Canon















いつも、定時刻になるとその家から聞こえてくるピアノの音。



誰が弾いているのか分からない。

男が弾いているのか、女が弾いているのかも。





僕はただ、そこを通学路にしているだけだから。





最初は、偶然通ったこの道が、このピアノの音色のおかげで、お気に入りの道となった。

このピアノの音色は僕の気持ちを安らかな気持ちにさせてくれる。



ピアノからはいつも同じメロディーが流れる。

その曲のタイトルはわからない。

でも、聞いた事が無かったわけじゃない。

何度か聞いた事のあるメロディーだった。



その曲のタイトルを知りたい。
でも、歌が上手い方じゃないから、人前で歌って、人に聞くなんて事はできない。

どうすれば・・・。

もどかしい気持ちでいっぱいになり、結局諦めた。

別にいいや。

そう自分に言い聞かせてみる。

うん。

そうして自分を納得させた。毎日、毎日、この繰り返しだ。













僕の名前は小村 亮太。

私立、明石高校の2年生。

特にこれと言って特技なんてものは無い。

平凡な・・・普通の高校生。



眼鏡をかけているせいで、真面目にみられがち。

だから、生徒会書記なんていう、めんどくさいことを押し付けられてしまう羽目になった。

ホントは真面目じゃないんだけど。





生徒会のメンバーに入ったお陰で、学校の帰りはいつも遅い。

部活をやっているわけでもないのに。





今日も帰りが遅くなった。

そしていつものようにある家の前で立ち止まった。

今日も、やさしいピアノの音色が聞こえてくる。



この音を聴くと、僕の心は癒される感じがする。

また明日も頑張れるようになれるんだ。







次の日も、次の日も・・・。

同じように、その場所で少し立ち止まって、ピアノの音色に耳を傾ける。

そして、癒される。



それなのに・・・



いつからか、急にピアノの音が聞こえてこなくなった。











最初は、気のせいだと思った。

でも、いつになっても、ピアノの音が聞こえてくる気配がない。



もうピアノを弾くのに飽きてしまったのだろうか・・・。



もうピアノが嫌いになってしまったのだろうか・・・。



もう二度と・・・



二度とあのピアノの音色を聴くことはないのだろうか・・・。





僕は、その場所を通る度にいつも、ピアノの音がしますように、と神様に願う。

僕の願いが聞き入れられることは一度も無かったけど。









時は流れた。












僕は3年に進級し、あの道を通ることはなくなった。



特に変わった事は無い。

相変わらず、特にこれと言って特技なんてないし、役職は会長に変わったけど生徒会で仕事をしているし、、、



平凡な・・・普通の高校生のままだ。









ある日、生徒会の役員会で使うという膨大な量のプリントを抱え、学校の廊下を歩いていた。

あとは、コレを生徒会室に持っていくだけだ。

そう思っていたら、どこからともなく聞き覚えのある、あのメロディーが聞こえてきた。



僕は驚いてプリントを落とした。



そして・・・

僕は走った。

一心不乱に・・・。

プリントを廊下に散らかしたまま。。。





音源は音楽室だった。

僕は震える指でドアを開けた。

そして・・・

ピアノの前に座って、鍵盤に指を這わせている少女を見た。



彼女は急に演奏を止め、僕の方を振り向いた。



そして・・・



ひとこと言った。

ダレ?と。



「僕は、小村亮太。一応ココの学校の生徒会長。」

「どうりで。見たことある顔だと思った。」

「さっきの曲、なんてタイトル?」

「カノン。」

「カノンか・・・。

ありがとう。ずっと、この曲のタイトルが知りたかったんだ。」

「どうして?」

「どうしてって・・・。好きな曲だから。」

「好きなのにタイトル知らなかったの?」

少女は、くすくすと笑った。

「うん、知らなかった。」

僕が素直にそういうと、彼女はまた笑った。

「私、恩田 響。

今年、この学校に入学したばかり。よろしくね。」

「新入生か・・。

・・・あのさ、今、恩田って言った?・・恩田って・・・あの恩田?」

「何それ?あのって何?」

恩田・・・。あの、定時刻になるといつもピアノの音色が聞こえてきた家だ。

「この辺に住んでる?家近い?」

「うん。近いからこの学校選んだようなモノだし・・・。」

「カノン・・・去年、毎日のようにカノンをよく弾いてなかった?」

「え?あーウン。弾いてた。でもどうして・・・?」

「そっか・・・。君がだったんだ・・・。君が弾いていたんだ・・・。」

「あの?私、さっぱりワケがわからない・・・。」

「ゴメン。説明する。僕ね、君の家の前を通学路としていたんだ。

そして、いつも君の家から聞こえてくるピアノの音色を聴いていたんだ。

お礼が言いたかった。ずっと。

ありがとう。

君のピアノのお陰で、僕はどんなに癒されたことか。。」

「癒されるだなんて・・・。」

彼女は照れて、俯いた。

「聞きたいことがあったんだ。」

「何?」

「どうして急にピアノを弾かなくなったの?」

「ピアノを弾くことに疲れちゃったから。受験もあったし。

・・・それにね、聴いてくれる人が居なくなっちゃったの。」

「それって誰か聞いてもいい?」

「うん、いいよ。

おじいちゃん。私のおじいちゃん、私のピアノ好きだって言ってくれたの。

おじいちゃん、私のピアノ聴くと元気になれるって言ってくれたの。

でもね、私のピアノでおじいちゃんの病気が治るはずもなくて・・・。

おじいちゃん、亡くなっちゃった・・・。」

「そう・・・。」

そうだったんだ・・・。そんな理由があったんだ・・・。

「それから、ピアノ弾くことが、少し、苦痛に感じちゃってたんだ。

これから私は、何の為にピアノを弾くんだろうって・・・。

でもね、さっき、私のピアノを聴いて、癒されたって言ってくれたでしょ?

嬉しかった。

私は、自分のピアノで人を癒すことができていたのかって思えたから。

ありがとう。」

「ねぇ・・・これからもカノン弾いてくれない?

これからは僕のために・・・。」

彼女は僕の言葉に一瞬驚きの表情を見せ、そして照れながら頷いた。

「うん。」

僕は嬉しかった。

それから・・・彼女は・・・僕の大切な人になった。

「一緒に帰ろうか。」

「うん。」

「あっ!!

僕は大切なことを思い出して声を上げた。

「何っ??」

「プリントっ!!」

「は?」

「プリント廊下に散らかしたままだったっ!!!!」

「はぁッ?」

僕は慌てて走りだした。

響の小さな手を握り締めて。




END




この作品は、ピアノの経験がある、皆様に贈りますv
きっと、あなたのピアノで、癒されたり、感動した人がいるはずだから。。

私は、カノンが大好きなんですよ。なんていい曲なんだっていつも思うくらい。
私はあの曲を聴くと癒される。だから亮太君にも癒されてもらいました。

亮太は丁度響のピアノの音を聞いた時、
実は酷く落ち込む事があって、カノンを聴いていて救われたという裏設定があります。


カノンのスペル、canonかkanonのどっちにしようか迷ったんだけど、canonのほうにしてみました。
canonのほうが(英)で、kanonは(独)だって。





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