Caught mind







「何そのカッコ。」

自分の部屋の鏡の前で、最近会得した化粧に必死で取り組んでいたら、急にドアの辺りから声が聞こえてビクっとなった。

慌てて声のする方を見ると、蕗が腕組みして、ぶすぅーっとした顔つきでコッチを見てた。


咎める気が失せるほど、もう蕗は勝手に家に入ってくる。

それを当たり前と思えてきてしまう自分も、自分の両親もどうかと思うのだけれど。

特に最近、学校から一緒に帰ってくると、蕗は流れるように私と一緒に私の家に入ってきて「ただいまー」なんて言う。

私が呆れたように「蕗の家は、お隣。」って言うと、蕗は面倒くさそうな顔つきで、

「もう家族みたいなモノなのに・・・。近い将来、一緒に住むことになるんだし。」

なんて、プロポーズ紛いのことをさらりと言ってくるから、言葉を失うんだけど。


「ねぇ、なんで今日はこんなにオシャレしてるわけ?」

いつの間にか近くに寄ってこられていて、大きな鏡越しに蕗に話しかけられる。

「えっ・・・?そ・・んなことないけど。」

そうは言ってみるけど、いつもの私とちょっと違うことは明らかに分かりきっている。

胸の辺りに細いリボンが付いたベロア地のワンピースに、カーディガンを羽織るなんて、

滅多にしない格好。しかも、化粧もしちゃってる。

ちょっと前は化粧すると、笑われるから、あんまり好きじゃなかったけれど、

杏の影響を受けて化粧が嫌ではなくなってきた。

実は、一番私の近くに居る誰かさんが、化粧姿を褒めてくれたから、っていうのもあるんだけど。

「そんなカッコで折角の休みにどこに行くの?まるでデートじゃん。」

声がコワいよ・・・蕗。

家に来てからずーっと怒ってるみたいだけど、なんで??

蕗を直視できなくて、鏡越しで会話を続ける。

「・・・な、にいってんの?クラスの皆と集まるって言ったでしょ。知ってるくせに。」

今日は、もうすぐクラス替えということで、クラスの皆で思い出作りを兼ねて遊びに行く予定なのだ。

「だからって、可愛いカッコするなんて聞いてないけど?」

「・・・杏が、出かける時はもっと女の子っぽい格好したら、って言うんだもん。」

それを聞いて、蕗は怪訝そうな顔をする。

「それってさ・・・その言葉の前に『俺と』ってついてなかった?」

「・・・そう!蕗君と出かける時、って言われた。え!なんで蕗、それ知ってるの!?まさか聞いてたんじゃ!?」

蕗は呆れたように、はぁーって大げさにため息をつく。

「そんなわけないでしょ。大体予想がつくんだよ。

なぁ、別に強制じゃないなら行かなくてもいいんじゃないの?なんで行くの?」

「藍莉も桃香も行くって言ったんだもん。」

そう言って、蕗を見ると、やっぱり不機嫌な顔。なんでそんな顔するの!?

「・・・なんなの!?出かけちゃ駄目なの!?」

「別にいいけど。」

蕗はそう言いつつ、ベッドにゴロンと横になる。

別にいいけど、っていう顔してない!

でも、約束の時間は刻々と迫ってきているから、蕗に構うことなく、最後の化粧の仕上げを進める。

そしたら、なんか蕗から痛いほどの視線が。

「な・・・なに?」

蕗の方を向くと、蕗はチョイチョイ、と手招きをした。

立ち上がり、蕗の側に行き、「なに・・・?」と訊ねた途端、

グッと腕を引っ張られ、蕗の上に覆いかぶさるように倒れて、そのままキスを。

「!」

苦しくて、何とかその場から逃げようともがいても蕗は塞いだ唇を暫らくは離してくれなかった。

「・・・もうっ・・・何すんの・・・。グロス落ちちゃうじゃん。

折角上手く塗れたと思ったのにぃ・・・。」

起き上がり、乱れた髪を直しながら蕗に文句を言うと、

蕗は平然とした顔つきで、

「そんなのつけなくていい。リップで充分。」とさらっと言葉を返した。

「・・・。」

・・・そんなこと言われたら、そうかもって思っちゃうんですけど。

それくらい、蕗の言葉は私に影響を与える。

じっ、とまた蕗は私の顔を覗き込むように見てくる。

「・・・何?」

蕗の行動、意味不明。分からないから正直に聞いているというのに、中々言ってくれない。

「・・・浮気したら、許さないから。」

「え!?浮気!?」

私が驚いてそう聞き返すと、蕗はわざと大きなため息を吐いて、外を見た。

そして、

「アキ、俺が見て無いと直ぐに男とイチャつくし・・。」

なんて、聞き捨てならない言葉を吐いた。

「何言ってんの!?あたしそんなのしてない!!」

すぐさま否定しても、蕗は私の言葉を信じず、冷めた目でこっちを見ただけだった。

「どうかな?アキ、昨日、山村と仲良く書架整理してたんだって?

俺、そんな話、聞いて無かったんだけど?」

な、なんで知ってるの?

確かに昨日、山村君と一緒に書架整理をした。

人手が足りないって話聞いたから、助けてあげたくなったんだもん。

でも仲良くって表現おかしい。

「二人っきりじゃないし!藍莉も・・・他の人もいたし!」

「知ってるよ。影志から聞いた。

でもどうしてそのこと昨日言わなかったの?山村と一緒に図書館に居ましたーって。」

「・・・わざわざ言うのも何か変な感じするし。」

「そんなコトいって・・・後ろめたい気持ちがあるからでしょ?」

「違うよっ!!なんで山村君といて、後ろめたい気持ちを持つの?

おかしいでしょ!山村君と私は友達だよ?」

自分だって女の子の友達いるくせに。

蕗が女友達と一緒にいても私は文句を言ったりしてないのに。

自分のことは棚においておいてずるいよ。

私が頬を膨らませて怒っているというのに、蕗は呆れた様子でハァ・・・とため息を一つ吐いたあと、

「・・・アイツはアキのこと、友達と思ってないかもよ。」と言った。

「何それ!ひどい!」

「・・・アキ、俺の言いたいこと分かる?俺が言いたいのは、アイツがアキに対して、

友達じゃなくて、恋愛感情持ってるかもってこと。

・・・あー嫌な予感してきた。俺も一緒に行く。」

「は!?ちょっと!何言ってるの?だ・・・だめに決まってるじゃんっ!」

「どうして?決まってないよ。」

「同伴者連れてくる人なんて居ないし。恥ずかしいし。」

私がそう言うと、蕗は思いっきり不機嫌な顔をした。

「なんで?なんで恥ずかしいの?」

「一緒に居るとこ、見られたくないから!」

私が勢い余ってそう言ってしまった後、蕗は怖い目をして、

「・・・俺と一緒に居るの嫌ってことかよ。」と静かな声で言った。

「ち・・・がう!そんなこと一言も言って・・・。」

私が言い終わるうちに蕗は、「もういいよ。」と一言言って、

こっちを一度も見ずに帰ってしまった。

私は何となく罪悪感みたいなものが残り、

蕗に申し訳ない気持ちを抱いてしまいつつあったけれど、

待ち合わせの時間が刻々と近づいていることに気付き、

落ちてしまったグロスに代わって唇にリップを塗ると、

コートとバックを掴んで家を出た。


+++


「なんだか今日はずっと上の空だね。」

「え?」

今まで居たボーリング場から次の目的地のカラオケまで移動の途中

ボーっと歩いていたからか、ポールにぶつかりそうになったところを、

隣に歩いていた山村君に助けられてそんな風に言われた。

「どうかした?疲れた?」

「別に何にもないよ。」

笑ってはみるけれど、上手く笑えてない気がする。

たぶん、今、頭の中の3分の2ぐらいが蕗のことで占められてるから。

何をしてたって、蕗の顔が、行動がちらつく。

私の心はもう完全に蕗に捉えられてる。

「具合でも悪い?」

山村君は、心配そうな顔で、私の額に手を当てた。

私はその山村君の行動にびくっとなる。

そして思わず一歩後ずさりした。

「平気だから。」とそれだけ言って、俯いた。

蕗にそうして触られるのは大丈夫だけど、

他の人は駄目。

心臓がバクバクしてる。

別に、山村君は何気なく心配してしてくれた行為なのに、

私だけが意識しちゃって、なんか申し訳ない。

これも全部、蕗の所為だ。

蕗が、あんなこと言うからだ。

―友達じゃなくて、恋愛感情持ってるかも―

まさかね。

有り得ないよ。

藍莉ならともかく、私なんて。

あーもう恥ずかしい。なに考えてるの私って。バカすぎ。

すたすたと早足で逃げるように目の前を歩いていた藍莉の側に行った。

「明菜、どうかした?」

俯いてる私を不思議に思ってか、藍莉がそう声を掛けてくれたけど、

私は慌てて、「な・・・なんでもない。」と否定した。

カラオケに入った後も、私は上の空で。

やっぱり蕗のことを考えていて、全然楽しめなくて、一人部屋の外に出た。

帰ろうかとも思ったけど、カラオケに入ったばかりだったし、

誰も帰ってない今、先に帰るのはなんだか気が引けて。

とりあえず、トイレに行って手を洗い、その後、ドリンクバーに行って、グラスを手に取り、

氷を2、3個入れてオレンジジュースのボタンを押した。

オレンジジュースが注がれている間、周りをキョロキョロみると、

休憩スペースのような場所で、

クラスメイトの数人がソファに座り、ドリンクを片手に楽しそうに話をしていた。

同じクラスのカップルも端の方に座っていて何やら楽しそうだ。

私も蕗と同じクラスだったら・・・。

有り得ないことを考えて、バカバカ、と頭を振る。

グラスいっぱいになったオレンジジュースを持って、私は大きな窓の前にあるカウンター席に座った。

オレンジジュースを飲みつつ、携帯をチェックして、蕗からの着信とメールを調べてみるけど、

全くなし。

おかしいな。

何かあるかと思ってたけど・・・。

その時、窓に水滴がぽつぽつとついた。

雨が降ってきたみたいだ。

うそ。

傘持ってきてないし!

あーあー。どうしよう。

頬杖をついてガラス越しの空を見上げてみる。

すると、後ろから声が聞こえてきた。

「雨、降ってきたね。」

慌てて振り返ると、そこに居たのは、山村君で。

「帰ってこないからどうしたかと思ったよ。」

空いていた隣の席に座り、山村君は外をじーっと見た。

「・・・彼氏となんかあった?」

こっちを見ず、山村君はそう訊ねて来た。

私は思わず、「うん・・・。」と返す。

山村君は、自分から訊ねてきたくせに、続きを言わない。

なんでだろう。

不思議に思っていると、急にコッチを向いて「元気出せ。」と一言言って、

山村君は立ち上がった。

え?何それ。

「ちょっとトイレ行ってくる。此処、取っといて。」

山村君はそう言い残して、向こうに行ってしまった。

暫らくして、山村君はドリンクを片手に戻ってきた。

「ごめん、ドリンクバーの調子悪くて遅くなった。

なんでも言って。話、聞くよ?」

・・・何でもって、蕗とのケンカのこと?

山村君とのことが原因っていうのもちょっとあるような気もするんだけど・・・

でもそれはそうと、山村君てホント、優しいなぁ。

今まで男の子って、意地悪してくる子が多かっただけに、山村君は珍しい存在。

「・・・ねぇ、山村君。山村君、私のこと友達って思ってくれてる?」

私が唐突にそう訊ねたからか、山村君は、「えっ!」と言って、言葉を失った。

そうだよね・・・イキナリそんなこと言われても驚くよね。

「・・・蕗にね・・・あ、蕗って・・か・・・彼氏のことなんだけど・・・。

・・・山村君は私のこと、友達って思ってないかも、って言われたんだ。」

私はオレンジジュースの入っていた、もう今は氷だけが残っているグラスを、

ストローで意味も無くかき混ぜた。

少しの沈黙の後、山村君は言った。

「友達・・・だよ。僕はそう思ってる。だから心配しなくても・・・いいよ。」

私はそれを聞いて、ほっとした。

山村君に、「ありがとう。」と笑顔で言って、また空を見上げた。

心配なんていらなかったんだ。

ホラ、やっぱり山村君は私のこと友達って思ってくれてた。

もう!蕗のバカ。

蕗が変に勘ぐらなければケンカだってしなかったのに。

・・・でも

一緒に居るとこ、あんまり見られたくないから・・・なんて言ったのは良くなかったかも。

「・・・私ね、よく蕗とケンカしちゃうんだ。酷い事言っちゃったりもする。

ホントはケンカなんてしたくないのに。」

「・・・でも、ケンカして分かり合えることもあるんじゃない?悪いことばかりじゃないような気もするけど。」

そう・・・か。そうかも。

その時、急に後ろから声が聞こえてきた。

「何してるの?」

藍莉が部屋から出てきたみたいで、私と山村君の顔を見てから私の隣に座った。

「あんまり面白くないから出てきちゃった。」

藍莉は音楽が流れて声が周囲に聞こえにくくなっていることがわかっているからか、

素に戻ってそう言い捨てた。

ころっと変わった藍莉の姿を私は面白く思い、

私と同じように素の藍莉を知っている山村君も、一緒になって笑った。

暫らくその場で3人で話をしていると、部屋からクラスメイトが出てきて残り時間が少ないことを教えてくれ、

私たちはおしゃべりをやめて、荷物をとりに部屋に戻った。

桃香は友達と話をしていたけど、私たちに気付き、

「帰ってこないからどうしたのかと思ったよ。」と言ってきた。

「ごめん。」と謝まり、「先にロビーに行ってるね」と言うと、コートを手にして藍莉とロビーに向かった。



最近三人の形が崩れつつあり、藍莉と私、桃香が他の友達と居るということがよくある。

こうなったのは、私が蕗と付き合い始めたからかと思って私は少し心配になる。

藍莉の彼氏であるサワタリエイシは蕗の親友で、

私と蕗が付き合ったことで4人で遊ぶことも増えつつあるから。

藍莉とサワタリエイシは付き合ってるってことを周囲に隠していて、

そのことを知ってるのは、私と蕗だけ。

だから4人で遊ぶ時に桃香を誘えないし・・・。

とはいえ、桃香を誘ったとしても、桃香は居心地が悪いかもしれないけれど。

「雨、結構降ってるね。」

藍莉が外を見て、そう言ったところで、

私は傘を持ってきてなかったことを思い出した。

あぁ・・・そうだった!!

傘・・・買って帰らなきゃ。またビニール傘が増えちゃうよ。

少ししょんぼりしていると、藍莉が、「忘れた?」と訊ねてきた。

「うん・・・。」

「貸そうか?アイツ、迎えに来るって言ってたから、言えば傘多く持ってきてくれるよ。」

そっか、サワタリエイシが迎えに来るんだ。

でも・・・。

「いい、いいよ。」

私が慌てて断ると、藍莉は、笑って、

「蕗君が迎えに来てくれる・・・か。」と言う。

「え?あ・・・うん。」

そんなこと考えてなかったけれど、とりあえずそう答えてみた。

蕗、お願いしたら来てくれるかな。でもまだ怒ってたら来てくれないかも。

・・・でも、お願いするだけしてみよう。

私はトイレに行く、と言ってトイレに向かうとトイレの個室の中で

おそるおそる携帯電話を手にして、蕗にかける。

無視されるかなぁ・・・とも思ったけど、何度目かのコールの後、蕗は取ってくれた。

「ナニ?」

「・・・まだ怒ってる?」

「別にー。」

「あのね・・・傘持ってきてなくて・・・

蕗に・・・む・・かえに来て欲しいんだけど・・・だめ?」

少しの沈黙の後、

「・・・いいけど。俺が行ったら恥ずかしいンじゃないの?

見られちゃうけどいいんですかー?」と。

嫌な言い方。

そこで声を荒げたら、駄目だと自分に言い聞かせ、

「・・・いいから来て・・・ください。お願いします。」

と、下手に出て言った。

すると、蕗は、「どうしよっかな。」と、曖昧な言葉で返してきた。

さっきいいって言ったのに!

イジワルだ・・・。

私は早くもう一度了解の言葉が聞きたくて、必死に頼み混む。

「お願い。蕗に来てもらいたいの!」

私の必死な想いが通じたのか、蕗は「・・・わかったよ。」と言ってくれた。

そして。

「どこに行けばいい?」

そう言われて、私は早口でカラオケの直ぐ目の前にある駅の名前を言った。






  



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