何者かに抱きしめられ、一瞬ビクッとしたものの、すぐに竜兎は自分に抱きついてきた人物が誰だかわかった。

(こんなふうに抱きついてくる奴なんてひとりしかいない・・・。)

竜兎はホッとすると同時にあきれて言った。

竜兎はホッとすると同時にあきれて言った。

「璃麻(りお)・・・疲れた・・・。」

(メールの差出人は璃麻か・・・。)

璃麻と呼ばれた、長身の女性は如月璃麻。竜兎と同じ大学の学生で、竜兎の彼女でもある。

璃麻は竜兎の真正面に立ち、ニコッと笑った。

「お疲れ。竜兎!!」

「お疲れじゃないだろ?まったく・・・。」

「あれ?そんなこと言っていいの?

大学の研究室に置きっぱなしになってたメモリーカードをわざわざ持ってきてあげたのに。」

「礼は言うよ。ありがと。でもなんで普通に呼び出せないんだ?」

「それじゃあつまらないもの。スリルがあったほうがいいでしょ?」

「・・・・・・よくない。」


メモリーカードには、ホームステイに関する重要なデータばかりが入っていた。

これがないと竜兎は明日からホームステイに行けない。

ホームステイと言っても、行く場所は外国ではない。

今から100年前の過去に行くのだ。


ホームステイは誰でも行けるわけではない。

何十回というテストを繰り返し、面接を経て選ばれてやっと行ける。

そして、行ける事が決まったとしても、色々な契約を結ばなくてはいけない。

数々のルールも守らなくてはいけなくなる。

ルールの中で、一番重要とされているのが、“過去を変えない”ということ。

未来・・・つまり今現在のこの時代の人は、過去を知らなくてはいけない。しかし、過去の人には未来を知る必要がない。

・・・・・・知ってはいけない。

だから竜兎のような過去に行く人たちは、未来から来たということを隠さなくてはいけない。

過去の人には、未来から人が来ているなんて考えもしないからだ。

過去の人が未来を知ってしまえば、未来は確実に変わる。

そうなったら大変なことになってしまうだろう。

もしかしたら、今の時代が無くなってしまうかもしれない。

あるいは、今過去といわれている時代たちと分離され、今の時代だけが孤立して生きることになるかもしれない。

どうなるかは誰もが分からないけれど、どんな結果になるにせよ、過去の人が未来を知ることは、未来にとって決していいものではないだろう。

未来から人が来たということを隠すために、竜兎のような過去に行く人は、昔からその時代で生きていたように見せる。そうしなくてはならないのだ。

生まれたときからホストファミリーと共に時を過ごし、暮らしてきたと演じるのは至難の業だろう。

だから予め、ホストファミリーとなる人物達には、特殊な機械を使い、竜兎達がホームステイをしやすいように情報を植え付ける。

そして1年が過ぎ、過去から未来に帰るときにその情報と共に未来の人物との記憶も消すことになる。

これはホストファミリーにだけ関係することではなく、未来の人物に関わったすべての人にもいえることだ。

未来の人物が過去から未来に帰るとき、その未来の人物についての記憶は・・・過去の人々から完全に消される。



過去への行き方は、極僅かな人間にしか知らされておらず、ホームステイをする竜兎達にも方法を教えてもらえない。

情報が漏れることを恐れているのだ。

誰もが簡単に過去へ行けるようになってしまえば、過去での未来から来た人の情報・記憶処理に困ってしまうし、監視も厳重にできなくなってしまうだろう。

だから、過去への行き方は極僅かな人間にしか知らせないようになっていた。

過去への行き方を知らない竜兎達は、いつものように大学に行き、そこで睡眠薬を飲んで一時的に意識を無くし、その間に特別な人間達によって過去に運ばれる。

そして、目覚めた瞬間から過去の人物として生活が始まるのだ。



公園から少し離れた道を歩きながら璃麻は竜兎に話し掛けた。

「いよいよ明日からだね・・・ホームステイ。緊張してる?」

「まあ・・な。璃麻だってそうだろ?」

璃麻もまた、明日から100年前の過去にホームステイするのだ。

「うん・・。でも竜兎が近くにいるんだから少しは気が楽かな。近くにいてもあんまり話は出来ないけど・・・。」

過去での未来人同士の不必要な会話は禁止されていた。

その理由は、何の接点もないと思われているのに急に親しく会話などをしていたら、不信がられるということからきていた。


「・・・明日は早いから、今日はもう帰るね。」

「ウチ・・寄ってかないのか?」

璃麻が、首を軽く横に振った。

「やめとく。・・・・・・ねぇ・・竜兎・・・。」

「ん?」

「・・・・・・。」

「なんだよ?」

「・・・ううん。なんでもない。・・さてと・・・帰ろうかな。」

璃麻は俯き、後ろを振り向いた。

「璃麻?」

反射的に竜兎は璃麻の腕を掴み、体を竜兎に向けさせた。

璃麻は、俯いたまま動こうとしない。

竜兎が少し屈み、璃麻の顔を見ると璃麻の目が少し潤んでいる事に気づいた。

竜兎が抱きしめようとした瞬間、璃麻の方から竜兎に抱きついてきた。

「・・どうした?璃麻。」

「・・・・・・すごく不安なの。過去で巧くやっていけるか心配で・・・。」

「そんなの俺だって同じだよ。巧くいくか、いかないかなんてわからない・・・。不安に思っているのはお前だけじゃないよ。」

「さっきも言ったけど竜兎が近くにいてくれると気が楽になるよ。

でもね、過去で竜兎とは会話が出来ない・・・。独りぼっちなの・・・。」

璃麻はそう言うと竜兎から一度離れ、今度は竜兎の首へ腕をまわし、自分の唇を竜兎の唇に押し付けた。

そして唇を離し、真顔で竜兎の透き通った目を少し見つめた後、微笑んだ。

璃麻は、「また・・・明日ね。」とだけ言い残し、その場を離れた。

竜兎は暫らくその場から動くことなく、璃麻の姿が見えなくなるまで見送った後、空を見上げた。


今日からしばらく、此処での生活と別れることになる。

眩し過ぎるネオン、街に溢れる機械の数々。

別に名残惜しいというわけではないが、当たり前にあったものが急に無くなるのには少々抵抗があるというものだ。

竜兎は、出来るだけ目に焼き付けておこうと思い、少し遠回りし、帰路についた。





  



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