璃麻は勢い良く保健室のドアを開けると同時に、竜兎の姿を探した。
姫乃が聞いた声の主・・・。それは、璃麻だったのだ。
(竜兎っ・・・。)
「センセ・・・。先生・・・居ないんですか?」
そういいながらベッドを見回し、璃麻は竜兎の姿を見つけた。
「竜兎?竜兎?」
「・・ん・・・。」
「よかった・・・。生きてる・・・。」
璃麻は、竜兎が無事だと分かり、安心したのか、自然に涙が頬を伝った。
「ぐすっ・・・。ぐすっ・・・。」
その声を聞いてか、竜兎は急に目を覚ました。
「・・ん・・・。・・・!?・・なっ・・・なんで璃麻がいるんだ?」
(夢か?これも夢?)
竜兎は、倒れて寝ている間、ずっと璃麻の夢を見ていたのだった。
璃麻は、顔を上げ、竜兎の顔を見つめた。
「・・り・・・りゅうとぉー・・・。」
竜兎は、恐る恐る璃麻の頬に触れた。そして、涙の跡を拭った。
(本物だ・・・。)
竜兎は璃麻をふわっと抱き上げた。そして、璃麻を自分と向かい合わせに座らせ、抱きしめた。
「なんで泣いてるんだよ?」
「・・だ・・・だってぇ・・・。」
ぽんぽん・・と竜兎は、璃麻の頭をやさしくたたいた。
「・・私ね・・・竜兎が倒れたって聞いてね・・・。すっごく心配したんだよ?」
「悪い・・・。」
「竜兎が居なくなったら私・・・。・・私・・・。」
「大丈夫だから。な?心配すんなよ。」
「うん・・・。」
竜兎は、璃麻の唇にやさしく自分の唇を重ねた。
それからどれだけ時間がたったのだろう。沈黙の後、竜兎がぽつりと一言呟いた。
「・・・なんか俺、倒れてよかった・・・かな。」
「え?なんで?」
「だって璃麻、心配してくれたんだろ?」
「したけど・・・。」
「俺のこと気にしてくれたんだ・・・。俺の事どうでもいいって思ってるんじゃないかって考えてたからさ。」
「そんなこと思うわけ無いでしょ?」
「でも・・・璃麻はいつも楽しそうにしてた・・・。俺は、璃麻と話せないし、側に居られなくて辛かった・・・。」
「違う!私だって辛かったよ?それに・・・竜兎の方がいつも楽しそうにしてたじゃない。寂しかったんだから・・・。」
璃麻が竜兎に抱きつき、二人は再度、抱き合った。
「・・・なぁ璃麻。」
「なに?」
「話がしたい。もっといろいろ・・・。こっちきてからどんなことがあったとか・・・。」
「そうだね。私ももっと話したいよ。でも決まりは?どうするの?」
「必要以上の会話は禁止・・・っていうことは、璃麻と話をせざるを得ない状況を作ればいい・・・。」
「どうするの?」
タイミングよく授業終了を知らせるベルが鳴った。
そして・・・。
ガラガラ・・・。
保健室のドアが開いた。
「おーい!竜兎―!」
「・・こ・・・洸希?マズイ!璃麻、布団かけてろ!」
「え??あ!・・うん!」
ジャージ姿の洸希が竜兎のベッドのところにきた。体育が終わってすぐに保健室に駆けつけてくれたらしい。
「竜兎!大丈夫か?」
「あ・・・ああ!」
「あれ?姫乃は?姫乃居なかった?」
「姫乃?なんで姫乃が?」
「姫乃、お腹痛いらしくて体育休むって言ってさー。保健室の先生も居なかったから、竜兎を診てるっていってくれたんだよ。」
「でも俺が目、覚ましたときには居なかったけど。」
「マジ?どこ行ってんだよ、アイツ・・・。」
「さぁ・・・。」
「・・・とか言って、竜兎と一緒に寝てんじゃねえの?そこに。」
「は?何バカなこと言ってんだ?」
「あやしい・・・。お前、いつもとなんか違う。」
「べ・・・別に・・・。」
「ふーん・・・。って言って俺が信用すると思うか?」
「思う・・・。なぁ、もういいだろ?ほっといてくれよ・・・。」
「じゃあ、布団めくっていい?そしたら帰るよ。」
「ダメ。」
「なんでだよー!」
「・・・なんででも。ここに姫乃はいない。だから今すぐ教室へ行け!!」
「そんな風に言うから気になるんだろ?」
洸希がそう言った直後、璃麻が布団から出てきて言った。
「・・・。竜兎。もうだめ、あきらめた方がいいって。」
「ハァ・・・。」
竜兎は、大きなため息をひとつついた。
そして璃麻は、乱れた髪の毛を手でかるく梳かし、ベッドの上に行儀よく座った。
「初めまして洸希君。私、桐谷璃麻です。」
洸希は驚いて声が出なかった。
「え??」
「俺の彼女。」
璃麻が洸希に向かって、ニコッと笑った。
「え??」
洸希は、竜兎と璃麻の顔を交互に何度も見た。
「そんなこと・・・。今まで一度も・・・。」
「言ってない。」
「・・・。」
洸希は、口をパクパク空けていた。何か言いたいけれど、声が出ないというように・・・。
「洸希?」
「・・・ひでえ!いつからだよ?」
「どうでもいいだろ?」
(正直に言ったらマジで怪しまれるな。なんとかごまかさなくては・・・。)
「それより、璃麻。授業はいいのか?何て言って教室抜けてきたんだ?」
「えーっと・・・。何て言ったのかな?自分でも忘れちゃったよ。とにかく必死だったから・・・。早く竜兎の顔見たくて・・・。」
璃麻の声がだんだん小さくなっていって、珍しく璃麻の顔がみるみる赤く染まっていった。
竜兎は璃麻のその様子が愛しく思えて、洸希がいることも忘れ、抱きしめてしまった。
「り・・・竜兎っ・・・。洸希君見てるよ・・・。」
「そういうのは俺が居ないときに、やってくれよ・・・。見てるこっちが恥ずかしい。」
「あ・・・。ワリぃ・・・。璃麻、帰らなきゃマズイな。俺も教室戻る。」
「うん・・・。あーあ。竜兎ともっと居たかったなぁ。」
璃麻が拗ねたような顔をして、竜兎を見つめた。
「璃麻ちゃんて可愛い・・・。なぁ!俺も璃麻ちゃんと仲良くしたい。璃麻ちゃん。今日、俺たちの家に来ない?おいでよ。」
「え??」
璃麻は一瞬、嬉しいような顔を見せたものの、すぐに戸惑ったような、複雑な顔つきをした。
「いいじゃん、いいじゃん。な?」
「でも・・・。」
璃麻は心配そうに竜兎の顔を見上げた。
璃麻だって竜兎の側に居られるのなら、竜兎の家に行きたい。
・・・でも、それが危険だということは十分分かっているから、簡単に返事が出来ないでいた。
「竜兎ぉ・・・。」
璃麻は、竜兎に目で訴えかけた。
(どうしたらいい?)
竜兎は少しの沈黙の後、言った。
「なぁ・・・洸希。今日、急に璃麻にウチに来いって言ったって都合ってモンがあるだろ?だから、今週末にウチに来てもらうのがいいと思うけど。」
「そうだな。やっぱ心の準備とかあるもんな。」
「え?」
「璃麻ちゃん、今週末は空いてる?」
「えっ・・・あっ・・・。うん。」
「じゃあ、今週末にウチに来てくれる?待ってるよ。」
「あっ・・・。うん・・・。よろしくお願いします。」
「そんなかしこまらなくていいよ。」
洸希は嬉しそうに、璃麻を見ていた。
「洸希、お前まだジャージのまんま。早く着替えて来いよ。次の授業遅れんぞ。」
「わかってるって。じゃあ先行くな。あ、姫乃・・・。どこにいるんだろ?」
「さあな。だって俺が起きたときは、璃麻しか居なかったし・・・。璃麻、俺以外にココに女いた?」
「ううん、いなかったけど・・・。」
「どこにいるんだろうな?」
竜兎は隣のベッドのカーテンを引いた。
「あ・・・。居た。」
隣のベッドには、寝たふりをしている姫乃が居た。
「この子が姫乃ちゃんね、かわいい。」
「具合悪いって言ってたっけ・・・。竜兎、姫乃をそのまま寝かせといて。起こすなよ。」
「起こすわけねぇだろ!いいから早くお前、着替えて来いって!」
「わかってるよ!じゃあ璃麻ちゃん、バイバーイ!」
「バイバーイ!」
「俺たちも行くか。」
「・・・あ!ちょっと待って。姫乃ちゃん、お腹痛いって言ってたんじゃない?
ついててあげなくて大丈夫かな?薬はどこだろう?」
「棚にありそうだけど・・・。」
「勝手に取っていいのかなぁ。先生がくれるシステムかな。」
「勝手にやって面倒な事になったら困る。寝てるんだし、今は大丈夫なんじゃないか。
薬が必要なら自分で探すだろ。」
「そう・・かな。」
「俺があとでまた見に来るし。」
「そう。じゃあ、戻ろうか。」
竜兎と璃麻が居なくなった後、静まりかえった保健室で、
独り姫乃は目を閉じたまま思った。
(悔しいけど・・・彼女に敵いそうもない。)
姫乃の頬に一筋の涙が伝った。
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