へ歩き始めた。

「え、折角信号変わったのに・・・渡るだけでも渡らないの?」

「いいから。」

蕗は本当にご機嫌。

それを見て、私にもそれが伝染して、嬉しくなった。

私ってホント単純。

蕗が嬉しくなると自分も嬉しくなるなんて。

でも、それだけ、蕗が好きなんだよ。

蕗、ちゃんと信じてね。



END



  


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