モニカとランドラが居ない食卓で食事を済ませた後、グレーフィンは育ての両親の姿をじっと見つめていた。
まるで、自分の目に二人の姿を焼き付けておこうとするように。
プラムとメリナは、グレーフィンの視線に気付き、どうしたの、と問う。
グレーフィンは、にこ、と微笑み、なんでもないよと一言。
なんでもないわけがないというのに。
「グレーフィン、何かあったらすぐに・・・。」
戻ってきなさい、そう言おうとしたプラムの声を最後まで聞かずグレーフィンは首を振る。
絶対に、青いバラが見つかるまでは、帰るつもりは無かった。
「今まで、本当にありがとう。」
グレーフィンは笑顔でそう言い残すと、席を立った。
メリナはそれを見て、慌ててグレーフィンを呼び止める。
待って、と。
そして、近くに置いてある籐で出来た引き出しからそっと何かを引き出し、グレーフィンに手渡した。
「これ。お守りに。」
メリナから差し出されたそれは、表面がビロードで滑らかな肌触りの長方形の箱だった。
グレーフィンがその箱を手に取り、開くと、白金で出来たオーバル型のロケットが出てきた。
表面には、ルビーとエメラルドで出来た小さいバラがある。
グレーフィンは、それを手にすることなくパタ、と再び箱を閉じると、メリナに差し出した。
「・・・いいよ。母さんが持ってて。」
グレーフィンはそう言って、返すと、メリナは首を優しく振る。
「・・・それは、もともと、あなたのものなの。時期が来たら渡すつもりだったのよ。
だから・・・持っていて。」
グレーフィンは、そう言われて頷くしかなかった。
メリナはギュっとグレーフィンを抱きしめた。
「皆、あなたを愛しているわ。きっと戻ってきて。待っているから。」
プラムも立ち上がり、二人を包み込むように抱きしめた。
「おやすみなさい」と言葉を告げ、グレーフィンは階段を上る。
一定のリズムで階段を上りきり、部屋に入ると直ぐに崩れるように入り口に座り込んだ。
グレーフィンの後を付いていたチェリッシュとエルは驚き、お互いの顔を見合した。
そして、声を掛けようと思ったが、ただならぬ彼の雰囲気を感じてか、
二人は声を掛けることが出来ず、不安そうにグレーフィンの顔を窺っていることしか出来なかった。
―もう会えなくなるかな。
グレーフィンはそう思い、なんだか泣きたい気持ちになっていた。
グレーフィンには、親しい人との別れなんて記憶の中ではたったの一度も経験したことは無い。
だから、初めての“別れ”というものに耐え切れそうもなく、涙が溢れそうになるのを堪えていたのだった。
今まで、過保護すぎる両親の下、何不自由なく、恵まれた環境で過ごしていた。
もし、エルと出会わず、ローザリィの存在を知らぬまま過ごしていたら、今までと何も変わることなく、幸せな人生を過ごせただろう。
しかし、グレーフィンは知ってしまったから。
ローザリィの存在を。本当の両親の存在を。自分を必要としている人たちが居るということを。
ローザリィの為に何かしたい、そう思った。
周りから見れば、見たこともない世界のためにどうして動ける?と不思議に思われるだろう。
でも、夢の中の女の人も、エルも、ローザリィを救って欲しいと必死で、
自分しかローザリィを救える人がいないと言われたら、力になりたいと思ったのだ。
まだ自分が何を出来るか分からないけれど。
・・・というか、出来ることがあるのか、分からなくて不安なのだけれど。
ローザリィで一番強力な力の持ち主、希望の光、なんていわれてもグレーフィンに実感なんて全く無かった。
自分にどんな能力があるのか分からないのだ。
でも、今は自分が出来ることをして、ローザリィの為になりたいと思い、
青いバラを探すことが自分の出来ること、任された使命だと、そう思い、グレーフィンは動くことを決めた。
なんとか涙を堪え、顔を上げると、足元にチェリッシュとエルが居ることに気付いた。
不安そうな二人の顔を見て、グレーフィンはしっかりしなきゃ、と思った。
二人が頼れるのは自分しかいない、これから二人を守っていくのは自分なのだから、と。
チェリッシュとエルから見れば、守るべき存在は主人であるグレーフィンで、命に代えても守ると思っているのだが、主人の方は違うらしい。
グレーフィンは、頼りない自分に二人が呆れてしまわないか、と不安だったが、
そう思っていることを隠し、慣れない厳しい顔を作り、先ほど自分の心の中で決めたことを口にした。
「チェリッシュ、エル。明日、夜明けと共に出発するから。」
チェリッシュはいつもと雰囲気が違うグレーフィンに戸惑いつつも、エルと共にはい、と返事を返した。
+++
翌朝、まだ日が昇らない薄暗い中、グレーフィンは支度を整えた。
エルが昨日と同じように念じ、出した服を身に付ける。
その服は、グレーフィンには少し大きい気がしたが、軽く、見たことがない丈夫な素材で出来ており、旅には最適だと思えた。
背中に剣を背負い、胸にはお守りのロケットを下げた。
用意が出来ると、小さい二人の妖精の姿を見る。
妖精たちもグレーフィンを見て、互いに目線を合わせた後、窓枠に足をかけ、飛び降りた。
辺りには鳥の囀りだけが聞こえていた静かな場所なだけに、ガシャンという剣の金属音だけが大きく響く。
不思議と身体が軽く、地面についた時の衝撃はあまり感じられなかった。
飛び降りた時、足に痛みが伴うと覚悟していたというのに。
「行こうか。」
小さくそう呟くと、グレーフィンは家を振り返ることなく歩き出した。
チェリッシュもエルも、家族に出発の挨拶をしなくて良いのかとグレーフィンに問いたかったが、そうさせない雰囲気が彼にはあった。
彼が決めたことは絶対。
そう思わせる何かが、チェリッシュとエルの心の奥底にあるようだった。
グレーフィンは二人の妖精に対して命令や強制をするつもりは全く無く、対等の存在だと思っているのだけれど。
これは本来、ローザリィでは考えられないことである。
妖精は、力の持つ者に仕えるものであり、人間よりも格が下なのだから。
しかも、グレーフィンは戴冠式はしてないものの、実際はローザリィの王である。彼と対等の存在なんて有り得ないのだ。
チェリッシュとエルは、彼が家を振り返らない代わりに、二人で家に向けて一礼し、グレーフィンの後を追っていった。
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